砂漠の刹那Ⅶ
砂塵の魔人と底の見えない空間を落ちていく。
闇が全て明るく見えるため、ただ真っ白な何もない空間に囲まれているかのようだった。
四方を見ても感覚がおかしくなりそうなほどに白く果てしない。
落下しながら、砂塵の魔人が飛ばす床の瓦礫を魔法で防ぐ。
真下を見ると遥か遠くに一本の砂の線のようなものが見える。
段々と落ちていき、その線との距離が縮まっていくと、それは長く伸びた石造の橋だということがわかる。
橋は視界の果てまで水平に伸びている。
距離が更に近づいていき、俺はどう着地するかを考える。
俺よりも下で落下していた魔人は砂塵に包み込まれるようにして橋に着地した。
砂塵を扱えない俺ではその着地方法は無理だ。
このままの勢いで行けば衝撃に耐えきれない。
「アイシクルヴァイン!」
橋の真上まで来たところで橋に向かって剣から氷の蔓を伸ばす。
氷の蔓の先端の棘が橋に刺さる。
蔓を剣と橋とで繋げたまま、俺は橋の下へと落ちていく。
蔓がまっすぐにはった後、俺は前に重心をかける。
すると蔓が橋の上部につけられているため、橋に伸びた蔓が引っかかる。
そのまま橋に蔓を巻きつけるようにすると、俺の体が曲線を描いて上がっていく。
振り子のように遠心力を利用して勢いを殺し、最高地点まで上がったところでもう一度蔓を出す。
魔人の攻撃を剣で弾きながら同じことを三回ほどくり返す。
何度もすることで、蔓によって飛ぶ高さが徐々に下がっていく。
高さが橋より少し高いところになったところで繰り返していた動作を止め、橋に着地した。
砂塵の魔人の爪が襲いかかる。
狭い橋の上では爪を避けるのは難しい。
「
その上容赦なく魔人の攻撃が飛んでくる。
「ビアラクテア」
「フエゴバラ」
「ゲイルレインフォースメント」
防御魔法、攻撃魔法、強化魔法を発動させる。
砂の爪は炎に包まれ、現れたその場で焦げ落ちる。
剣は風を纏いながら飛んでくる砂塵の風を跳ね飛ばす。
砂が擦れる音。
橋の両側から音がする。
俺は瞬時に剣を床に突き刺し、橋の上で爆風を起こしたあと、そのまま剣を離して上下逆さの体勢で橋の上空を舞う。
橋の両側から砂でできた獣の牙が、俺を喰らおうとするかのごとく互い違いに噛み合う。
体を回転させ上下をもとに戻して橋の上に着地する。
砂塵の魔人の今わかっている攻撃方法は大きく分けて三つ。
一つは砂塵を風とともに放つ技。
もう一つは砂塵を集めて砂岩へと変え、一定の範囲内に爪や牙の形をした岩を出す技。
三つ目は爪と同じように砂塵を変化させて武器を生み出して行う肉弾戦。
本能で戦っているために、戦闘に駆け引きや不規則性がない。
淡々と相手の急所を狙い攻撃を続ける。
やっかいなのは危険を感じると纏っている砂塵で自身の身を守ることだ。
攻撃を反応される前にするか、武器を破壊できるだけの威力を叩き込まなくてはいけない。
砂塵の魔人は俺めがけて大剣を振り下ろす。
俺は攻撃を避けつつ、相手の隙を伺う。
魔人の大剣が床にあたり、岩が砕け散って飛ぶ。
魔人が攻撃を外したこのタイミングだ。
すかさず剣で魔人の懐に向けて斬りかかる。
砂塵が舞い散り、斜めに魔人の胸に傷が入った。
魔人は少し前傾姿勢になり、低く唸り声をあげる。
まだ、魔人はやられてない。
「フレイムレインフォースメント」
風魔法で強化した剣にさらに炎の強化魔法をかける。
炎炎と燃え盛る剣を両手で握りしめて構える。
剣の周りには火の粉と熱風が渦を巻いている。
大きく足を踏み出して魔人との距離を詰め魔人の頭から剣を下ろす。
体の右腹部に砂の爪が食い込み激痛が走る。
耐えろ。ここで決めないといけない。
痛みを感じながら、魔人の頭に刃を入れて魔人の体を真っ二つにする。
魔人の体が引き裂かれたのを見て、俺は魔人から離れる。
俺は血の滴る脇腹抑えてその場に座る。
流石にやったよな?
