砂漠の刹那Ⅳ
日が昇り始めた頃、馬車は近くの町に向かっていた。
俺とエマは馬車の荷台の端に腰かけ、足を地面から浮かせながら話をする。
「リリーとロコは今何してるんだ?」
「ロコは
「魔人同士って敵なのか? それとも味方?」
「敵は敵だし、味方は味方よ。人間だって同族で争うでしょ。それと同じ」
「そういうものなのか」
「私はエレジアと人間に友好的な魔人の味方。あと……」
エマは口ごもり、俺から顔をそらす。
「ケイの味方よ」
昼頃に馬車は近くの町に着いた。
砂でできた立派な城壁を見ながら馬車で門をくぐる。
砂岩で造られた四角い建物が道を挟むようにして立ち並んでいる。
道はまっすぐに整備されていて、集落ではなく町であることを実感させる。
道の両側には店が立ち並び食欲がそそられる香りがしてくる。
通行人は多く一枚の布でできた白い服を全身に纏っている。
ターバンを巻いている人もおり、その多くが水瓶などの荷物を持って運んでいた。
宿で代金を支払った後、俺たちは宿主に部屋に案内された。
泊まる部屋は質素な見た目をしていて室内にはベッドが二つとテーブルが一つだけだった。
「部屋は二つだから、彼ら二人は隣の部屋に運んでおいたわ」
え?
エマは後ろ手で部屋の扉を閉める。
「ちょっと待って。俺とエマの二人でこの部屋に泊まるの?」
それはいろいろとまずい気が……。
「ケイ、こっち見て」
エマが両手を前に出し俺の体に触れる。
突然、俺はベッドに押し倒される。
エマは俺の上に馬乗りになった。
エマの肌の温もりが服越しに伝わってくる。
そのまま寝ている俺に覆い被さるように抱きつく。
やばい心臓が破裂しそうだ。
あたたかくていい匂いがしてやわらかくて可愛い。
まずい、このままだと理性が吹っ飛ぶ。
エマは俺の首の後ろに手をまわして顔を近づける。
コンコン。
部屋の扉を叩く音でエマは俺からはねのく。
「いるかー? 昨日のことで話がしたい」
どうやらデゼルトさんのようだ。
理性を保てたことへの安心と少しの切なさを感じてエマの方を見る。
エマは枕に顔を埋めている。顔は見えないが耳が真っ赤になっているのがわかる。
「もう少ししたら行きます」
俺は扉の向こうに向かって返事をした。
「これはほんとその間違えたというか、特に意味はないというか」
エマは枕で顔を隠して目だけ出す。
恥ずかしさのあまりベッドで悶えたせいで髪が少し乱れている。
エマは枕をベッドに戻して結んでいた髪をほどく。
桃色のサラサラした髪がエマの肩にかかる。
髪をおろしたエマは少し幼く見えた。
そのまま水、風、熱の魔法で髪を整える。
空中にキラキラと舞う水の粒を見ながら、俺はエマに少し見とれてしまっていた。
デゼルトさんに事情を説明し、宿で夕食を食べた後、俺は部屋で一人外を見ていた。
おそらく太陽も出ていないし今は夜だろう。
そろそろ人通りも少なくなくなってきたしいけるか。
俺はゆっくりと音をたてないように窓を開ける。
片足を窓枠にかけ、窓の外に身を乗り出す。
窓から飛び降り、静かに道に着地する。
夜の町は極寒だった。
風はないものの空気は芯まで冷えるような寒さだ。
ポケットから小さな四つ折りにされた紙を取り出す。
俺は街灯と家の明かりをたよりに紙に書かれた場所へと走り出した。
風魔法で高く飛び上がり屋根に着地する。
そのまま屋根とほとんどの飛び越え、屋根伝いに目的地へと向かう。
期待と緊張で胸が高鳴り、寒さはいつの間にか忘れていた。
約束の場所は城壁の上だった。
フードを被った少女が壁の端に座ってこちらを見ている。
俺はフードの少女の隣に腰掛ける。
「なあエマ、なんでこんなまわりくどい方法なんだ?」
名を呼ばれた少女はフードをとる。
桃色の髪がふわりと現れる。
エマは昼間とはうって変わって真剣な顔をしていた。
「こうでもしないと話せないわ。監視や盗聴をされていた可能性があったもの」
「それにしても、いつ俺の服にメモを張り付けたんだ?」
メモ用紙にはエマの名前とこの場所への行き方が記されていた。
「それはもちろん私がケイに抱きついたときよ」
なるほど、あのタイミングか。
「それで誰に監視されているんだ?」
エマは少し考えた後、耳元でささやいた。
「デゼルトさんと町のほとんどの人よ」
え? 今なんて言った?
