砂漠の刹那Ⅲ

 西の空に太陽が沈んでいき、空が真っ赤に染まる。

 マグルの方を見ると、マグルはいつのまにか巨大な砂の城を完成させていた。

 出会って半日だったが、デゼルトさんとは意外にも打ち解けた。

 真の陽キャは陰キャとも上手くコミュニケーションがとれるんだな。

 オアシスに着いてすぐの時に、デゼルトさんは着替えを用意してくれた。

 デゼルトさん自身が着ているものと同じもので、動きやすく、小物入れがたくさんついており便利だ。

 俺はジョッキに飲み物をつぎながら広大な砂漠を眺める。

 砂煙は午後になってからはなくなり、今も砂漠は風一つなく静かだ。

「遺跡には向かわないんですか?」

「まああと十数分ってところだな」

 どうやらどこかに行くんじゃなくて何かを待っているらしい。 

 ジョッキを傾け飲み物を飲む。

 飲み物や食べ物、机や椅子を用意してくれてありがたい。

 これらがなかったら半日ここで過ごすのはきつかっただろうな。

 昼間の砂漠は乾燥と暑さで喉が渇くだけでなく体力も奪われる。

 甘くて冷たい飲み物は砂漠で飲むにはうってつけだ。

 デゼルトさんによるとデザートベリーという果物のジュースらしい。

 飲むと甘美な味わいが口のなかに広がり、ほのかな酸味も感じられる。それでいて後味はすっきりで、果実の香りが残る。

 砂の城の城壁も作り始めたマグルに、デゼルトさんは飲み物を差し入れた。

 意外にもデゼルトさんは面倒見が良く、こうやってこまめに飲み物を届けている。

 マグルは嫌そうな顔をしながらもお礼を言って受け取る。

 砂の城は窓や塔の一つ一つまで細かく作られていた。

 一目でエレジア王国の城だとわかるマグルの技術力はすごい。

 俺は砂丘が連なる西の地平線を瞬きをしながら見る。

 太陽が地平線に沈みかけ、沙漠の空をさらに赤く染めた。


 数分後、太陽の全体のほとんどが地平線に沈んだ。

 日の最後の光が一筋の金の糸のように細くなっていき、薄紫色の西の空を段々と暗くしていく。

 やがてそれも西に日が沈み消えていく。

 しばらく西の空が淡く光っていたが、それもやがて時間とともに暗くなり、辺りには闇と底冷えするような寒さが訪れた。

「二人ともこれ着とけ」

 そう言って、デゼルトさんはフードの付いた上着を渡す。

「こんな汚い服着るわけない。ないですよ」

 マグルは文句を言う。

 少し敬語を使おうと意識してるのがおもしろいな。

 どうやらデゼルトさんに優しくしてもらううちに、マグルはぶっきらぼうな言い方ができなくなったらしい。

 服は到底きれいとは言えないような薄汚れた布でできていて、袖口やフードはボロボロになっている。丈は長く全身を覆える。

 よくある小説に出てくる旅人のような服で、フードを深くかぶることで顔を半分ほど隠せられる。

 まさに学生の頃からとある病を抱える俺にとっては大好物の服だ。

 なんだよこの暗殺者アサシンみたいな最高にかっこいい服は。

「そろそろくるぞ」

 テンションが高い俺と低いマグルは目を凝らしながら何が来るのかと待ち受ける。

 突然、轟音が静寂を破り地面が震える。

 地鳴りと砂が流れ落ちる音とともにオアシスの目の前の地面が下がっていく。

 砂が円をつくりながら流れる。

 下がり続けている砂の中から砂岩で造られたかのような建造物が現れる。

 ――これが古代遺跡。

 砂の滝に囲まれた大穴の中心に巨大な遺跡が建っていた。

 遺跡は中心を取り囲むように円形で、いくつもの階層がある。

 それぞれの階にはアーチ状の穴が何個も開いていてまるで古代の闘技場のようだ。

 薄汚れた包帯を腕に巻きながら、デゼルトさんはオアシスの水を飲んでいた巨大な鳥――ペポという名の鳥を呼ぶ。

 ペポはこちらに近づいて羽を広げて体を低くした。

 ペポは俺たちがペポに乗ったのを見てオアシスから飛び立った。


 ぺポはゆっくりと羽を上下させながら遺跡に囲まれた地面に着陸した。

 ぺポの背から降りあたりを見回す。

 やっぱり闘技場に似ているな。

 ここで過去に決闘がされていても不思議ではなかった。

 アーチ状の大きな入り口から遺跡に足を踏み入れる。

 夜空の星の光は遺跡の中には入ってこない。

 真の闇の中、石造りの床を歩く音だけが暗闇に響く。

 夜でも目が利くデゼルトさんを先頭に、俺、マグルの順に並んで歩く。

 俺とマグルには遺跡の中は何も見えない。

 そのため、俺たちは三人を繋ぎとめているロープを頼りに先頭に従って歩く。

 命綱とも呼べるそれが唯一の心の支えだった。

「父様はなぜ俺をこんなところに」

 恐怖に耐えられなくなったのか、マグルは弱気な声でそう言った。

 足音だけが鳴る闇の中でその言葉は宙にぽつりととり残されたかのように思えた。

 なにかに気づかれないようにしているのか?

 デゼルトさんは遺跡内で明かりを使わない理由について教えてくれなかった。

 息をひそめているのがこちらなのか、はたまた闇に潜む何かなのか俺にはわからない。

 方向も掴めず現在位置も知ることができない中、俺はだんだんと恐怖に憑りつかれていった。

 突然、俺の頭の中にありもしない考えが浮かんだ。

 もしかして、前を歩いているのはデゼルトさんではないんじゃないか?

 

 何度も壁を右に左に曲がり歩いたところで、ふいに先頭の足音が止む。

「ここだ」

 ただ一言デゼルトさんはそう言った。

 目の前の壁の隙間からわずかな光がもれでている。

 俺はその小さな光を頼りにマグルとデゼルトさんの顔を見る。

 マグルの顔は青ざめている。デゼルトさんは真剣な顔をしていた。

 そっとデゼルトさんは正面の壁に手で触れる。

 触れた箇所がうっすらと光る。

 それと同時に壁の一部分が鈍い音を立てて下がっていく。

 どうやら魔力で作動する仕掛けのようだ。

 暗闇に目がなれていたため、あまりのまぶしさに思わず目をつぶる。

 目を開け、部屋を見回してみる。

 部屋の左右の壁には松明が掛けてある。

 部屋の奥には砂岩が積み重なった祭壇のようなものがある。

 部屋を囲むように石の台があり、その上には生の肉や果物といった食べ物が置かれている。そのどれもが腐っておらず新しかった。

 部屋の中央には棺が置いてあった。石でできた蓋がしてあり、高さは床から大人の膝ほどの高さだった。

 俺たちは棺の置かれた部屋に入る。

 部屋の中は外のひんやりとした空気の通路とは違い暖かい。

 無言でデゼルトさんは棺に手を置く。

 しばらくそうした後、棺の蓋の両側を掴み蓋を開けた。

 砂の匂い?

