砂漠の刹那Ⅵ

 マグルは神妙な面持ちで部屋の前に立っていた。

「デゼルトさんから聞いた。俺も一緒に行きたい」

 おそらく魔人のことだろう。

「とりあえず部屋に入ってよ」

 俺は部屋にマグルを招き入れた。

 マグルを適当な椅子に座らせたあと、俺はお茶を入れる準備をする。

「お前って俺のことどう思ってる?」

 急にどうしたんだろう。

「好きではないかな」

 脳裏に学園でのいじめられた記憶が蘇る。

「だよな。あんなひどいこと今までしてきたしな。本当に今までごめん」

 どういう気の変わりようだろう。

 昔のマグルは、どうしてかものすごく俺に嫌悪感を抱いてた。

 今までされてきたことを思うと、もちろん許す気にはなれないが。

「俺、遺跡でお前に助けてもらったこと、本当に感謝してる」

 そういうことか。

 遺跡でのことを感謝してるのか。

 俺は机にティーカップを二つ置く。

 俺はマグルと向き合って座る。

「だけど、マグルは一緒に行けない」

 マグルは驚いたような顔をして、口をつけかけたカップを机に置く。

「なんでだよ! 俺はお前に恩を返さなきゃいけないし、それに……」

 俺をいじめていたことに対して後ろめたさがあるんだな。

「マグル、お前は貴族の息子だろ。どんな危険が伴うか分からないし、お前に何かあったらデゼルトさんが責任を取らされるだろ」

「俺は父様に見捨てられたんだ。そりゃそうだよ、俺が学校であんなに醜態を晒したんだから」

 マグルが俺と一緒に派遣されたのってそういうことだったのか。

「そもそも俺がお前の力量を見誤って決闘をふっかけたのが悪いんだ。自業自得だよな」

 マグルは湯気の出ている紅茶を見る。

「だから、俺が実力をここで証明して、父様に認められなくちゃいけないんだ」

 マグルは真っ直ぐな目で俺を見る。

「わかった。でも死ぬかもしれないけどいいのか?」

 その言葉にマグルは少したじろいだ表情を見せる。

「これでも名家の者だ。自分の身ぐらい自分で守ってやるよ」

 俺は紅茶を飲み少し考える。

 確かに味方がエマだけじゃ不安だしな。連れて行ったほうが安全だ。

「呼んだら宿のエントランスに来てくれ」

「おう。ありがとな」

 冷め始めていた紅茶を一気に飲み、マグルは席を立つ。

 マグルは最後にもう一度謝ったあと、部屋から出ていった。

 マグルに何かしらの心の変化があったことは確かだ。

 それがいい方向に行くようにと思いながら、俺はまたベッドで横になった。


 マグルが去った後に、老婆がエマの傷が完治したことを伝えに来た。

 エマの怪我は老婆の治療で跡一つなくなっていたが、俺がエマ達と四人で話したときには痛みがまだ残っていた。

 俺はエマの部屋の扉を軽く叩く。

 扉を開けると、昨日の夜とは違った装いをしたエマが立っていた。

 髪はおろし、白色のベールを頭に被っている。

 白いマントを身に着け、上半身はマントと繋がった白い二本の布が交差するようにしてエマの胸部を隠している。肩から腕と腹部は露出し、胸部の布は背中でもう一度交差して下半身の腰布と繋がっている。

