第219話 魔王動く

―偵察部隊(エカテリーナ視点)―


 私は大佐に昇進し偵察艦の艦長になっていた。


「艦長。ついに奴らが動き始めました」


「ただちに本部へ通信を。こっちも最大船速で逃げますよ」


「了解!」


 魔王軍の集結が確認された。南海戦争で敗れたあいつらはすぐに艦隊の再建をおこなった。どうやったのかはわからないが、あの巨大な輸送船は3隻は建造されている。


 そして、魔王軍艦隊の総旗艦である"ルシファー"の存在まで確認された。

 魔王の魔力によってのみ動く不沈艦だ。


 それが動いていることはつまり、向こうも総力戦を挑んでくるということだろう。私たちギルド協会の総本山に直接乗り込んでくるんだから。


 すでにアレクを含むギルド協会の最高幹部3人が守りに入っている。協会の最高幹部3人がすべて同じ戦場に立つなんて史上初めてのことだ。リスク管理の意味でもここまで密集することは悪手だから。


 最高幹部が壊滅することは、協会の崩壊を意味する。そのリスクを背負ってでもこの戦争には勝たなくてはいけないという覚悟を示しているのだろう。


 だが、私にとって魔王軍のこの行動には納得がいかないところがあった。


 どうして、魔王軍はわざわざアレクの力が解放されるまで待っていたの?


 歴史上においてギルド協会に伝説級冒険者がいない時期の方が長かったはず。

 そして、アレクは史上最強の冒険者と呼ばれるほど強くなっている。


 どうして今まで放置していたのに敵が最強のタイミングで攻めてくるの?


 たしかに、アレクがこれ以上強くなってしまうのを防ぐというのたしかに理にかなっている。今のアレクならまだ魔王も対抗できると考えているのもわかる。


 でもね。


 どうして、伝説級冒険者も所属していない状況の過去の時点で魔王軍は人間に総攻撃をかけてこなかったのかしら?


 おそらく、なにかしらの制約があったということでしょうね。でも、その制約は今は存在しない。過去の時点と現在の状況で一番違うことは何?


 結論はひとつしかなかった。


 


 つまり、魔王軍は「アレクの覚醒」を待ち望んでいたことになる。

 ならば今までの散発的な戦力の投入もその目的を達成するための布石だったということ!?


 戦力の逐次投入は悪手。それが基本なのに、魔王軍はあえてそれを選んだ。


 つまり、アレクを覚醒させて神の存在領域を利用するために……


 そして、アレクが覚醒したことで今までの制約は取り払われて総攻撃が可能となった。

 魔王軍はアレクをあえて育てていたとしたら――


 この戦いにはまだ何か隠されている?


 ※


―ギルド協会第7艦隊総旗艦グランド・アレク―


 ついに魔王軍が出陣したという情報が協会内に入った。エカテリーナが率いる偵察部隊からもたらせれた。俺たちは新造艦に乗り込んで決戦の場所に向かう。


 アドミラル・イールから旗艦はこちらに移った。

 人類の命運をかけた新造艦に俺の名前が付けられる。不思議な気分だ。


「ずいぶん緊張しているね、アレク?」

 パズズは俺に笑いかけてくる。


「緊張するなと言うのが無理だろ。最終決戦前だぞ」


「それもそうか」


「パズズ。魔王ってどんなに強いんだ? お前の父親だろう?」


「人類側に姿を現したのは3回だけだもんな。それもスローヴィ攻防戦と古代魔力文明での戦闘ではあれはカケラだ。父上の魔力の残滓ざんしみたいなもんだ。本人は歴史上では人類が冥王を撃破した後のリト攻勢の時しか姿を見せていない」


「あの時は、魔王軍最高幹部を初めて失い魔王軍が崩壊寸前だった。総大将が出ていかなければ敗戦すらありえたらしいじゃねぇか。会長すら逃げることしかできなかった。体長3メートルを超える悪魔。手を動かすだけで周辺からは火柱が発生したとか。退却をしようとした人類艦隊を追撃するために広範囲の海を氷漬けにしたとか。そういったうわさ話みたいなものしか聞いたことがないから実際どうなのかって」