念のため魔人の方を見て確認しようとすると、二つに切断された魔人から耳をつんざくような不気味な音がする。
魔人の切断された胸部を見ると、体内に黒い鉱石のようなものがあるのが見える。
もしかして、あれは魔人の心臓なのか?
仮にそうだとすると、魔人は死んでいない。
真っ直ぐに斬ったと思っていたけど、魔人の爪によって攻撃が左側にズレて急所を外したみたいだな。
避けなくてはいけないと思いつつ、動こうとすると激しい痛みを伴う。
「魔力の根源よ主の望みを叶え全ての天災から守れ ビアラクテア」
砂塵の魔人から砂嵐が起こり、あたりに爪が勢いよく砂塵の風とともに魔人から伸びていく。
砂が擦れ、岩が砕け散り、爪が防御魔法にぶつかり突き破ろうとしてくる。
治癒魔法を応急処置として使い、ひとまず止血はする。
砂嵐が終わると、砂塵の魔人に怪我はなく体の再生が完了していた。
動きは単調で弱点もわかった。
次こそは魔人を倒せる。
そう思ったときだった。
包帯が巻かれている腕が痛むと同時に視界が真っ暗になった。
獣化がきれたのか?
聴覚と嗅覚は未だに研ぎ澄まされている。
事態が掴めない俺に砂塵の音が迫ってきていた。
「エマ、デゼルトさんはもう手遅れだ。後は頼んだ」
ケイが奈落へと落ちていく。
部屋の中には貴族の息子と青年が血を流して倒れている。
心配している暇なんてないわ。
私は私に任された仕事をするだけなのだから。
「おやああ? 一人で俺と戦うのかああああ!」
「そうね、ちょうどあなたに受けた傷を返したいと思っていたの」
魔人はいくつもの包帯で攻撃を仕掛ける。
剣を素早く動かして全ての攻撃を斬った。
「あなたの攻撃、二度は食らわないわ」
切り落とされた包帯が床に散らばる。
包帯の数は時間がたつにつれて増えていった。
幾度となく繰り返される猛攻を耐え凌ぐ。
「さっきから床に手をついてるなあああ! バテてるんじゃねえかあ?」
確かに攻撃を食らわずに戦えてはいるけど今のままじゃきつそうね。
あともう一人戦える人がいれば。
「あなた、まだ戦える?」
私は貴族の息子に声をかける。
彼は首を縦にも横にも振らず、その場に横になっていた。
「デゼルトさんはどうなりました?」
彼は傷口を抑えて私に尋ねる。
「彼は死んでいないけれど手遅れよ」
彼は私の言葉で察し、溢れる血をただぼんやりと眺めていた。
「残念だったなあああ」
魔人は満面の笑みを浮かべて近づいてくる。
「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ 主に光の導きを与えよ ライトヴォーテクス!」
光魔法で輝く剣を構え、魔人の方へと走り出す。
包帯を躱しながら徐々に魔人との距離を詰めていく。
魔人は腰からサーベルを抜き私の攻撃を受け止める。
力が拮抗していると、魔人の背後を少年が取り、魔人の背中に傷を入れた。
一瞬、私も魔人も何が起こったのか分からなかった。
「うっ」
魔人は小さく唸って後ずさる。
間髪入れず、私は魔人の胸に斬りかかり大きな傷をつけた。
「いつのまに?! 動ける傷じゃなかったよなああ!?」
魔人は胸の傷を抱えてフラフラと歩く。
「だがなあああ。獣化でお前らは終わりだあああああ!」
急に目の前が暗闇の中にいるように真っ暗になる。
これが屍の魔人の獣化の効果?