 蓋を開けた瞬間濃い砂の匂いがした。

 もちろん砂漠にいる時も遺跡を歩いている中でも砂の匂いはした。

 それらとは違うような、鼻孔を直接刺激するようなはっきりとした匂いだった。

 砂ぼこりが舞い出た棺をマグルと俺は覗く。

 中にあったのはこげ茶色に染まったミイラだった。

 手や腕、顔なども完全に包帯で覆われていて見えない。

 ミイラからは植物と油が混ざったかのような独特な匂いがする。

 腐敗臭ではないのでミイラの保存状態を良くするためにミイラを漬けた液体のものだとわかる。

 気づけば頬がじっとりと汗ばんでいるのに気が付いた。

 やばいこのミイラすごく嫌な感じがする。

 とりあえず賢者の瞳をつかうことにする。

「なあ、お前らあ。天使の彫像の話はしってるか?」

 突然口を開いたデゼルトさんの方を見る。

 砂埃が目に入ったのか、とっさに俺は目を閉じて手でこする。

「俺知ってます。ある少年が神と契約して翼を手に入れ、手に入れた力におぼれて、最終的に神によって彫像に変えられてしまう話ですよね?」

 マグルは質問にそう言って答えた。

 強大な力や身に余る力は身を滅ぼすという教訓だ。

 俺は正面を向いて目を開け、祭壇の方を見る。

 祭壇には高い魔力の光が見える。

「なんでそんな話を――」

 俺はミイラの上の空間の異変に気が付き、気になって言いかけていた言葉は言えなかった。

 ものすごい量の魔力の光が宙で渦巻いている。

 賢者の瞳は人や物に内在している魔力だけではなく、魔力痕と魔法やスキルの発動前に集まる魔力を見ることができる。

 これは――

「まずい、二人とも今すぐ離れろ!!」

 俺とマグルは棺から飛び退く。

 その瞬間、目の前のミイラから風が巻き起こり、風は砂を巻き上げながら回転する。

 危ない!