「噂をすればきたみたいね」
エマに言われて周りを見る。
左右に二人ずつ、日に焼けた大柄な男が立っている。
男たちは鎧を身にまとい、腰に剣を携えている。
「教祖様がお呼びだ。我々とともに来てもらおうか」
男たちの中でも特に大柄なリーダーらしき男が口を開く。
俺は剣を握りしめる。
それを見て男たちも腰についていたサーベルを抜く。
「ここは戦わずついていきましょう」
エマの一言でその場の緊張が解ける。
一息つくとともに警戒は怠らない。
「ついてこい」
リーダーの男はそう言って歩き出した。
男たちに案内された場所は町の中央にある宮殿だった。
砂岩と大理石でできた建物で、屋根は玉ねぎのような形をしている。ところどころ瑠璃色の石で装飾が施されていて高貴さを感じる建物だ。
中に入るとより一層、その大きさに驚く。
俺たちは一番大きな屋根の真下にある大広間に通された。
金でできた玉座に一人の男が頬ずえをつき、あぐらをかいて座っている。
金髪の刈り上げた髪にこげ茶色の肌。
出会った時と違うのは白いローブを身にまとっていることだった。
「デゼルトさん?」
「よお。お二人さんこんばんは」
デゼルトさんは何でもないかのように普通にあいさつをした。
「脅すような連れてき方して何の用かしら?」
エマは怒気を含んだ静かな声で聞く。
「荒い方法じゃなかったろ」
どこがだよ。
「結局目的は何なんだ?」
俺は苛立ちを覚えつつ聞く。
「この町を王国の統治下に置こうと思ってる。そうすれば町の生活はもっと良くなるからな」
町を滅ぼすとかそういうのじゃないんだな。
「俺たちはなんで呼ばれた?」
「王国の統治に反対意見を持っている人もいてな。そいつらを説得してほしい」
「わかった。部外者に出来ることは限られているが協力する」
話を聞いていたエマはカチッと音をたてる。
何の音?
横を見ると、エマは剣を鞘から抜いて構えていた。
「エマ、どうしたんだ?」
デゼルトさんの横で話を聞いていた男たちもサーベルを構える。
「じゃあなんで部下たちから殺気を感じるのかしら?」
確かに男たちからは強い殺気がでている。
賢者の瞳を使うと禍々しい魔力も感じられた。
一触即発の空気の中、大広間の扉が勢いよく開けられる。
部屋に十人ほどの男が入ってくる。
男たちの中央に立っていたのは老婆だった。
濃いしわが刻まれた顔に薄い白髪の髪。白い服を着ていて腰は曲がっている。
しわだらけの手で杖を握り体を支えていた。
「デゼルト、あんたなにしてるんだい!」
老婆は小さな体からは信じられないほどの大声を張り上げる。
「何って、俺はこの町を良くしたい。王国の管理下になれば生活は豊かになる。だから――」
「余計なお世話だよっ! とっととこの町から出ていきな!」
デゼルトさんは悲しみに歪んだ顔でなおも反論する。
「俺は生まれ育ったこの町に恩返しがしたい! そのために宗教を起こして教祖になってこの町の人を説得しようと思った」
老婆はそれを聞いてさらに激怒する。
「怪しい宗教ができてると思ったらあんただったのかい。面と向かって話そうとしないやつの言葉なんか聞かないよ」
「身寄りのない俺を拾って育ててくれたのは、ばあさん、あんただろ。俺は本当に感謝してるんだ。だから、頼む!」
そう言ってデゼルトさんは頭を下げる。
老婆は少し戸惑い、意思が揺らいでいるようにも見えた。
老婆の顔が突然曇り、震えながら口を開く。
「あんた、死んでるよ」
「ばあさん何を言って――」
その瞬間、背後に男が現れ、言い終わらないうちに胸をサーベルで貫かれていた。
「ああ、ああああ!」
デゼルトさんは自分の胸を見ながら恐怖で顔を引きつらせている。
「だまれよ。お前たちの長話はもう飽きた」