「俺の獣化は視覚を代償に、死者と対話する能力だぜえええ!」
闇の中、魔人が私に近づいてくる音だけがしていた。
前方から砂塵の音が迫ってきている。
俺は攻撃を避けるために後方へと飛び退く。
砂塵の音が足元で鳴る。
俺は足に力を込めて真上に飛び上がる。
視界は暗く何も見えない。
音と匂いだけを頼りに攻撃を避ける。
獣化の効果だろうか。視覚が完全に奪われた。
前方から砂の匂い。
「
「ビアラクテア!」
なんとか魔人と距離を取って攻撃に当たらずにいれているがいつまで持つか分からない。
急に魔人の動きが止まる。
突然、闇の中に薄っすらと光る人型の何かが現れる。
それは俺の前へと近づいてきた。
よく見ると騎士の鎧を全身に纏った人であることがわかる。
王冠に二本の剣が交わる絵が描かれた紋章が肩に付いている。
王国の騎士だろうか。
どこかで見たことがある紋章だ。
騎士は立ち止まって口を開く。
「お願いだ。俺とあの魔人を倒してくれ」
昨日、砂塵の魔人が放った青年の声と同じ声だ。
砂塵の魔人が俺の精神に干渉して脳内に現れたのだろうか。
「砂塵の魔人。お前の暴走の原因は屍の魔人なのか?」
「ああ。あれの脳力で自身の獣化を抑えられず、俺は理性をなくしていた。今は暴走をなんとか止めている」
やっぱり屍の魔人には特殊な獣化と脳力がある。
「おそらくあれの脳力は死体の傀儡化。固有の獣化の効果に関しては、視覚を代償とした精神世界での死者との対話が可能になることだとあれが言っていた」
死体の傀儡化か。ある程度脳力について予想はしていたが、想像以上に厄介だな。
「砂塵の魔人はなんで操られていたんだ?」
「俺が元人間だからだ」
「元は人間だったって、まさか魔人化したのか?」
小さい頃に禁書庫に忍び込んで禁書を読んだ時のことを思い出す。
魔人にはいくつか種類があり、その中の一つに死後の人間から成るものもあると書かれていた。
確かに死者ならば、今、俺との対話を可能にしていることについても説明がつく。
「ああ、そうだ。人間の死体でもある俺をあれは操ることができた。そのことに気づいた俺は抗い、その結果、完全な傀儡化は免れたが理性を失った」
そして暴走に至ったというわけか。
「俺たちに獣化をかけたのは屍の魔人だろ」
「たしか、曖昧な記憶だが幾度かあれに支配権を奪われている」
砂塵の魔人を操り、屍の魔人が自らの獣化を俺たちにかけたということか。
昨日、砂塵の魔人が遺跡から宮殿まで動いてきたことについて納得がいった。
けれども、俺たちは一体どのタイミングで獣化したんだ?
エマは屍の魔人の攻撃を受けて獣化した。
俺やデゼルトさんは攻撃を受けていないのに獣化したのは妙だな……。
「お前たちを殺そうとしたこと。すまなかった。なんと詫びればいいか」
「いいよ。悪いのは屍の魔人なんだし。でも、屍の魔人を倒せば暴走が止まったりしないのか?」
俺の言葉を聞いて何故か、砂塵の魔人が少し笑ったように感じられた。
「お人好しだな。俺の暴走はもう止められないだろう。だからあとはお前に託したい」
鎧を着た魔人がそう言いながら段々と透明になっていく。
「今から俺が俺の中に残った理性を代償にお前の視覚を戻す。そうすれば、俺は俺の肉体を抑えきれずにまた暴走する。そうしたら俺を殺してくれ。化け物に情けは不要だ」
「わかった。もしお前が死んだら骨は拾ってやるよ」
「やはりお人好しだな……」
気づけば騎士の姿は目の前から消えていた。
視界は晴れ、目の前で唸り声をあげる魔人の姿を目視することができた。
「これ以上、お前に誰も傷つけさせない。ここで俺が倒す」
「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ 主を全ての天災から守れ ビアラクテア!」
俺と魔人の周囲を防御魔法をドーム状にして張る。
核を破壊しかけた状態だ、魔法を破壊して避ける余力はおそらくない。
「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ 邪な者 闇の者 呪われし者 その全ての闇を払え ルアルエゾルシスモ!」
手を前に伸ばし、まばゆく輝く魔力の球体を顕現させる。
俺の今できる最大出力の魔法を叩き込む!
