4-4 喧嘩
デンファレはハラハラした様子で二人を見ていた。だが、今の二人の中に割り込む勇気はなく、この状況の行く末を見守るしかない。
「じゃあ、今ここで喧嘩だ。武器はなし。素手だけでやる。良いか」
「ええ、構いませんよ。何なら片手で相手をしてあげましょうか?」
トールのそのあからさまな挑発にはロトは乗らなかった。ここで肩でだけで勝負されて、勝ってもハンデがあったからだなんて言われたら腹が立つ。
ロトはトールから離れて、先ほどまで不良たちがいた方へと移動した。トールはこの広場に入ってきた方向で、彼の正面に立った。ロトは拳を構えて、喧嘩を始める準備が整っていた。対するトールは何の構えもしなかった。ロトはまだ舐められていると思ったが、それを態度や口に出すことはしなかった。そして、俺が殴れば、手加減なんてできないと理解するだろうとも考えいた。
「先手は貴方から。どうぞ」
トールは余裕を持って、彼に掌を差し出した。その態度もロトを怒らせる原因になる。だが、冷静さを失っては相手の思うつぼだと思い、すぐに突っ込むことはしない。相手の動きを、隙を見つけようと、その期を伺っていた。
「かかって来ないのなら、私から攻撃しますよ。いいですか」
それも挑発だ、とロトはトールの動きをずっと見ている。しかし、隙など一つも見当たらない。攻撃のシミュレーションを頭の中でしても、どの攻撃も相手に当たらない。構えていないはずなのに、攻撃はどれもいなされたり、躱されたりというイメージしか沸かないのだ。
ロトはじわりと汗が肌に滲み始めたのがわかった。力量が違いすぎる。一撃当てればと思っていた自分が恥ずかしい。その一撃すら当てられないのだから、どうしようもない。
「あれだけ吠えておいて、手を出さないとは。では、本当に私から攻撃しましょうか」
そう言うとトールは軽い音と共に、ふわりと飛んだ。ジャンプしたのだが、その軽やかさにどれだけの訓練をしたのか、どれだけの戦いを経てきたのか、ロトには想像できなかった。そして、その軽やかさに見合う速さで距離を詰められる。ロトは相手の拳を見て、よけようとさらに集中した。顎のあたりに衝撃。気付いたときには体が宙を舞っていた。そのまま、壁に激突して、地面に倒れた。
「がはっ、ごほ、ごほ」
背中を打ち付けた衝撃で咳が止まらなくなる。
(なんだよ、今の。殴られた?)
トールが距離を詰めてからの動きが全く認識できなかった。拳を出す瞬間も、拳が顎に向かってくる過程も全く見えなかった。ロトは四つん這いになりながらも、トールを睨む。ただ、彼にはそれ以上何の行動もできなかった。息を切らせて、ただただ時間が経過する。
「ロト。降参しなさい。力の差は歴然。これ以上の戦いに何の意味があるのですか」
「……こ、降参」
目に涙が浮かぶ。ここまで屈辱的な負けは初めてだった。自分は無力だと思い知らされた。
「ロト。大丈夫?」
喧嘩と言えるほど、殴りあっていないこの戦いが終わると同時に、デンファレがロトに駆け寄った。咳する彼の背を撫でて、困り顔。彼女はなぜ、こんなことをしているのか、それが理解できないでいた。二人が戦っている間も、こんな喧嘩をする意味を考えていた。彼女が感じたのは、誰かを支配するためにこういうことをしているわけではなさそうだということだけ。それ以上はよくわからない。彼女は彼の背を撫でながら、まだ考えている。
(もし、私と同じだったら。私も強くなりたいと願ったんだから)
この世界を救い、この世界の人々を守りぬきたい。彼の場合はそこまで大きな話ではないかもしれない。家族、カロタンとキャルを守りたいからこそ、力をつけたいと考えているのかもしれない。ただ、それは推測と言うよりは彼女の希望だ。そして、それを彼女は理解していた。
「デンファレ。もう行きましょう。買い物の続きをしますよ」
トールはロトの咳が治まるのを待っていたようで彼の咳が落ち着くとデンファレにそう声をかけた。デンファレも今は彼をどうにかする手段も思いついていないので、彼に抵抗することもできなかった。それでも、何か、ロトに言いたかった。
「ロト。私も今、強くなってる途中なの。一緒に頑張りましょう」
自身の希望が間違いであったなら、ロトはこの言葉の意味を理解できないだろう。デンファレはそんなことを考えてそう言ったわけではなく、ただ単純に何か声を掛けたいと思ったから、その言葉が口から出ていっただけだ。
デンファレは既に路地を歩いていったトールに付いて行く。その場に残されたのは、ボロボロになった者たちだけであった。
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