 デゼルトさんは虚ろな目をして棺のそばに立っていた。

 助けようと体を掴むために伸ばした手は間に合わず、風が容赦なくデゼルトさんを吹き飛ばした。

 デゼルトさんは宙を舞い、壁に背中を打ち付けて床に倒れる。

「デゼルトさん! 起きてください!」

 慌てて駆け寄ったが反応はない。

 デゼルトさんの胸に耳を当て、心音が鳴っていることを確かめる。

 よかった、ただ気絶しているだけみたいだ。

 なおも暴風が吹き荒れる部屋から俺はデゼルトさんを担いで外に運び出した。

 途端に強風が止み、遺跡に静けさが戻った。

 しかし、かつて棺のあったところには棺はなく一人の大男が立っていた。

 ――砂塵の魔人だ。

 全身が包帯で巻かれ、こげ茶色のマントを羽織っている。

 手と足は三本の長い爪で、人間ではないことが一目でわかる。

 頭は水牛のような頭蓋骨で角が二本生えている。目は骨に空いた空洞の奥に赤い目が光っているのが見えた。

 男はゆっくりと手を前にかざす。

 賢者の瞳が全く使えない。

 俺はこの魔人に絶対に勝てない。

「マグル、俺が合図したら走れ」

 デゼルトさんを背中に担ぎ、砂塵の魔人の動きを注視する。

塵旋風ダストデビル

 砂塵の魔人は低く唸るように唱えた。

 それと同時に魔人の手から縦に渦巻く風が放たれる。

 風は高速で回転し砂塵を纏って飛んでくる。

 俺は手を叩く。

 マグルが走り出した。

「ビアラクテア!」

 片手を前に出して手を広げて唱える。

 詠唱を省いたため前使った時よりも効果は弱い。

 前方に半透明の薄い檸檬色の障壁が現れる。

 チリチリと障壁を削る音を背に、デゼルトさんを担ぎながら走る。

 マグルを追い、狭い通路を全速力で駆け抜ける。

 走っているうちに遺跡内がだんだんと明るくなり、やがて、通路が昼間のような明るさになる。

 角を二度曲がり振り返ると、砂塵の魔人は追ってきてはいなかった。

「マグル、大丈夫だったか?」

 マグルは答えず、震えながら通路の右側を指さす。

 そこには翡翠色の瞳を持った砂でできた獅子の像が立っていた。

 いや、モンスターだ。

 獅子は大きな体をゆっくりと動かしこちらに近づいてくる。

「魔力の根源よ主の望みを叶えたまえ グラキエースグリス」

 獅子に向かって氷の槍を顕現させて放つ。

 槍は獅子を貫き床面に刺さる。

 拘束している今のうちに逃げる。

 気絶したデゼルトさんと怯えきったマグルを守りながら戦うのは無理だ。

「マグル、走れ!」

 マグルはとてつもない速さで走り始めた。

 俺も地面を踏みしめて勢いよく走り出す。

 人をおぶっているのにも関わらず体が軽い。

 それだけでなく、俺は通常の何倍もの速度で遺跡を走っていた。

 出口がどこかもわからないなか、俺たちは本能のまま走り続けた。

 通路の両側に多くの砂の体と翡翠色の瞳を持つモンスターがいた。そのどれもが獅子や兎、蛇やワニといった動物の形をしていた。

 それらに気づかれるよりも速く俺たちは走った。

 呼吸は荒く、けれど疲れを知らない体で風のように走り続けた。


 遺跡の外に着きデゼルトさんを背中から降ろす。

 マグルは壁にもたれかかったまま寝てしまった。

 もう昼間か、あたりがすごく明るい。

 興奮のせいだろうか、五感が研ぎ澄まされていた。

 かすかな風の音が今ははっきりと聞こえる。

「ありがとう、ずっと待ってくれてたんだな」

 俺はペポに近づき頭をなでる。