砂塵の魔人は砂塵を空中で集約させ、巨大な爪を作り上げてそれを俺へと向ける。
俺は巨大な光る球体に手を当て、俺が使うことができる魔力を全て注ぎ込む。
球体を魔人へと放った瞬間、攻撃に合わせて魔人も爪を飛ばす。
攻撃は俺と魔人の間の空間で激しく衝突する。
爆風と砂埃が閃光とともに巻き起こる。
風が強く体を吹き付ける中、歯を食いしばって足に力を込めてその場にとどまる。
岩が耳をつんざくような音を立てて削れ、気づけば魔人の爪が崩れかけていた。
防御魔法を解き、防御魔法に使っていた魔力さえも球体へとこめる。
爪が粉砕し、魔人に球体が直撃した。
同時に風がやみ、あたりは静けさを取り戻した。
あれほど高威力の攻撃を受けたにも関わらず、砂塵の魔人は原型をとどめてその場に立っている。
胸はえぐれていて、砂でできた体内から黒いコアが剥き出している。
破壊できていない?!
けれども俺は一時的な魔力切れでその場に膝をついて動けなかった。
あと少しだった……。足りなかったか……。
「アリ……。アリガト……」
魔人は小さな声でそう呟いたように聞こえた。
胸のコアに小さく亀裂が入り、ガラスが割れるような音ともに砕け散る。
魔人は砂の塊となってその場に崩れ落ちた。
俺はため息とともに、安堵してその場に仰向けになった。
「約束通り骨――はないから砂を拾おうかな」
体を起こして立ち上がり、砂塵の魔人が立っていた場所まで歩く。
かがみ込んで上着を脱ぎ、フードの部分に砂をかき集めて入れていく。
黒曜石のように黒く光るコアを拾い上げて見てみる。
コアだった欠片は三つ落ちていた。
欠片をつなぎ合わせると元のコアの形になった。
よく見るとコアの右下に削り取られたかのような跡がある。
コアは本来はこれよりも大きいものだったのか?
そうだとすると元の大きさの四分の一ほどの欠片が見つかっていない。
砂塵の魔人のコアは元の四分の三の大きさだった?
嫌な予感がするな。
いや、大丈夫だ。
エマとマグルは屍の魔人をきっと倒す。
その後に残りのコアのことも考えればいい。
エマとマグルは強い。
何より、あの二人にはきっとあの事が伝わってるはずだ。
俺はコアを手にしながら、不安と二人を信頼する感情が渦巻いていた。
屍の魔人の声とともに私の視界が暗くなった。
「だからなんで動けるんだよおおおおお!!!」
魔人のうめき声と打撃音がした後、音が止んで静かになった。
何が起きたの?