声の主はデゼルトさんの部下である大柄なリーダーの男だった。
「安心しろお。死なないどころか血の一滴すら出ねえよお」
倒れたデゼルトさんの横にかがみこみ、顔をのぞきこんで言う。
男は邪悪な笑みを浮かべて猫のように目を細めている。
「あんた、これは王国の命令かい?」
老婆は睨みながら尋ねる。
「さあ? それは言えねえなあ」
ニタニタ笑いながら男は立ち上がる。
「おっと、俺のスキルで死んでないだけだからなあ。そこの魔人さんよお。それ、しまおうぜえ」
エマに向けて男は不敵な笑みを浮かべる。
「なあ、つまりデゼルトさんもそこのばあさんもこの町を守りたいんだな?」
俺はデゼルトさんと老婆を交互に見て言う。
「くっ。そうだ。だからこいつを倒して。うっ」
痛みで悶え残念だがデゼルトさんは答える。
「それでお前は裏切り者で王国の悪人か?」
腰から剣を抜き、俺は男に剣先を向ける。
「悪人とは聞こえが悪いなあ。俺はどんな手を使ってもいいからこの町を支配下に置けと上に言われててなあ」
男はデゼルトさんを足で踏みつける。
「エマ、ここは俺に任せてくれ」
俺は男に向かって歩きだす。
「ここの無能なやつが死ぬまで二十秒だああ。さあ、助けてみろお!」
男はデゼルトさんを指さして言った。
「二十秒か。十分すぎる」
『硬質化』
風魔法で足に風を巻き起こし、走り出す。
勢いよく男の懐に潜り込み、みぞおちに鋼鉄の手で右ストレートを入れる。
「ぐはっ」
男は血を吐き、その場に倒れた。
しかし男は起き上がり、部下とともに俺に斬りかかる。
「あと十秒、残念だが俺を仕留めきれなかったなあ!」
俺は男の言葉を聞いてにやりと笑う。
「いや十分だ。準備は整った」
もう一度風魔法を使い、男たちの頭上へと飛び上がる。
『精霊召喚』
その瞬間、男たちに向かって爆風と共に勢いよく冷気が広がる。
氷と雪を纏った風は部屋全体を吹雪のように包み込み、あたりにいた人間を全て氷漬けにした。
着地した俺の前に、鎧が氷でできた騎士がひざまずく。
重厚な鎧の騎士からは冷気が出ていて、周りの床には霜が張っている。
「ありがとう。帰っていいよ」
俺がそう告げると騎士の周りにまた風が巻き起こる。
吹雪が止むと、煌めく氷の結晶が騎士のいた場所に舞っていた。
「精霊を使うなら先に言ってほしいわ」
エマが俺の横で服についた雪を払い落とす。顔を膨らませ、不服そうな顔をしている。
かわいい。
「ごめん。一応、防御魔法張ったし許して」
「それにしてもいきなりすぎる。死なないとはいえ氷塊の中に閉じ込められるかと思ったわ」
エマはその場にいる人間を閉じ込めている氷の塊を指差す。
「エマだって何も言わずに、抱きついたときに手紙渡したし。そこはお互い様だろ」
「それはたしかにそう、えっと、あっ」
何故かエマの顔が急に真っ赤になる。
「どうした?」
「いや、その、思い返すと少し、恥ずかしい」
エマはフードを手でぎゅっと握り、顔を覆い隠す。
そんな顔しないでくれ。
まじで勘違いするから。
二人とも顔を赤らめ、気まずい沈黙が流れた。
「って違う。そんなこと話してる場合じゃない!」
「そ、そうね。何か訳があって敵だけでなく味方も氷漬けにしたのでしょう?」
俺は気を取り直してエマの方を見る。
冷静になるためにスキルで思考速度を強化したなんてエマには言えない。
「ああ、そろそろ来るぞ」
俺は獣化の影響で嗅覚が強化されている。
その嗅覚で廊下からする砂ぼこりと血の混じった匂いを捉える。
唐突に匂いが消え、砂塵の混じった竜巻が目の前で起こる。
竜巻が終わり、その場に現れたのは砂塵の魔人だった。
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