第200話 ナターシャと叔母さん
―ナターシャ視点―
あの後すぐに叔父様が帰ってきた。そして、先輩と一緒に釣りに行ってしまった。
男どもは邪魔だから遊んで来いという叔母様が言ったから……
そして、私たちは台所に立つ。
今日はトルティージャとパエリアという料理を作るらしいわ。
トルティージャはオムレツに似ているものね。玉ねぎとジャガイモを油で煮込んでそれを卵に包む。叔母様の得意料理らしいわ。
おぼえておいて先輩にふるまったら喜んでくれるかな?
「ありがとうね、ナターシャさん」
「大丈夫ですよ。私、結構料理好きですから!」
「違うわ。そっちじゃなくて、アレクを好きになってくれたことよ」
「あっ、そっちでしたか」
ストレートに言われると少し恥ずかしいわ。
「そう。あなたがアレクに必要だった最後のピースだったのよ。家族をみんな失ってすべてに憶病になったあの子の心を溶かしてくれた。あなたがいなかったらたぶん、いまのアレクはいない。それほどあなたは大事な存在よ。アレクに人を愛することを教えてくれたのはきっとあなたよ」
私は直接的な表現にさらに恥ずかしくなってしまう。
「でも、叔母様達のおかげで立ち直れたって先輩はいつも言っていますよ。私じゃなくておふたりのおかげですよ」
「確かに私たちは頑張ったわ。でもね、私とアレクの愛情は恋愛感情じゃなくて親愛感情なのよ。私たちが与えてアレクが感謝する。そういうもの。ある意味では一方通行なの。でもね、あなたとアレクは双方向の愛情なの。アレクが自発的にあなたを好きになったの。誰かを失うことに憶病になっていたあの子が、恐怖に打ち勝って選んだのがあなたなのよ。私が――私たち夫婦がどう頑張っても取り戻せない感情をあなたは取り戻してくれた。だから、私たちはあなたに感謝しているわ。本当にありがとう、ナターシャさん」
「……」
「アレクのことを考えているナターシャさんはそういう顔をするのね。おもしろいわ」
「私、どんな顔になってます……?」
「とても幸せそうな顔よ。少しだけ恥ずかしそうだけどね」
「あんまりからかわないでくださいよ」
「その顔を見れてよかったわ。わたしたちはこれから家族になるんだから……あなたはそんな風にアレクと出会って、そんな風に喜びながら恋に落ちたのね、きっと?」
「……もう……」
「娘がいたらきっとこんな気持ちになるのね。本当にかわいいわ」
家族になるのってこういうことなのかな。私は叔母様とじゃれあいながらそう思う。
なら、私も素直になろう。
「違うんです。救われたのは私もですよ?」
感情はゆっくりと動き始める。
※
私は止めることができない本心を打ち明ける。
いままで誰にも言わずに心にしまっていたこともすべて話してしまいそうになっていたわ。
「救われたのは私なんです。私は家族との不和でずっと自分の心の中にカギをかけて閉じこもっていました。そんな私の部屋をこじあけて外の美しい世界を見せてくれたのがアレク先輩なんですよ。自分が大ケガをしてまで私を守ってくれた。彼と出会うことがなければ、いまだに家族とは仲違いしたままでずっと孤独だったと思います。私を新しい世界へと導いてくれた。だから、アレク先輩を好きになった。今でもずっと好きのままです。陰りが見えずに怖くなるくらい、好きなんです」
たぶん、家族とアレク先輩以外に打ち明けたのはこれが初めてね。
「そう……やっぱりあなたはアレクとよく似ているのね」
「えっ……?」
「アレクもあの惨事を生き残った時そうだったから。誰とも話さず孤独に生きようと思っている感じだった。だから、アレクはあなたのことを放っておけなかったのよ。まるで昔の自分を見ているようで……」
「……」
「でも、よかったわ。私たちの気持ちもアレクだけで止まらなかった。ナターシャさんにもつながった。そして、たぶんこれからも続いていくのよ」
「えっ?」
「ナターシャさんのように頭のいい人に教えることなんてないけど……人の気持ちってそうやって誰かに受け継がれていくと私は思っているのよ。アレクには死んでしまった両親と村の人たち、そして私たちの思いが詰まっている。その思いがナターシャさんにも受け継がれた。そして、その思いはまた別の人たちにも受け継がれていくの。その連鎖はたぶん人間がいなくなるまで続いていくのよ。私たちの思いもあなたたちが受け継いでくれたからもう、不滅ね」
「やっぱり、叔母様たちの愛も双方向ですよ。そうじゃないと私には届かなかったはずです」
「ふふ、そうだといいんだけど、ね」
彼女はいたずらをして遊んでいる幼女のように明るい笑顔になっていた。
神の存在領域。時間すらも支配できる神のような存在か……
でも、もう人間は時間を支配しているともいえるのよね。
思いが永遠に続いていくのならばもう人間は時間すら超越しているのだから。
叔母様は口を開く。
「そっか。ふたりはそうやって恋に落ちたんだ。お互いに似ていて放っておけなかったんだ。だから、ずっと心にお互いを思い続けてきたのね。ナターシャさんはアレクのそういうところから好きになったんだ。おもしろいわね~
叔母様がそう言うとリビングの方で物音が聞こえた。
戻ってきていたんだ、先輩……
もしかして、聞かれてた?
「たぶん、ばっちり聞かれているわよ!」
そう叔母様に言われると、私の顔の体温は上がり続ける。
いつから聞いていたんだろう。怖くて聞けない……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます