「ストロング・ゼロ」

蛙鮫

「ストロング・ゼロ」

 寂れたアパートの一室。一人の青年があぐらをかいて、くつろいでいた。目の前にはちゃぶ台があり、コンビニで買ったビール缶とおつまみのスナック菓子が散乱している。


「はあ、他になんかあったっけな」

 コンビニの袋を漁っていると一本のアルコール飲料が姿を見せた。


「ストロング・ゼロ? あー。そういやこんなやつも買ってたっけ?」

 頭を掻きながら、過去の記憶を遡るが一向に思い出せない。


「まあ、ものは試しようだな!」

 早速、彼はプルタブを開けて、口をつけた。


 喉に通した瞬間、体に電流が走った。すると脳裏に見たことがない情景が浮かんだ。


 目の前に漆黒の空間が現れて、突然、爆発した。すると辺りには小さく光るものが見えた。


 星だ。その周りには辺りを見回してみると、惑星のようなものが見える。


「なっ、何だ。これ」

 動揺する彼をよそに謎の脳内で映像は再生される。


 無数の小惑星が衝突し、始めた。やがて巨大な塊となり、その中で雲が現れて、雨を降らし、落雷が絶えず落ちた。


 そして、海が出来た。この時点で彼は察した。これは歴史。自分は今、歴史を見ているのだ。


 微生物が生まれて、そこから気の遠くなるような時を経て、恐竜が生まれた。


 しかし、絶滅してそこから年月をかけて人類が生まれた。


 ピラミットの建設。邪馬台国建国。戦国時代。ペスト。江戸時代。黒船来航。明治維新。フランス革命。産業革命。第一次世界対戦。スペイン風邪。第二次世界大戦。


 順番に規則性はないが、人類史で起こったありとあらゆる出来事が脳の中で再生されていく。


 そして、次に移った光景を見て、彼は目を大きくさせた。そこには彼の両親が映っていたのだ。


 初々しい雰囲気の二人に若干、むず痒さを感じながらも、静かに眺めていた。それから二人の光景を長々見て、ついに自分が生まれた。


 どこか感慨深いものを抱き、涙がこぼれ落ちそうになった。


 時が進み、自分の幼少の頃、小中高の記憶が物凄い勢いで再生された途端、いきなり見えなくなった。


 それと急激な疲労感が体を襲った。彼は両肩を何度も起伏させた。


「はあ、はあ」

 額から滝のような汗が流れている。疲労のあまり、地面にへたり込んだ。


 情報量のあまり、彼はパニックを起こしていたのだ。


「今のは一体。何なんだ」

 脳内で突然、浮かんだ謎の光景。自分の身に起こった出来事に恐怖を抱いているとさらに突然、彼の脳裏に電流が走った。



 謎の光景が浮かぶ上がる。彼は目を疑った。自分だった。天井を見て、白目を向いている今の自分を第三者の視点で見ているのだ。


「これは今の自分?」

 それに気づいた瞬間、嫌な予感がした。自分がゆっくりと動き出していくのだ。


「おい、止まれ! やめろ! やめてくれ!」

 彼は脳裏に流れる光景を止めるように念じる。しかし意思とは反して、謎の光景は再生された。


 そして、幾千万にも昇る未来の情報が彼の脳内を埋め尽くした。



 全てを知った彼は無気力になった意識の中、名前の意味をようやく理解した。ストロング・ゼロ。ストロングとはその名の通り、強さだ。


 この飲み物を飲むと飲料に含まれる物質が人間に備わった第六感を過度に刺激し、完全無欠、全知全能の存在へと昇華させる。


 しかし、それ以上の向上は見られない。あらゆる面で欠点をなくしてしまった彼は一切の欲や煩悩が消滅し、ゼロの存在になったのだ。




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「ストロング・ゼロ」 蛙鮫 @Imori1998

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