第218話 魔王軍、動く

―副会長室―


「諸君、いよいよ魔王軍が動き始めた。魔王の部隊は集結した。艦隊の再編成はほとんど終わり今にも出撃をしようとしている。偵察部隊にも攻撃が始まった。いよいよ開戦だ。こちらもすべてのS級冒険者に招集命令をかけた」


 副会長は集まった協会幹部にそう告げた。


「いよいよですね。どうやって迎え撃つんですか?」

 俺は作戦を聞く。


「基本的には海戦だ。向こうはこちらに攻め入るまで長距離の移動を必要とする。そこで疲弊するだろう。疲れた相手を全戦力をもって叩く。それが作戦だ」


 俺は最終的に確認する。


「ということはイブラルタル沖で迎え撃つんですね?」


「うん。世界中の海軍にも協力を依頼している。人類側の持てる戦力をそこに投入する。南海戦争を超える規模の戦いになるだろうな。そして、私たちは切り札をそこに投入する」


 副会長は俺たちに資料を配る。そこには新しい戦艦の特徴が書かれていた。


「これは、我々の最強の戦力であるアドミラル・イール級の設計を改造したものだ。いわば、改・アドミラル・イール級。大砲はより巨大になっており装甲はアドミラル・イール級の主砲の攻撃を耐えることができる。これが新しい人類最強の戦艦だ。そして、その名称は……」


 俺たちはページをめくる。


グランド偉大なる・アレク」


 俺の名前がそこにはあった。


「いい名前だろう?」


 副会長は笑っている。


「ミハイル副会長! さすがにこれはちょっと……」

 俺は恥ずかしさもあって抗議する。


「抗議は認められないな、アレク。人類側世界最強の戦艦は、伝説級冒険者の名前が使われる。だから、伝説級冒険者であるキミの名前が使われるのはいたって普通のことだ」


「……」


「これが我々の切り札であり、魔王殺しのための布石だ。奴とメフィストを討ち血塗られた戦争を終わらせるのだ。あとは魔王がどこで戦いに出てくるかだ。魔王が前線に出てきたらアレクがすべてを賭けて対峙してほしい。アレク以外に勝てるわけがないからな」


「ほかの幹部たちはどうするんですか」


「リヴァイアサンはギルド協会の幹部たちで、メフィストは会長とパズズ、ボリスが引き受けてくれる。そして、そいつらが片付き次第アレクの加勢に向かう。最重要目標は、魔王とすべてを裏で操っていたメフィストだ。最悪、メフィストさえ潰せば私たちの目標は達成できる。みんな心して準備をしてくれ」


 俺たちは頷いた。


 影の評議会という秩序は完全に崩壊した。その秩序を失った世界はものすごいスピードで動いていた。


 そして、俺たちは決戦前の最後の休息を取る。本当は村の家まで戻りたかったがさすがにいつ戦争が始まるかわからないからイブラルタルの部屋で休む。


「いよいよ決戦ですね」

 窓から外を眺めていたナターシャがそう言う。その表情はとても物憂げな感じだ。

 こういう表情は珍しい。


「ああ」


「ギルド協会の最高幹部全員に招集がかけられている異常事態。史上最大の決戦。怖いですね」


「うん。でも、これが終われば俺たちの夢もひとつ叶うな」


「はい。魔王軍との戦争が終われば、先輩が経験した悲劇も減る。血が流れない世界が実現できる」


「そこからはナターシャの手腕の見せ所だ。あの村をもっと発展させてみんなの生活を豊かにしていくんだろう?」


「はい。その夢には先輩も一緒ですからね。私たちはもう共犯者なんですから。だから絶対に生き残ってくださいね。私も絶対に残りますから」


「ああ、それはもちろん約束するよ。それは絶対だ」


「よかった。先輩は約束だけは破らない人だから信用します」


 ゆっくりとナターシャは俺に抱きついてくる。小さな女性の体が小刻みに震えていた。


「ナターシャ……」


「ダメですね。私だってS級冒険者になったんだからしっかりしないといけないのに。やっぱり怖いんです。だから先輩、今日の夜だけは私を離さないでくださいね」


「わかったよ」


 そして、俺たちは自分たちの存在をしっかりと確かめ合った。


 ※


 俺たちは手を握りながら眠りについた。ずっと離さずに握り続けている。この普通の日常がこれほど愛おしいとは思わなかった。


「先輩、実は渡したいものがあるんです」


 ナターシャもやはり眠れなかったようだ。


「なんだい?」


「実は、先輩の叔母様達から託されたものがあるんです。それをちゃんと渡しておきたいなって……」


 ナターシャからは2つの箱を手渡される。


「なんだこれ?」


「開けてみてください」


 俺は2つの箱を開ける。そこには指輪があった。2つのペアリング。


「逆プロポーズじゃないですよ。先輩のご両親の遺品だそうです。思い出さないように立ち直るまでおふたりが持っているつもりだったそうですが渡すタイミングを逃していたとか。先輩が持っていた方がいいものです。おふたりがあなたを守ってくれるはずですからね」


「そうか、言われてみれば見覚えあるよ。ありがとうナターシャ。両親の形見なんて何も残っていないと思っていたからさ」


「喜んでもらえてよかったです。でも、私だけじゃくておじ様・おば様にもお礼を言ってくださいね」


 そして、俺たちは今日、何度目かわからないキスをする。

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