第229話 ボリスvsリヴァイアサン

―ボリス視点―


 俺は双子悪魔を倒すとそのままリヴァイアサンに、斬りかかる。しかし、こいつはギルド協会の幹部たちをひとりで相手にしてほとんどダメージを負っていなかった。


 世界最高峰の冒険者複数を相手にしているのに凄まじい能力だ。


 やつは何らかの方法で相手の認識をゆがめさせる。俺の攻撃は空を斬り、リヴァイアサンのケリによって地面を転がる。


 アレクはこんな化け物と一騎討ちで戦えていたのかよ……


 いつもは冷静な副会長にも焦りが生まれていた。そもそも攻撃が通らない。俺たちが一方的に守りに回っている。このままでは何もできずに全滅する。


 南海戦争では、戦艦の動力炉を爆発させることでこいつにダメージを与えて撤退させることに成功したが……


 今は魔力で広範囲を吹き飛ばしてしまえば、味方を巻き込む可能性のほうが高い。つまり、前回のようなことはできない。


 ナターシャがいれば、魔力の流れから本当の位置を割り出せるのだろうが……


「ボリス、おそらくリヴァイアサンはなんらかの魔力を応用してなにかしらの認知の歪みを作っている」


「でしょうね。でも、どうやってそれを封じることができるんですか?」


「私とキミ、そしてユーリ局長で同時に攻撃をかけよう。私はリヴァイアサンが視認できる場所を狙う。キミは見える範囲よりも少し外れたところを狙って剣を振るってくれ。運が良ければリヴァイアサン本体をとらえることできるはずだ」


 副会長が運という言葉を使っていることに驚く。そういうことをあんまり好きではない人が、その言葉を使わなくてはいけなくなるほど追い詰められている。俺が双子悪魔の剣士と戦っている間、副会長が中心となってリヴァイアサンと戦っていたからかなりのダメージが蓄積している様子だ。


 イーゴリさん、マリアさん、ニキータさん。副会長とユーリさん以外の幹部はどちらかといえば後衛職だ。だから、自分が前に出てダメージを一点に集めていたんだな。


 限界が近そうな副会長のためにも、せめてこの幻影だけは破っておきたい。


 ユーリ局長は鍛え上げられた肉体を見せながら笑う。冒険者の中でも最強の格闘家であり、素手で数々の魔物たちをほふってきた鋼鉄の男だ。ダメージは蓄積している様子だが


「久しぶりの肉弾戦だ。やっと俺も前線に来ることができた。ふたりともなにかあれば、俺が肉壁になる。存分に戦ってくれよ」


 俺たちは頷き一気に突進をする。


 魔王軍最高幹部であり歴戦の将軍として活躍してきたリヴァイアサンは槍を振るった……


「なっ!?」

 俺たちの攻撃をよけると思っていたリヴァイアサンは俺たちに攻撃をかける奇襲に出た。

 裏をかかれた俺たちは槍で作られた衝撃波で吹き飛ばされた。


 リヴァイアサンによって前衛職3人が吹き飛ばされた。そうなると後衛職の人たちが危険になる。

 このリヴァイアサン戦線が崩壊しなかったのは、マリアさんの回復魔力と遠距離から援護してくれるニキータさんの攻撃魔力、アイテム攻撃で足止めをしてくれるイーゴリさん。このバランスがあってこそだ。後衛職の誰かが欠けてしまえば簡単に崩壊する。そこを狙わないわけがない。


 くそ、カバーに行きたいが吹き飛ばされたせいで届かない。


「ちぃ」


 イーゴリさんが事前に仕込んでおいた植物を繰り出してつるで進行を妨害する。


 だが、魔王軍最高幹部にはそれは数秒の時間稼ぎにしかならなかった。槍によって植物の檻は簡単に粉砕される。


 リヴァイアサンが狙ったのはマリアさんだった。回復役を狙う。


 その間に入ったのはユーリ局長だった。吹き飛ばされた場所が一番マリアさんに近かったから……


 彼はいっさいの躊躇ちゅうちょもなく、マリアさんをかばいリヴァイアサンの槍に貫かれる。鋼鉄の体すらも簡単に……


「ぐぬ」


「まさか一切のためらいもなしに、自分の体を犠牲にするとはな。武人の鑑のような男だな。そなたは……」


「ふん、敵に褒められてもうれしくねぇよ。だがな、これが最善の策だ。この局面ではな。後衛職がやられてはいけない場面で、前衛職の誰かが犠牲にならないとしたら俺が最善だ」


「ほう」


「ボリスはこの戦場で伝説級冒険者を除けば最強の存在だ。あいつを失うわけにはいかない。ミハイル副会長を失えば最前線で司令塔を失う。どちらのルートでも俺たちに勝ち目はない。ならばお前を倒せる可能性が最も高い選択肢を取るだろう? 俺はお前を撃破できるなら喜んで死すらも受け入れてやる」


 重傷を負いながらも彼は全力をこめてリヴァイアサンの体に拳をぶち込んだ。

 魔王軍最高幹部にもダメージが入る。


「良い一撃だ。武人として苦しまないように介錯かいしゃくしてやろう。さらばだ」


 だが、彼は楽になろうとは思っていなかった。何度も拳をリヴァイアサンにぶつける。俺たちのために少しでもダメージを蓄積させるために。


 その様子を見ながら俺は自分の能力の限界を突きつけられる。アレクなら彼を救えたはずだ。なのに、俺は……


 その瞬間、生命石の剣が光りはじめた。


『覚悟を差し出せ。ならばお主に力を授ける』


『余の新たなる持ち主よ。お主が求めるならば力をやろう』


 かつて魔王のカケラであったそれは優しく語りかける。魔王の分身だったとは思えないほど優しい声だった。アレクとパズズによればこれは古代魔力文明が作った遺産の一つらしい。もともとは魔王の力を分けられて、カケラとして活動していたいわくつきの一品だ。警戒心はずっと抱き続けている。


