第220話 懸念

 俺はパズズと別れて、艦内の個室に向かう。

 もうすぐ戦争が始まるからな。休める時にやすんでおかないと……


 でも、その前に会いたい人がふたりいた。

 部屋の前で二人が待っていた。


「アレク」

「先輩」


 エカテリーナとナターシャだった。

 詳しくは部屋でと俺が言うとふたりは頷いた。


 ※


「とりあえず、エカテリーナ。偵察任務お疲れ様」


「ありがとう、アレク。おそらく、明日には魔王軍艦隊とぶつかるわ。今日が最後の夜かもしれない」


「そうか。いよいよ決戦だな」


「それでエカテリーナさん? お話って何ですか?」


「実はね、気になることがあるのよ。今までの流れで気になっていることがあるの。だから、ふたりに話しておきたくて」


「気になることって何だよ?」


「うん。魔王軍が歴史上初めて全面攻勢にでてきたのがかなり気になるの。だって、そうでしょう。現在、人類側は最強と呼ばれる戦力を持っている。ここまで強くなる前にいつだって攻めに来ることはできたはず。でも、やつらはあえて自分たちに不利なタイミングで仕掛けてきた。つまり……」


「このタイミングを待っていたということですか、エカテリーナさん?」


 ナターシャも同じ結論に達したようだ。


「そうよ、ナターシャさんの言う通り。アレクが神の存在領域に達するのをまるで待っているかのようなタイミングなのよ。つまり、向こうの陣営もアレクの力を利用したいと考えているはず」


「魔王軍も待っていたということですか。先輩がここまで覚醒するのを?」


「そう考えるのがいいと思うわ」


 俺はそこで災厄の王の発言を思い出した。


 ※


「なぜだ、なぜ倒れない……」


「あいつの後ろに広がっているのは、まさか……カイロスの扉か?」


「クロノスとカイロスを同時に操る人間だと」


「いや、逆か。クロノスの剣と光魔法がトリガーなんだな、メフィスト。そのふたつがカギとなって、カイロスの扉が開かれるのか。だが、人間ごときが、そのしろになれるだと……」


「有史以来、誰もなしえなかった神の存在領域に足を踏み入れたのか」


「俺をここに派遣したのも、あの大悪魔の計画ということだな。俺をいけにえにして、依り代をさらに成長させるつもりかぁ」


 ※


 大悪魔の計画。つまり、ハデスを犠牲にすることも奴らにとっては計画通りなのか。

 俺を成長させるのも計画内だとすればその終着点がどこにあるのか。


 それが魔王軍の最終目的だ。


「わかった。気をつけるよ。利用されないようにな」


 奴らの目的が分からないからすべてを防ぐことは難しいかもしれない。でも注意するだけでもかなり違うはずだ。


 艦隊はゆっくりと海を進んでいく。


 ※


―エル視点―


 主人たちは部屋で難しい話をしていた。だから、私は子ドラゴンモードで部屋を抜け出し散歩に出る。

 どうしても会いたい人物がここにのっているからな。


 その人のにおいはずっとおぼえている。百年前ずっと冒険をしてきた仲間だから。


 その人は甲板で夜の海を眺めていた。


「なんじゃ、エルか。久しぶりだのぉ。今はアレクと組んでいるんじゃろ」


「お久しぶりです、マスター・ジジ」

 かつては冒険者最強の剣士だったこの男は今ではギルド協会会長で剣を捨てている。


「その呼び名は今ではお前たちしか言わないだろうな。久しぶりに聞いた。約束通りわしとの関係はアレクたちに話していないだろうな?」


「あなたが自分の存在を隠すために私にかけた制約でそんなことはできません。知っていて言っているでしょう?」


「そうじゃったな。歳は取りたくないな」


「ここであなたと会うのも百年ぶりですね。最後に会った時は、あなたが伝説級冒険者になる前のS級時代でしたから。かつての邪龍封印作戦。あそこであなたは生涯のパートナーであったマスターを失った」


 ここまではアレクにも教えてある。

 アレクたちが滅ぼした邪龍は、かつてジジとマスター、そして双頭龍である我々が封印したものだから。


「マスター。ミランダか。何もかもが懐かしいな」

 その最中にS級魔導士でったマスターは命を落とした。


 ※


「「マスター!!」」


「もうダメね、さすがに力を使いすぎたわ」


「エル、あなたには、私の知識と邪龍を完全に滅ぼすための力を与えるわ。私に、できなかったことを、お願いするわね。無詠唱魔法の奥義と、あなたたちの体を伝説の武具にすることができる秘術、無駄にしないでね?」


「「はい、マスター!」」


「愛しているわ、あなた……」


 ※


 あのマスターと別れのキスをした後からジジは変わってしまった。剣を捨てて魔力の道を歩み始めた。我々は封印されてギルド協会会長がかつての自分たちの持ち主であることを口外できないように細工されて今に至っている。


 彼はたぶん死んでしまったマスターのことを今でも愛している。

 いや、今でもとらわれているんだ。


「ジジ。あなたはきっと神の存在領域を使って自分の願望をかなえようとしているのでしょうが、それでミランダ様が喜ぶとは私は思いません」


「……お前に何がわかる? あの邪龍の封印騒動はすべて仕組まれていた。影の評議会にな。そして、私に残されたのは百年の孤独だ。死ぬことも生きることも許されない私の気持ちが誰にわかる? 影の評議会には復讐を果たした。だが、ミランダを失ったあの時から世界はすべて敵になった。百年かけた計画を止めることはできない。最期にお前に会えてよかったよ。ミランダのことを話すことができてな」


 彼は最後の瞬間だけ昔の口調に戻っていた。


 だが、かつての彼ではなかった。復讐鬼となった彼の表情をただ悲しく見つめることしかできなかった。

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