第二章 砂塵の魔人
砂漠の刹那Ⅰ
俺の名は五十嵐圭。
どこにでもいるサラリーマンだった者だ。
名字を読み間違えたら恥ずかしいといった、特殊であり誰もが読み間違えないようにする名字。
といったところ以外はいたって普通である。
ある日、俺はトラックに引かれて死んだ。
夢の異世界に転生することができた。
しかしチートスキルはおろか、魔力やスキルすらない。
絶望に打ちひしがれた十一歳の健康診断。
その五年後、魔人エマとの出会いで俺は膨大な魔力を得ることができた。
そして昨日、今まで俺をいじめてきたマグルを見返し、気持ちの良い朝を迎えるところだ。
まぶたを閉じながら幸せを噛みしめる。
童貞として過ごした前世の三十三年、つらい学校での五年間。
この時を乗り越えたからこそ、俺は今こうやって幸せでいられる。
だんだんと意識が覚醒していく。
あったかい?
あたたかいのだ。俺の体が何か温かいものに包まれている。
まさか寝て起きたら美少女が主人公の両側で寝てる伝説のあれか??!
今が異世界ハーレムでよくある、主人公を囲んでヒロインが寝ている状況なのか?!
あの三人が俺に対して明確な好意を寄せていることが嬉しすぎるのだが。
あったかい。いや、まて何かおかしくないか?
ベッドが移動している感覚がする。電車で寝ている時の感覚に近い。
それになんか毛深……。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
突然鳴り響いたなにものかの奇声によって俺は一瞬で目を覚ました。
声の主はくちばしをパクパクさせている。
俺が寝ていたのはどこのベッドでもなく周りを囲んでいたのは羽毛だった。
なんで起きたら巨大なバケモノ鳥の上なんだよ??!
翼は広げた長さはさながら飛行機の羽のように長く、羽毛でおおわれている。頭から尾までは両翼の長さほどではないが十分に長い。目は翡翠色で体毛はこげ茶色をした超大型の鳥である。
俺はあろうことか巨大な鳥の上で爆睡していたというわけである。
いやいやまてまて、これが夢という可能性も。
本当に自分の頬をつねりたくなる瞬間があるのだなと感じつつ、つねってみても眼前の光景に変化はない。
頬をつねる時って徹夜で仕事するときに痛みで眠気を晴らす時ぐらいだと思ってたわ。
いまだに現状が呑み込めずにいる俺に、空から瓶のようなものが降ってくる。
毛をかき分けて落ちた場所を探す。
羽毛の上に落ちたため、ヒビ一つ入ることなく無事だ。
鳥が運んでいたのか、瓶には何かに括り付けるためのひもがついていた。
なんだこれ?
瓶を拾い上げてみても、片手サイズの小さな瓶でこれといって変なところもない。
瓶の口にはコルクでふたがしてある。
俺は慎重に瓶のふたを開ける。
中から女の人の声が聞こえてくる。
どうやら物に音を保存する音魔法のようだ。
「私は王国直轄第一騎士団、団長のフロル・レヴェル あなたには大規模な魔法の使用による国家転覆罪の疑いがかけられています」
おそらく数日前のオルソとの戦いが原因だろう。
「この疑いを晴らすために、国王はあなたに砂塵の魔人の討伐を命じました」
つまり捕まりたくなきゃ魔人を討伐して来いってことだな。
だからといって、人を寝てる間に鳥の背の上に運びこみ、目的地へと向かわせるのはどうかと思うが。
あと国への忠誠の示し方が魔人の討伐って大変すぎないか?
「ん? とうさまここはどこです?」
右翼の羽毛の塊からパジャマ姿の少年が出てくる。
「え? なんでお前がここにいるんだよ?」
寝ぐせだらけの黒い髪に、眠そうな目をこすっていたのは昨日戦った貴族。
見間違えるはずもない。
そこにいたのは寝起きのマグルだった。
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