「何が目的だ。お前は元・魔王のカケラだろう?」


『私は生命石だ。持ち主によって何にでもなってしまう。前回の持ち主が、私を分身にしたかっただけだ。私はそれを忠実に従っただけに過ぎない』


「そんな言い訳……」


『だが事実だろう。剣だって護身用だが、仲間に向ければ凶器にだってなる。モノをどう使うかはその持ち主によるんだよ』


「……なら、お前は俺に何をくれるんだ?」


『力をやろう。ただし、それは命と引き換えだ。使い過ぎればお前は確実に死ぬ。寿命を縮ませても仲間を助けたいか?』


「なるほど、持ち主の生命を吸って力を発揮する魔剣か……」


『さあ、どうする? 選択肢はお主に任せられている』


 俺はさきほどの彼の言葉を思い出す。


 ※


「ふん、敵に褒められてもうれしくねぇよ。だがな、これが最善の策だ。この局面ではな。後衛職がやられてはいけない場面で、前衛職の誰かが犠牲にならないとしたら俺が最善だ」


「ボリスはこの戦場で伝説級冒険者を除けば最強の存在だ。あいつを失うわけにはいかない。ミハイル副会長を失えば最前線で司令塔を失う。どちらのルートでも俺たちに勝ち目はない。ならばお前を倒せる可能性が最も高い選択肢を取るだろう? 俺はお前を撃破できるなら喜んで死すらも受け入れてやる」


 ※


 そして、俺は決めた。ここで逃げるようなら俺は一生、アレクに追いつけない。アレクはどんな時でも最前線で味方を守って戦っていた。


 あれは寿命を削る以上に危険なことだ。


 なら、俺だって覚悟を見せなければならない。


「やってくれ」


「わかった」


 短い意思疎通の後に、生命石の剣は光りはじめる。


『お主が強く望めば力を授ける。くれぐれも使い過ぎるなよ』


 俺は剣に強く望む。


 生命石から俺に目に見えるほどの力が供給される。


「なんだ、あの光は……剣からボリスに向かって光が……」

 異常な事態にミハイル副会長は気づいて声をあげた。


 だが、俺は答える余裕もない。なぜなら、ユーリ局長に対してリヴァイアサンがとどめを刺そうとしているから。


 俺はリヴァイアサンに向かって突進した。力がみなぎる。


 俺は光に包まれた。この光が生命石が言うところの力なんだろう。力がみなぎる。いつもよりも動きが早い。いや、そんなレベルじゃなかった。ありえない速度で俺はリヴァイアサンに近づいていた。


「なっ!?」


 魔王軍最高幹部すらも驚愕する速度で近づいた俺は、ユーリ局長に向かっていた槍を剣で受け止めた。間に合ったぜ。


「早すぎる」


「そうだろうな。俺はある意味で人間を辞めてやったぜ」


「なんだ、その光は……まさか……」


 リヴァイアサンに焦りが見えた。

 槍で俺の剣を弾き、やや距離を取る。


 時間をおいてはまた位置を狂わされる。俺はすぐに距離を詰めた。


「ちぃ」


 リヴァイアサンは何とか防御したが、やはり得意の幻術は使えていない。俺のスピードが速すぎるためだ。


 このまま一気に寄せきる。


「残念ながらリヴァイアサン。お前のターンはもう回ってこない。これで終わらせる」


 俺は剣を振るう。剣の攻撃速度も移動速度と同じように上がっていた。連撃が止まらない。これならあれができるかもしれない。


「まさか、あれは"オルガノンの裁き"? まるで天使のように光に包まれて、剣先が見えない……」


 マリアさんの声が聞こえた。


 そう、これはニコライの奥義である"オルガノンの裁き"だ!!


 あの連撃は光魔力による肉体強化がなければ体が持たない攻撃だ。だが、今の俺の速度ならそれを撃つのも可能なはず。


 やってやる。


 5発目の斬撃でリヴァイアサンの槍は吹き飛ばした。


「しまった」


 魔王軍最高幹部の焦りは最高潮に達していたようだな。リヴァイアサンの能力を打ち破るにはそれを超えるスピードが重要だったんだな。


 アレクの覚悟とニコライの切り札を受け継げば俺は最高幹部すら超えることができる。


 無防備になったリヴァイアサンの体に残った連撃を叩きつけた。

 さすがの奴も俺の猛攻を食らって足から崩れ落ちた。


「見事だ、人間の剣士よ」


「ありがとうよ。だがな、俺も立っているだけで限界なんだ」


「生命石の力を最大限に発揮し、自分の寿命すら縮めて、仲間を助けたか。私が初めて直接対決で負ける人間が、お前のような高潔な男で光栄だ」


 俺はユーリ局長の様子を確認する。マリアさんが治療に当たっている。大丈夫だろう。よかった。

 安心すると俺は力が抜けてしまう。やはり力を使い過ぎたか……


 意識は少しずつ失われていく。だが、やりきった。アレクに加勢にはいけないが、リヴァイアサンを撃破した。


 十分すぎる戦果だろ、相棒? あとは任せるぜ。

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