4-5 初めての悩み

 二人は路地を後にした後、街の中を無言で歩いていた。デンファレはトールのしたことが気に入らない。だが、何か彼に文句を言うのは間違っている気がしているのだ。その理由を具体的に話せと言われても全く話せる気はしないのだが。


「宿屋に戻りましょう」


 トールがそう言うと、デンファレは頷くこともなく彼の後ろにピッタリついていった。




 結局、二人は一言挨拶を交わすだけで、自室へと戻ってしまった。デンファレは寝心地のよくないベッドで大の字に寝転がる。手足はベッドからはみ出している。


「んー」


 薄い壁でも隣には聞こえない程度の声で唸る。自分が首を突っ込んだ結果、ロトを大変な目に合わせてしまったかもしれない。ただ、これがロトにとって悪いことだったとは思えない。そんな矛盾が頭の中で発生している。いくら考えても、今回のことが良かったのか悪かったのか、それがわからない。そして、彼女はこれからこういうことがあった時には自ら何かをするべきなのか、それを考えていた。


 トールの言う通り、考えてから動いた方が良いのだろか。だが、考えてから行動していた場合、カロタンは救えなかったかもしれない。


(どうしたらよかったのかしら。戦わないでロトにわかってもらう方法とか。でも、トールがああいうことするとは思わなかったけど)


 大の字を止めて、真横を向く。彼女はこれまで悩みがあったことがない。好きなように退屈を潰して過ごしてきた彼女に悩みなどあるはずもなかった。しかし、短い期間で色々なことがあった。今回のこともそうだ。


 悩みに結論が出ないまま、彼女はベッドの上で静かな寝息を立て始めた。悩みはあれど、暢気な女神だった。




(あれで強さを理解できるでしょうか。私も人に教えられるほどの強さは持っていないのですが。ヴィクター様ならもっとうまくできたかもしれません)


 トールは座り心地の悪い椅子の上で、腕を組んでいた。トール自身もあれが最善であったとは思っていない。だが、トール自身にもああやって自身の戦闘能力の高さがそのまま強さだと思っていた時期がある。その時にヴィクターに出会って、ぼこぼこにされたのを思い出していた。ただ、筋力が強いとか、剣術が凄いとか、そう言う戦い方ではなかった。トールの攻撃は一つも当たらず、反撃もしてこない。結局、トールの体力切れで降参したのだ。


 調子に乗っていた時の自分と先ほどのロトの姿が被り、そのせいであんな解決方法になってしまった。さすがにデンファレにも酷いものを見せてしまったかもしれない。黙ったまま機嫌が悪くなるのはいつものことだが、今回ばかりは機嫌が悪くなっても仕方がないのかもしれない。トールは椅子から立ち上がり、気分転換をしようと、ベッドに寝転がる。そして、彼も気が付かないうちに眠りに落ちた。




 ドンドンドンッ


 トールはドアを叩かれる音で目を覚ます。デンファレが呼んでいるのかと思ったが、彼女はこんなに強くドアを叩くことはない。大声で呼ぶのだから叩く必要がないのだ。


「お客さん! 魔獣だ、魔獣が来た! 早く逃げなさい!」


 ドア越しに聞こえたのは店主の声だった。続けて、ドンドンと言う音がしたが、隣の部屋のようだ。デンファレも出てくるだろう。


(魔獣が来た、ですか。魔獣が壁の中にきたのでしょうか。ボロボロでもそう簡単に魔獣の侵入を許すとは思えないのですが)


 彼は店主の態度とは正反対のゆったりとした動作でベッドから出た。ローブや服に着いた皺を魔法で伸ばして、身なりを整えた。そして、全力でドアを開ける音が隣から聞こえたので、彼もドアから出る。しかし、デンファレはトールを待つなんてことはしていなかった。彼が見たのは遠ざかっていくデンファレの背中。既に彼女は飛び出していた。そして、彼女が逃げるために走っているわけではないだろう。トールはすぐに彼女の背を追った。


 確かに少しは戦闘できるようになっているが、力量を計るということが出来ない彼女を一人で戦闘させるというのは危険な行為だ。彼女が消滅してしまうとヴィクターから与えられた任務を達成できなくなってしまう。彼はそう思って走っているのだが、デンファレがいつもより速い。すぐに追いつくことが出来ない。


「デンファレ。少し待ちなさい。出てきた魔獣が勝てる相手とは決まっていないんですよ!」


 大声で彼女を呼ぶが聞こえていない。宿屋を出て、彼女は魔獣の居場所でもわかっているかのようにどこかに一直線に走っている。


「デンファレ! どこに向かっているのですか。デンファレ、話を聞きなさい」


 もはや、どんな声も聞こえていないのだろう。トールすら周りにいる人々がパニックでこの国の中央にある城のような場所に向かって走り回っているのも気が付いていない。その中をかき分けてかなりの速度をだしているため、トールは徐々に距離が離され、デンファレが人の中に紛れていく。いくら目立つ見た目でも、人の波の中に混ざれば、見えなくなるのは当然だ。


 そして、トールはデンファレを見失った。

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