 ペポは体を震わせ、今まで聞いたことのないような鳴き声を発する。

「どうしたんだペポ?」

 俺はなでている手が包帯で巻かれていることに気づいた。

 なんだこれ?!

 マグルやデゼルトさんにも同じものが巻かれている。上着と同じような薄汚い布でできていて服との見分けがつきにくい。

 近くから甘い香りと足音がしたのに気が付く。

 音の方を見ると、遺跡の壁の近くに人型の何かが立っていた。

 近いと思っていたがかなりの距離が離れていた。

 湾曲した遺跡の、こちらとは反対側の壁に近い。

 人型の何かはこちらに駆け寄ってくる。

 それは俺たちが着ているのと同じようなフードの付いた上着を着ていた。

 フードを深くかぶっていて顔は見えない。

 同じような茶色の布でできていて薄汚れている。

 全身が覆われていて完全に正体がわからない。

 俺は戦闘を予期して身構える。

「ケイ、大丈夫だった?」

 フードの人物はそう言ってフードをとる。

 近づいてきたのは桃色の髪に青色の瞳の美少女だった。

「エマも来てたんだな」

 心配そうな顔をするエマに俺は話しかける。

 急にエマは俺に近づき抱きついてきた。

 あまいかおりと共にやわらかい体からエマの温もりが伝わってくる。

「良かった、ケイが無事で。本当によかった」

 心臓がすごい勢いでを拍を刻むのがわかる。

 やばい、エマにばれてないといいな。

 あたってないか?

 エマの豊満な双丘が俺の腹あたりにあたっている。

 疲れと恐怖を抱えて乗り切った先に今の幸せがある。

 俺はそれだけでもう、十分すぎるくらいに幸せだった。


 エマと俺はオアシスのそばで椅子に並んで座る。

 二人とも手にはデザートベリージュースが入ったジョッキを持っている。

「さっきのはその、心配だったから、本当にそれだけ……」

 気まずい沈黙を破るためにエマが口を開いた。

「さっきの」は考えなくてもわかる。

 それで今気まずいのだから。

 エマは頬を赤らめながらこちらを見る。

 もしかしてエマは俺に気があるんじゃないか?

 落ち着け、勘違いするな俺。

 いやもしかしたら、天文学的確率で好意を持たれている可能性も?!

 そんなことをぐちゃぐちゃと考えていると、突如、エマの顔が曇る。

「ケイ、あなた、【獣化】してるわ」

 エマがそう言って俺の腕を指さした。

 俺の腕にはいつ巻かれたかわからない包帯が巻かれている。

「獣化は上位魔人が人間に使うことができる呪いよ」

 震えるエマを見て俺は緊張しながらエマに尋ねる。

「それって代償は何なんだ?」

「それは……」

 エマは震える声で答えようとして口ごもる。

 獣化が人間が獣やモンスターの力を得ることだとしたら。

 遺跡内の不自然な出来事ってもしかして……。

「エマ、今は一日のいつ頃?」

「真夜中よ」

 昼間だと思っていたのは獣化で獣の目を手に入れたからだったのか。

 視覚、嗅覚、脚力に腕力、それに体力までもの能力が向上していた理由が分かった。

「獣化した人間はどうなるんだ?」

 

 長い沈黙の後、エマは言った。

「三日以内に死ぬわ」

 途端に、明るい空が元の夜の闇に戻ったかのように俺には感じられた。


 


 


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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