2-3 信仰はすでになく
「女神、だと?」
右にいた兵士の表情が急に怖いものに変わる。そして、その兵士は槍をデンファレに向けた。
「女神だというなら、一つ聞きたい。なぜ、俺たちを助けてくれなかったんだ」
「それは、私だって忙しくて、すぐには来れなかったのよ。わかるでしょ?」
「ふざけるな!」
大人しくしていたもう一人の兵士も大声を出して、槍を彼女へと向けた。デンファレはその声に驚いて、上半身を引いている。喉が絞られて、ひぅっという音が漏れた。
「貴様が偽の女神でもいい。今すぐ、殺してやる。女神がすぐに来てくれていたら、嫁も死ななかった。娘も足が無くなるなんてことにはならなかった。俺は女神が憎いよ。だから、代わりにお前が死んでくれ。女神を名乗るなら死んでくれ!」
槍の先端が彼女に迫る。相手は寸止めするなんて気はさらさらない。その槍には恨みの心が宿っているのがデンファレにもわかった。自分がサボっていた間に、被害があったということが彼女に突き付けられていた。その大きな感情と背負うには重すぎる事実が、彼女をその場に縛る。自分に槍が刺さると思ったその瞬間、彼女は目を瞑り、後ろに体を動かした。彼女はそのまましりもちをついて転んだ。そして、兵士の槍はトールの剣によって受け止められていた。
「気持ちは痛いほどわかります。私も神に家族を殺されました。しかし、いきなり殺すのは少々やりすぎではないですかね」
「なんだよ。俺の気持ちがわかるなら、殺させろよ!」
彼は相手の槍を難なく、剣で押さえつけながら相手の目を睨む。
「しかし、貴方の話を聞く限り、それは恨みの矛先を間違っていますね。直接貴方を害したのは、女神ではないはず。あの邪神の手下あたりでしょうか。それとも魔獣か。どちらにせよ、仇討ちしたいというなら、邪神か魔獣を狙うべきでしょう。違いますか」
「ちっ」
舌打ちと共に相手は槍を引いた。そのまま矛を収めてくれるのかとくれるのかと思いきや、兵士は槍を振り上げ、次の攻撃をしてきた。彼は身を少し退くことで回避した。
「人間も、エルフも、獣人も。みんな、やろうとしたさ。女神に頼る前に自分たちでって。何度も何度も何度も。三国が協力して、何度も挑んだ。でも、駄目だった。魔獣は減らず、あの城に到達することもできず、被害は増えるばかり。だから、女神様助けてって願ったんだ」
「でも、女神は来なかった。助けの手は一つも差し出されなかった」
トールは黙ってその話を聞いていたが、聞けば聞くほど、女神の職務怠慢であることを理解できる。今更、立ち上がってももう遅い。彼らはそう思っているのだろう。
「貴方、本当に駄目な女神ですね。恨まれて当然です」
彼はデンファレに顔だけ向けて、彼女を見下している。直接的な原因でないとしても、この世界の惨状は彼女が原因の一因を担っていると言ってもいいだろう。しかし、デンファレをここで死なせるわけにはいかないのだ。少なくともこの世界の中心にいる邪神を倒してもらわないと、ヴィクターからの任務を達成することが出来ない。
「さて、逃げますか」
彼はローブの首元に刺繍されている五つ葉のクローバーの刺繍に触れる。すると、その中の二枚の葉が光り、そこからゆらゆらと揺れる光が彼の足にまとわりつく。そして、左足、右足、それぞれのつま先から足の付け根までを光が覆う。すぐにその光は鎧を形作った。足だけだと間の抜けたような格好だが、兵士二人はその光る鎧に驚いて全く動けていない。
兵士たちが驚いている間に、デンファレを荷物のように脇に担いで、飛んだ。かなりの跳躍力で、二人が逃げたのが理解できたとしても、追いかけて追いつくことが出来ないだろうとすぐに理解できるだろう。
「全く。貴方は本当に駄目ですね」
女神の足を地面につけて、雑に手を離す。デンファレは少しよろけていたが、それを気にせず、話続けた。
「いきなり女神だと名乗って。この惨状になるまで助けに来なかった女神を誰が信仰するのですか。すぐに殺されなかっただけましですよ。全く」
デンファレは本当に信仰を失ったということを実感して、悲しくなった。そして、それを引き起こしたのは自分だということがその悲しみに拍車をかける。デンファレの目にはまた、涙が溜まっていた。
「泣き虫女神ですね。いいですか、次に行く国では女神だなんていわないでくださいよ。僕らは可哀そうな遭難者です。不当な扱いに人間の国を出て、逃げる人間ですよ。良いですか」
子供に厳しく言い聞かせるように、彼は涙目の女神に言いつける。女神は頷いているがその度に、目に溜まった涙が零れ落ちた。
デンファレが落ち着いたのところを見計らって、トールは次にどこに行くかを訊いた。次に目指すのはエルフの国だという返事があり、そこに移動することになった。獣人よりはけんかっ早くないという理由だ。この緊急時なら、獣人は問答無用で襲い掛かってくるかもしれないと彼女は言った。
二人の目的地はエルフの国になった。
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