目の前に貴族の息子が現れる。
「あなたは、マグルという名前だったかしら。どうしてここに?」
あの魔人の言っていることが真実ならここは私の精神世界。
そしてマグルは死者ということになってしまう。
「俺は屍の魔人に殺された」
マグルは悲しげな表情で呟いた。
「でも、あなたはとさっきまで戦っていたじゃない」
「ちょっと俺の肉体は特殊なんだ。あと、魔人に関しては一時的に意識を奪っているから安心してくれ」
マグルは何を言っているのかしら。
死んだ状態で肉体が動いている。
「俺は特異体質なんだ。死体のまま、目的を達成するまでは動き続ける魔人になる」
目的を達成するまで――さながら殺戮兵器ね。
「それにしても、魔人の動きはどうやって止めたの?」
分からないことが多すぎて頭が痛くなりそうだわ。
「魔人化したことで魔人抑制魔法が使えるようになった。それで抑えてる」
「特異体質についてはよくわからないけど、完全に魔人になったみたいね」
でも、魔人になって目的を達成した後、マグルは――。
「意識を奪っている間に魔人を倒せないの?」
「俺の攻撃は決定打に欠ける。下手に攻撃をすれば魔人の意識が戻ってしまう」
マグルは苦々しげに言う。
「俺が戦える時間は残り少ない。俺が今後の戦闘で意識を取り戻すことができる回数はあと三回。一回あたり十秒。それ以外は俺の魂はこの精神世界に縛られる。俺にかけられた代償魔法だ」
仮に私が視覚を取り戻したとして、彼と連携を取れる回数が残り三回。
「今から、ベスティアルトを解くのと、意識を戻すことができる回数二回を代償にして君の視覚を復活させる」
おそらく、私一人じゃ勝てない。
けれど、たった一回の連携で倒さなくてはならないのね。
「あなたはそれでいいの? 私の視覚を戻さずに命を延ばしたりしなくて」
「君を守ることがケイへの罪滅ぼしなら、残りの時間は惜しまない」
マグルは覚悟の決まった強い眼差しで私を見た。
「俺はケイとエマの命を守る」
その言葉とともに、視界が明るくなっていく。
次に目を開けると、壁に打ち付けられた魔人と、私の横で息を切らしているマグルが目に入った。
マグルの胸には爪でえぐられたような傷がついている。
目は白目を剥き、歯を食いしばってよだれを垂らしている。
これが、マグルの特異体質――まるで獣ね。
「守ってくれてありがとう」
ケイをいじめてきた張本人。
だけど、今は私達のことを全力で守ってくれた。
あなたが完全に死ぬまでの時間は絶対に無駄にしない。
「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ 主に光の導きを与えよ ライトヴォーテクス!」
「あああああああ! マジでめんどくせええええなあああああああああ!!」
魔人が再び動き出す。
「
魔人から包帯の束が伸び、囲むように他方から襲いかかる。
剣で攻撃を捌くも、何本かは攻撃をかいくぐってくる。
残った包帯はその場に伏せて避ける。
五本ぐらい切り落としたけど、まだ十三本ぐらい残ってる。
床に手をついて立ち上がる。
このままじゃ、避けきれずにやられる。
「どうしたあああああああ? 手も足も出ねええかあああ?」
包帯の苛烈な攻撃がなおも繰り返される。
「
マグルが燃え盛る炎の弓を顕現させる。
神器魔法?!
なんで神器を出現させる魔法を元人間のマグルが使えるの?
神器は数少ない魔人しか持っていない、他の武器とは一線を画す武器だわ。
それに神器魔法に至っては一部の上位魔人しか使うことができない魔法のはず。
マグルは
矢は無数に別れ包帯に直撃してその全てを焼き尽くした。
かつて精霊の森を焼き尽くしたとされる神器。
神器の名にふさわしく、弓を炎が渦巻くようにして燃え上がり火の粉を散らしながら、室内を灼熱の空気に変えていた。
流石に伝承よりは威力はかなり低いようね。
マグルの魔力量に合わせて弱体化しているとはいえ、それでも部屋の半分を火の海に包む威力は凄まじいわ。
「なんでお前が使えるんだあああああ!」
屍の魔人は包帯から燃え移った火に苦しんでいる。
マグルはもう一度
「させるかああああああああああああ!」
阻止しようと、魔人は新たな包帯を生み出しマグルに襲いかかる。
させない!
