2-2 最弱との戦い

 女神は剣を両手で持ち、ラクーンドックを正面にして構える。デンファレには勝てる未来は見えていない。それでも死にたくない一心でその剣を構え、その場に立っているのだ。


「まずは剣を振らず、相手の攻撃に剣を合わせましょう。攻撃を防ぐ練習です。面ではなく、刃を当てれば切ることもできます」


 彼女は魔獣の攻撃を待つ。魔獣はすぐに攻撃してきた。しっぽで地面を叩いて、その勢いでデンファレに突進する。彼女はその突進を怖がって、目を閉じて剣をぎゅっと力強く握った。手に伝わる衝撃。しかし、魔獣が自分の体に当たった感触はない。


「目を閉じてはなりません。戦う相手をしっかり見てください。剣で防げば、自分にダメージはありません」


 それはわかってはいるが、恐怖が勝って目を閉じてしまった。再び目を開けたときには魔獣が再び突進してくるところが目に入る。喉に力が入って、空気が通り、ひぅっと情けない音が鳴る。それでも魔獣の直線的な攻撃を剣で受けている。恐怖によって強く握られていることが幸いしている。だが、それもいつまで続けられるかわからない。デンファレから攻撃しない限り、決着はつかない状態。


「目を瞑らずに対峙しなさい。防御したら次は攻撃です。相手をよく見て剣を振りなさい」


 そう言われても、体に力が入って、その動作が難しい。頭で考えてもその通りにできる気がしないのだ。しまいには足が震えてくる。


「やっぱり、無理ぃ。むり、むり」


「ここで負けたら終わりですよ。デンファレもこの世界も」


「それもむりぃ~。やだぁ」


 デンファレの瞳に溜まっていた涙は既に流れて、彼女の顔を濡らしている。声は震え、中々惨めな顔をしていた。トールはその戦闘で初めて、デンファレの姿を見た。それまでは他の魔獣が来ないかどうか、ラクーンドックが女神の予想外の動きをしないかどうかを見ていたのだ。


 女神の顔は涙にぬれて、情けないものになっていた。それでも、彼女は剣を構えている。魔獣が攻撃してこないときには目を開けて、魔獣の動きを見ている。弱虫の頃の自分ではずっと目を瞑っていたし、攻撃が来れば逃げ回っていた。少なくとも彼女は逃げていなかった。


(弱いだけではない、か。女神なだけはある、と言うことだろうか。それともプライドか)


「とにかく、防御して、剣を振るのです。この魔獣も倒せないようならこの先には進めないですよ」


 デンファレはその言葉に二度頷いて、彼の言葉に同意を示す。彼女もそのことはわかっているのだ。


 魔獣が再び突進の構えに入る。これで九回目だ。それだけ同じ技を受けている彼女はそのタイミングもいつの間にか理解していた。


 泣きながらも、魔獣の動きは見逃さない。相手が飛んでくるタイミングに合わせて剣で攻撃を防ぐ。手に衝撃が来る前に目を瞑ってしまうが、すぐに目を開けて、相手の様子を確認した。


(防御して、振る)


 女神は一歩踏み込んで、剣を振り下ろした。その時には薄目ながらも目を開けて、その剣身に魔獣を捕らえた。恐怖で力の加減などできず、一気に振りぬく。剣は地面に刺さる。彼女は二、三度、剣を引っ張ると地面から抜けて、その勢いに負けて、尻もちをついていた。そんな間抜けな姿を晒している間に、魔獣は二、三メートルほど飛んで、地面に叩きつけられ、動かなくなった。


 一撃で倒せるほど弱い魔獣ではないのだが、突進して剣に頭を打ち付けていた魔獣にはダメージが入っていた。そのせいで、最後の振りぬきがとどめとなったのだ。偶然ではあった。しかし、弱くとも神である彼女は基本的に運が良い。


「よくやりました。しかし、これからはこんなこと、比にならないくらいきついものです。気を引き締めていきましょう」


 女神の横に立って、尻もちをついたままの彼女を見下ろす。女神はもはや、情けなさすぎて、顔を伏せて一つ頷くことしかできなかった。




 魔獣とできるだけ合わないように平原を移動する。魔獣に察知されないようにトールがデンファレを誘導していた。そして、人間の国の前に到着した。


 ボロボロの城壁、かろうじて魔獣が中に入って来ないと思えるような崩れ加減だ。国の中に入るための木製の門だけは修理してあり、パッチワークの門になっていた。その門の前に、疲れた表情の鎧を着て、槍を持った兵士二人がいた。彼らは二人に気が付くと、鋭い視線を向けた。


「何者だ。どこから来た」


 兵士がそう言うのも無理はない。現在、元々人間の国に住んでいた者たちは、この国から出ることがない。他の国にしても同様だ。もはや、邪神を討伐したいと考えている馬鹿者はもうこの世界にはいないのだ。そのため、三国の交流も無くなった。だから、他の国からくるものは少なくとも後ろめたい事情がある者ばかりなのだ。後ろめたいことがなければ、自分の家がある国にいることが出来るのだから。


 兵士の問いに、トールは何も言わない。あくまで、女神の補佐であり、こういう交渉は女神に任せるべきだと考えている。それに、力がないとは言え、少なくとも自分よりはこの世界について知っているはずだと、彼は考えていた。


「私は女神よ。この世界を救うために、こうして地上に降りてきたの。人間の国に入れなさい」


 トールはデンファレのその言葉を聞いて、さすがに額に手を当てた。

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