 腰布には縦に金色で縁取られた瑠璃色の線が入っている。

 ベールと胸、腰の布にはそれぞれ金の装飾が施されている。

 まるで踊り子のような、それでいてドレスのようでもある服装だ。

 俺は数秒間何も言えずにその場に立っていた。

「な、なんか言ってよ」

 エマは少し俯きながら恥ずかしそうに腰布を手でいじる。

「めちゃくちゃ似合ってる」

 今まで見たことがないような変わった衣装だったが、すばらしいの一言に尽きる。

 ただし、エマの豊満な双丘がつくる谷間が布の間から見えていたり、肩や腹、足など、全体的に露出度高かったりと、目のやり場に困らないことがない点を除けば。

「ちょっと待って! やっぱ着替える」

 エマは恥ずかしそうに体の露出している部分を見る。

「いや似合ってるしそれに……」

「それに?」

 エマが俺の顔を覗き込むようにして近づく。

 きれいな桃色の髪、少しあどけなさが残る整ったかわいい顔、丸い青色の瞳、かすかに香る花の香り、大きな胸の谷間、その全てが俺をもうろうとさせた。

「可愛い」

 エマは真っ赤になって俺から離れ、枕に顔を突っ伏してベッドでうつ伏せになった。


 結局、昼食を食べた後もエマは着替えずにいた。

 エマ以外の三人もフードの付いた袖の長い黒い服だ。

 前回遺跡に入ったときの服に形状が似ていて、これまた俺の心に深く刺さる一品だった。

「着替えなくてよかったのか?」

 馬車に揺られながらエマに尋ねる。

「別にいいのよ」

 エマは顔を背け、馬車の後方に広がる景色を眺める。

「これいつまでつけるんだよケイ」

 マグルは俺の隣でうずくまっている。

 エマの格好は子供には刺激が強すぎるので、マグルには目隠しをつけた。

 もちろん目隠しが外せないように手も縛った。

 マグルは宿から今に至るまで、何も見えず手も動かせない。

「ごめんなマグル。夜になったら外してやる」

 少し不憫だなと思い、悪いことをしているような気がしたが、マグルが今までしてきたことに比べれば可愛いものなのでセーフということにした。

 

 太陽が落ち始めた頃、俺達は遺跡の前にあるオアシスへと着いた。

 やっぱり、馬車だと結構時間かかるな。

 転移魔法は転移先が遺跡内になっていたので安全性を考慮して使わなかった。

 遺跡が現れるまでまだ時間がある。

 あいかわらず獣化のせいで視界が明るいが、おそらくあたりは大分暗い。

 デゼルトさんは馬車から薪を取り出し、オアシスの近くの地面に薪を組む。

 薪が組み終わると、デゼルトさんは魔法でそこに火をつけた。

 俺はオアシスの近くに生えている木の小さな小枝などの薪を拾い、火に焚べていく。

 パチパチと小気味よく燃える焚き火を四人で囲んで座る。

 尚、現在もマグルの目隠しは外していない。

 エマは俺の左隣でデザートベリーのジュースをおいしそうに飲んでいる。

「おい、ケイ! そろそろ外していいだろ。せめて理由だけでも教えろ」

 右隣ではマグルが目隠しを付けたまま、のたうち回って暴れている。

 俺は笑いそうになるのをこらえながらマグルをなだめる。

 

 太陽が完全に地平線に沈んだ後、俺はマグルの目隠しを外した。

 エマは焚き火から少し離れたところで星を眺めている。

 これなら、夜の闇の中でマグルがでエマの姿を見るのは困難なはずだ。

「ごめんな、マグル。これは仕方のないことだったんだ」

 誤りながらマグルの方を見ると、マグルの様子が少し変なことに気づく。

 目はまっすぐにエマの方へと向けられていて、顔は耳まで赤い。

 もしかして見えてる?

 そういえばマグルも獣化したんだったあああああああ!!!

 マグルは急に立ち上がり、馬車の方へと向かう。

 一人になろうとするマグルの肩をしっかりと掴み、俺は焚き火の方へとマグルを引き戻した。

 