私は光を纏った剣で包帯を切り刻み、魔人の剣も受け止める。
「エマ!」
マグルが意識を取り戻した。
呼び声が聞こえるとともに、私は魔人からすぐさま飛び退く。
マグルから激しく光と熱を発する矢が放たれた。
矢は一瞬で魔人の包帯を全て燃やし尽くし、魔人の体を貫通した。
「くそがああああああああああ!」
炎に貫かれた魔人はその場で火だるまになりながらのたうち回る。
「だが終わりだああああああああああああ!」
「
前方から大量の包帯が襲いかかる。
攻撃の量が多すぎてきっと私じゃ捌ききれない。
だから、狙うべきは前方じゃなく後方!
「エマ、今だ!」
あと数秒しかもたない意識でマグルが合図をする。
「ルアルエゾルシスモ! ベスティアルト!」
振り返って光の球体と紫の剣を放つ。
その刹那――。
襲いかかってきたデゼルトさんに攻撃は的中した。
「うぐわあああああああああああああ!」
屍の魔人が叫び声を上げる。
「どういうことだああああああ!」
デゼルトさんはその場に倒れ、屍の魔人にダメージが入った。
「ベスティアルトの効果は獣化の抑制。けど、この前の戦いで、ケイは効果がそれだけじゃないことに気づいたの」
「つまりどういうことだああ!」
「それは操っている肉体や本体から分裂した肉体に攻撃が当たっても、効果が直接本体に働くということよ」
魔力が切れかけて体がフラフラする。
私は地面に手をついて座り込んだ。
「でも、これにはあなたが砂塵の魔人を操っていなければ成立しないという点があるわ」
屍の魔人は胸を抑え、苦悶の表情を浮かべて仰向けになる。
「あなたレベルの魔人なら、あの時、精霊が生み出した氷の中からすぐに抜け出すことができた。その後も私を獣化させるだけじゃなくて殺すこともできた」
屍の魔人がこちらを睨みつけながら笑う。
「死体を操る力はばれてたか。ああそうだ。氷に囚われていた間、砂塵の魔人をあの場所まで操った。もちろんお前らの想像どおり、操っている間は本体は動けない」
隣で倒れて血を流すマグルを見る。
目的は果たされて、マグルは死体へと戻ってしまった。
「そしてもう一つのお前らの考えていることも正しい。砂塵の魔人に刺さったベスティアルトは本体である俺を弱体化させた。俺自身の獣化にも働いたってわけだ」
やっぱりケイの考えていたとおりだわ。
「そして、私はベスティアルトの効果に攻撃魔法をのせて、傀儡化されたデゼルトさんに当てたわ」
攻撃は当たり、操られているデゼルトさんを介して屍の魔人にダメージが入った。
「じゃあ聞くがあ。仮に予想が外れていたらどうしたんだ?」
「もちろん一か八かだったわ。あなたが傀儡化したデゼルトさんを土壇場で使うと思っての作戦だったけど」
手をついて立ち上がろうとするも、足に力が入らず立てない。
「ここまでの情報をいつ共有したんだ? そこの人間を操っていることにどこで気づいた? まあいいもういいもういいいいいい!!」
立ち上がった魔人を取り囲む包帯が灰色の砂となって崩れ落ちる。
現れたのは、全身が包帯で巻かれ灰色のマントを羽織った姿。
手と足は三本の長い爪が生えている。
頭を除いて砂塵の魔人とほとんど同じ見た目をしている。
狼の頭。まるで狼男のような容姿ね。
体は全体を通して暗い灰色で、灰が体を取り巻いて浮遊している。
「砂塵の魔人の核を取り込み、俺は新たな次元に到達したああああ」
ごめん、ケイ。私ももしかしたら死んでしまうかも。
「さあ、どうするんだあああああ?」
だから、背中を預けさせて。
私は床に手をつく。
手をついて魔力をこめていた五箇所の床面が紫色に発光する。
点と点が線で繋がり魔法陣が完成する。
「あとは頼んだわ。ケイ」
魔力切れで遠のく意識の中、私は転移魔法を発動した。
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