「まあ、それくらいはできるだろうな、あの人なら。世界崩壊の時、無限にも近い魔力炉の影響を直接受けたからな」


「古代魔力文明は魔力炉の力を使っていた。だから、巨大なキャパシティーを求められる魔力を使って文明が作られていたんだろ。そう考えると魔力炉はすさまじいエネルギーを持っていたんだな」


「ああ、あの文明では想像できることは基本的に魔力で実現できたよ。だから、我々が神すらも超えることができると傲慢ごうまんになっていたんだと思う。空すらも自由に飛べた。どんな場所にだって行くことができた。道さえ間違わなければ最高の時代だった」


「そんな奴に俺は勝てるのか?」


「どうだろう。でも、いい勝負はできるはずだよ。いくら父上でも魔力炉すべてを取りこめたわけではない。あくまで全体から考えればわずかな部分だけだ。アレク、キミが異質なんだよ。それほどの巨大な魔力炉ですらたどりつけなかった境地に達してしまったんだ」


「パズズ。こみいったことを聞いてもいいか?」


「なんだい?」


「お前の母親はどうしているんだ?」


 こいつからは父親の話は聞けても母親の話は聞かない。


「死んだよ。魔力文明とともにね」


 それは冷たい笑顔だった。


 ※


「そうか、悪かったな。変なことを思い出させてしまって」


「いや、いいんだよ。もうずっと過去の話だからさ。それにアレクも同じような状況だろう?」


「ああ、俺も父親と母親を小さいころに亡くしている」


「それに比べれば俺の方は幸せ者だ。俺たちは魔力炉を使った研究者だった。父は新しい命を作る責任者だった。だからあの現場の最も近くにいた。俺と母さんは新型魔力の開発者だった」


「話の流れからすると、聖龍や邪龍とかもそうなのか?」


「ああそうだな。あれはメフィストの力を借りて作ったものだから。だが、魔力炉の暴走で聖龍は我々には扱えない存在になってしまったからな。あれは光魔力の応用だから」


「どうして魔族は光魔力を扱えなくなったんだ? 文明崩壊前は使えていたんだろう」


「あの遺跡では魔力指数が反転していただろう。文明の崩壊の時にメフィストが自分の持つ闇魔力を増強したせいだ。俺たちもその影響で闇魔力にとらわれて、その反対にある光魔力を失ってしまったんだ」


「だから、光魔力がお前たちの天敵なんだな」


「うん。そして、光魔力は完全に失われてしまった。そうであるかに見えた。でも、キミたち側で適応者が生まれていった。女神の奇跡。魔族は人間の光魔力適合者をそう呼んでいた」


「女神の奇跡か。魔力の専門家ならわかるかもしれないな。ずっと不思議に思っていたんだ。どうして、俺はナターシャから聖魔力を分けてもらうことで光魔力を使えるようになるのかわかるか?」


「キミの体質がおそらく独特なんだと思うよ。魔力を強化する先天性の才能を持っているんだと思う。今までのキミの情報はミハイルから教えてもらっている。ヴァンパイア討伐やクーデター事件の時の魔力強化がそれを証明している。そして、もうひとつ仮説がある。ただ、これは現状では仮説にすぎない」


「それを教えてくれ」


「多分これが一番現実的な考えだと思っている。おそらくナターシャが女神の奇跡、つまり適応者じゃないのかな。彼女は能力を使いこなせていない。もしくは光魔力に適応していてもほんのわずかしか使えない。だから、アレクが彼女の持つごくわずかな光魔力因子を強化してそれを発現させていると考えるのが一番合理的だろう?」


 やっぱり俺の後輩はすごいやつだ。努力家で才能だって持っていた。

 あいつがいるから今の俺がいる。


「ありがとう、とても勉強になった」


 俺たちの会話が終わると、エカテリーナ率いる偵察艦隊と合流したと報告があった。

 つまり、もうすぐ会敵かいてきだ。

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