 遺跡は前見たときと同じように、轟音とともに地面が下がって現れた。

 ペポは四人で乗るには小さいので、俺とエマ、デゼルトさんとマグルの二人ずつに別れ、二回に分けて運んでもらうことにした。

「あの時、エマはどうやって遺跡まで降りたんだ?」

 俺はペポがマグル達を乗せて羽ばたいたのを見て言う。

「あの時は腰にロープを付けて少しずつ降りたわ」

 それだとずいぶんと時間がかかりそうだ。

 遠く小さくなるペポと二人を見ながら、俺は少し武者震いをしていた。


 遺跡の中央に二体の魔人はいなかった。

 四人で固まって遺跡の中に入る。

 前に入ったときとは違い、視界がとても明るい。

 最初に来たときに恐怖を感じていた通路は、魔人が現れるかもしれないという緊張へと変わっていた。

 獣化はどれも目が獣のように暗闇では明るく見えるので、エマを含めた全員が不自由なく廊下を歩けていた。

 右側から足音がする。

 音から推測するに、四足歩行をする四体の魔物だろう。

 予想どおり、通路の角から四体の砂の獣が現れる。

 獅子に牛、狼に豹とどれも凶暴な獣だ。

 そのどれもが翡翠色の瞳を持っている。

「待って。こいつらは魔人に変えられた人間だから、ひとまず魔人を倒すまで拘束させてくれない?」

 剣を構えた三人に対して俺は提案をする。

 三人は提案を了承し、剣を収めた。

『精霊召喚』

 氷の騎士が現れ、獣たちに向かって走っていく。

 氷でできた剣を振り下ろし、あっという間に四体の獣を氷漬けにした。

 

