5 侵入した魔獣
5-1 一人きりで
デンファレは隣の部屋の扉がドンドンと叩かれる音で目が覚めた。それから少し籠った声で誰かが叫んでいた。
「お客さん! 魔獣だ、魔獣が来た! 早く逃げなさい!」
寝ぼけた様子で魔獣と言う言葉をぼんやりと聞き取った。彼女はそのまま窓の外を見る。そこから見えるだけでも全員がパニックになって、走り回っているのが見えた。出現したという魔獣はどこにも見当たらない。それにあれだけ高い壁の覆われているのに、どこから侵入するというのか。それでも、彼女はふとカロタンたちのことを思い出した。そして、トールがロトと戦ってからどれだけ時間が経っているのかわからないが、未だにあの路地にいた場合、戦えるのだろうか。さすがに家に戻っていると思いたいが、確信はどこにもない。そう思うと、焦りを覚えた。もし、ロトが死んでしまっていたら。カロタンとキャルが魔獣に襲われていたら。その不安はすぐに彼女の体を動かした。いつもならトールに相談するところだが、既に余裕のない彼女はそうすることもできずに宿屋を飛び出した。
走り続けて、彼女はロトのいた路地の広場まで来た。そこにはまだ、不良たちがいた。ロトの姿はない。魔獣が出たというのに、不良たちは動こうともしていない。
「あなたたちも逃げなさいよ。魔獣が出たって言ってるでしょ」
「いいんだよ。俺たちは。あんたこそさっさとどっか行けよ」
「言われなくてもそうするわ。でも、ちゃんと逃げなさい」
不良たちは舌打ちし、彼女に鋭い視線を向けたが、既にデンファレはいない。彼女は目的のロトがいないことを確認できたため、カロタンの家に向かっていた。
カロタンに家に向かう前に、彼女の前には魔獣が立ちふさがっていた。これが浸入したという魔獣だろうか。だとすれば侵入するのも簡単だっただろうとデンファレは思った。
その魔獣は小柄な体には合わない大きな翼を持っていた。黒い羽で作られた大きな翼。魔獣の大きさは膝くらいで、小型犬ほどの大きさであるが、その翼の大きさは路地を完全に塞いでも、その翼は窮屈そうだ。顔はコウモリのようで、その口からは吸血鬼のような牙が覗いている。その魔獣はデンファレを認識すると同時に、翼を折り畳み、まるで鎧のように体を覆った。
勝てる相手かわからない。それがデンファレがその魔獣への感想の一つだ。デンファレは目の前にいる魔獣を知らないわけではない。バッドビッグと呼ばれるその魔獣に咬まれると、毒が血中に入り、耐えがたい高熱が出る。そして、熱が下がっても毒が体内に残り続け、定期的にその高熱が出るのだ。そして、その治療方法は瀉血のみ。血と毒を体外に排出することで治すというものだ。毒を治す回復魔法もあるが、バッドビッグの毒には大した効果がない。
今のデンファレにはその毒が効く。信仰がほとんどないことが原因だった。彼女もそれを理解している。
(咬まれたら終わり……)
背中に冷たい何かが走る。トールも今は近くにいない。自分一人の力でどうにかするしかないのだ。そして、毒を食らえば、この場で食われて終わりだろう。信仰の無い彼女は女神の無敵の力は使えない。魔獣の牙や爪は彼女に通るのだ。
彼女の足が止まっている間に、魔獣が動き始める。その動きは小柄な体に似合う素早さを持っていた。それでもデンファレは目で追えた。どこから攻撃がくるのかわかれば防御もできる。魔獣が壁を蹴り、その小さくも鋭い爪をデンファレに向けた。動きは直線的で、彼女は剣でそれを弾いた。魔獣が彼女とすれ違い彼女の後ろへと移動する。
「土よ。水よ。捕らえ逃すな」
魔獣の着地と同時、その足元が粘着質な液体と化す。その液体に四本の足が触れた魔獣がすぐには飛び上がれない。飛び上がろうとしても、足が足元のそれに絡まる。そして、魔獣の体そのものがその液体に触れ、動きをさらに制限した。魔獣が少し手足を動かしてもがく。その間にデンファレは周りに警戒しながら魔獣に近づいていく。負けるはずない。この状態は確実に勝てる。魔法を使えば、私はできる。彼女はそう思って、魔獣に近づいていく。そして、デンファレが魔獣の目の前に来た。その瞬間、魔獣が纏っていた翼が大きく展開する。いきなり力強く開いたそれは、彼女の魔法の粘液など吹き飛ばしてしまった。魔獣は飛び上がり、彼女の頭上を滑空するように飛んでいた。
しかし、デンファレはまだ諦めていない。攻撃はまだ受けていないのだ。もちろん、これからも攻撃を受けるつもりはない。剣を握る手に力が入る。
(トールがいなくても、勝ってみせるのよ。私)
魔獣を相手にして、何度も勝ってきた。今度も負けるつもりはなかった。
しかし、トールが近くにいない不安が、彼女の心にあることを彼女は気が付いていなかった。
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