 俺たちはしばらく歩き、何回か階層を降りたところで何かの音に気づいた。

 音は通路の斜め下から聞こえてくる。

 もう一回を下に降りると、広い空間に出た。

 そこは高さが人間の身長の数倍ほどある大広間のような場所だった。

 おそらく、遺跡の中心の真下に位置する部屋だろう。

 幅も奥行きもかなりある。

 中央には砂塵の魔人と屍の魔人が激しい戦闘を繰り広げていた。

 屍の魔人の紫色の包帯が宙を舞い、砂塵の魔人が繰り出す砂のかぎ爪とぶつかる。

「お前らあああ! よく来たなあああ!」

 屍の魔人の攻撃のいくつかがこちらに飛んでくる。

 俺は剣を抜き、そのすべての攻撃を弾く。

 弾かれて一箇所に集まった包帯を、氷の騎士が細切れにして凍結させる。

 四人が部屋に入ると、中央の床から天井へと壁がせり上がり始めた。

 魔力を感知して、部屋にいる人数によって発動する遺跡の仕掛けだろう。

 このままだと部屋が屍の魔人がいる部屋と砂塵の魔人がいる部屋とで二分される。

「俺とエマは砂塵の魔人と戦う、二人は屍の魔人を頼む!」

 俺とエマは魔人たちの繰り出す攻撃をかわし、壁を飛び越えて砂塵の魔人へと駆け寄る。

 精霊魔法の解除と同時に氷の騎士は吹雪に包まれて消える。

「俺の相手はお前たちかああ。いいぜええええええ!」

 マグルとデゼルトさんは屍の魔人の攻撃を捌く。

 いくつもの砂岩でできた獣のかぎ爪が俺とエマを襲う。

 爪と剣がぶつかるたびに火花が散る。

 砂塵の魔人が両手を前に構える。

「エマ、来るぞ!」

塵旋風ダストデビル

 魔人の両手から砂塵の風が巻き起こりこちらに放たれる。

「ビアラクテア!」

 防御魔法で数秒の時間を作り、そのうちに俺とエマは左右に飛び退いて攻撃を避ける。

床から次々と爪が現れ襲いかかってくる。

 遠距離でも自由自在に砂を操られるしい。

 攻撃前にチリチリと砂塵の擦れる音がするので、それを聞いて攻撃が発生する場所を予測して避ける。

 獣化がなかったら攻撃を事前に読んで回避しなくてはいけなかったと思うと、獣化は悪いことばかりでもないな。

 足を素早く動かし、連続攻撃をギリギリのところで躱す。

 猛速で迫りくる爪の間を抜けながら、勢いよく壁に向かって走り抜ける。

 床を強く踏みしめ、次の一歩を壁につけて垂直に壁を登る。

 壁から現れる砂の爪を剣で捌き、壁伝いに体を横向きにして走る。

 岩が砕ける音の後に、背丈の何倍かの巨大な爪が壁から出現して俺に襲いかかる。

 壁から足を離して俺は宙を舞う。

 そのまま勢いを殺さずに空中で身を翻し、砂塵の魔人の頭上から剣を落下とともに振り下ろす。

 魔人は砂塵から大剣を生み出し攻撃を受け止める。

 力と力がぶつかり合い、魔人の立っている床の砂塵があたりへと吹き飛ぶ。

 空中からの攻撃で威力が上がっているはずなのに互角。

 やっぱり強い。

「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ 主に光の導きを与えよ ライトヴォーテクス!」

 エマの剣を光が渦巻く。

 まばゆい光を放つ剣を握りしめて、エマは魔人へと斬りかかる。

 攻撃は床から現れたもう一本の爪に防がれる。

 数秒間の硬直の末に、三者とも後方へと下がり敵との距離を取る。

 地面から砂塵が擦れる音が無数にする。

 まずいな、数が多く範囲も広い。

 攻撃を躱すには時間がない。

 加速された思考で瞬時に打開策を考える。

 砂塵の魔人は暴走状態にあって殺戮兵器と変わらない。

 ということは本能的に人間の急所を狙うはず。

 つまり、攻撃が飛んでくる場所は基本的に心臓、頭、首、みぞおちの四つのどれかになるはず。

 一か八かやってみるか。

 直前まで攻撃の音を聞きながら、俺は身を低くした。

 数多の爪が頭上で交差し、その何本かは俺の髪を掠めた。

 なんとか攻撃は受けずに済んだが爪が密集していて身動きが取れない。

「ビアラクテア!」

「フエゴバラ!」

 自爆を防ぐために自身の体に防御魔法を張り、近くの爪を魔法で破壊する。

 動けるようになった後すぐに爪の間から抜け出し、次の攻撃に備える。

 エマの方を見ると、エマも無事に攻撃を受けずに爪の攻撃を捌いている。

 何本もの爪を躱し、砂塵の魔人との間合いを急速に詰める。

 俺の剣と魔人の大剣が激しくぶつかり合い、金属音と砂塵の音が混ざり合って部屋の中に響く。

 背後から無数の爪が俺に向かって襲いかかる。

「背中は任せて」

 大丈夫だ。俺には背中を預けあえる仲間がいる。

 爪は俺に届く直前でエマによって切断される。

 俺は後ろを振り返らずに、尚も魔人と激しい攻防をくり返す。

 魔人の大剣が砂塵へと戻る。

 砂塵が魔人の両手へと風と共に流れていき、魔人の手の中で二本の剣へと姿を変える。

「ルスエスパダ!」

 一本の光の剣を顕現させ、二本の剣を構える。

 突然、部屋を隔てる壁が砕け散り、マグルが魔人の目の前の空中を一瞬にして飛んでいき、反対の壁に背中を強く打ち付けた。

 マグルは血を吐き、その場に膝から崩れ落ちる。

 肩からは鮮血が溢れ、体のところどころに切り傷が入っている。

 壁に空いた穴の向こう側では、屍の魔人が満足そうな笑みを浮かべている。

「案外、丈夫なおもちゃだったぜええええ!」

 屍の魔人が包帯でこちらに何かを投げ飛ばす。

 それは血だらけでボロボロになったデゼルトさんだった。

「デゼルトさん!!!」

 心配する暇もなく、砂塵の魔人の攻撃はより一層激しさを増した。

 砂塵の魔人の猛攻をしのぎつつ、マグルとデゼルトさんに防御魔法を張る。

 デゼルトさんの出血が激しい。

 砂塵の魔人が唸り声を上げ、俺と魔人の足元の床に亀裂が入る。

 亀裂は大きくなり、立っていた場所の床が崩れ落ち、底なしの空間が階下に現れる。

 俺と魔人は剣をぶつけたまま奈落に落ちていく。

「エマ、デゼルトさんはもう手遅れだ。後は頼んだ」

 そう言って俺は底の見えない広大な地下空間へと落ちていった。

 



 

 

 


 

 

 



 

 


 

 

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