第199話 新しいS級

「結局、会長も私たちの計画に参加しましたね」


「ああ」


 俺たちは一度、イブラルタルの部屋に戻ってきていた。

 副会長とパズズは今後の構想を練るらしく協会本部に詰めている。


 その計画構想には時間がかかるので俺たちはしばらく休暇をもらったんだ。


 さすがに世界最強の戦艦の後に魔王のカケラだからな。今回は入院するほどのダメージを負わなかっただけで奇跡みたいなもんだ。


 でも、長めの休暇をもらえてよかった。次の戦いが起きたらいつ休めるかもわからないだろうからな。


 俺たちは屋台で買ってきた食事を食べている。


 フィッシュアンドチップス。酢と塩で食べるからこれが疲れに効くんだよな。

 揚げたてを買えたから口がやけどするくらい熱かった。


 あとはホタテのバター焼きだな。ここは海に近いから海産物が美味しい。ナターシャの計画で乳製品の物流も活発になったおかけで良質なバターが安く手に入るようになったらしい。


 エビの塩焼き、野菜のスープ、ハムのサンドイッチ、フルーツの盛り合わせ。


 結構、豪華な食事になってしまった。


「疲れているからって買い過ぎましたね」


「ああ、船の食事はどうしても味気なくってな」


 基本的に火災防止のため揚げ物は厳禁だし、野菜やフルーツは不足しやすいからな。


 どうしても保存食が多くなるから生の食材に飢えていた。


「美味しい」


 ナターシャも同じ気持ちだったんだろう。

 とても満足そうに屋台の料理を堪能していた。


「そういえばナターシャ、昇進内定おめでとう」


「あっ、ありがとうございます!」


 ついに、ナターシャの昇進も内定した。

 副会長の方から理事会へ提案するそうだ。


「でも、私がS級冒険者って言われてもピンときませんよね……」


 ナターシャはそう謙遜している。


「そんなことないだろう。むしろ、今までの実績があるのに遅すぎるくらいだ。魔王軍幹部の連続撃破において最高のサポートをしてくれたんだからさ」


「でも、実際に勝ったのは先輩ですよ?」


「だけど今回の魔王のカケラは、ナターシャが撃破したんだ。お前じゃなかったら聖龍・オシリスを従えることができなかったんだからな。もう、誇ってもいい結果だよ。イールが伝説級冒険者になったのは魔王のカケラを倒したからだ。ナターシャも同じ成績を残したんだからS級じゃなくて伝説級になってもおかしくないだろ」


 ただ、今回は秘密裏の作戦だったから大々的には発表できないんだよな。だから、今までの献身的なサポートの成績を考慮してS級にするという発表にはなるらしい。


 ただ、あの聖龍の強さを考えると、ナターシャは破壊力だけならS級でもトップクラスに躍り出ているはずだ。


「昇進祝いなにがいい?」


「ひとつだけしたいことがあるんですが」


「おう、なんだ?」


「先輩の叔父さんたちに挨拶したいんです。一緒に行ってくれませんか?」



 ※


 次の日。

 俺たちは馬車で西に向かった。


 俺の実家は学園に近い場所にある。西大陸の中堅都市"バルセロク"だ。

 港町で海運の街。


 かつては大きな栄華を誇ったがギルド協会がイブラルタルに設置されたことで海運の中心が移動し今では若干さびれている。


 その街で叔父さんたちは鍛冶屋をやっていた。


 工房兼自宅の懐かしい家だ。そんなに大きくはない。でも、俺はここで育てられた。


 両親が死んでから俺はここに引き取られた。精神的に追い詰められていた俺を、ふたりは優しく見守ってくれた。何年もかけて大事なものを失い傷ついた心を埋めてくれた。


「何年くらい帰っていなかったんですか?」


「ナターシャと再会する半年前に帰ってそれっきりだから……」


「もうすぐ1年半ですね」


「忙しかったから……」


 俺は苦笑いして言い訳する。


「親不孝しすぎですよ、まったく」


 俺たちはそのまま家に帰る。


「ただいま、叔母さんいる?」


 この時間は叔父さんは食後の散歩をしているはず。


「あら、アレク!! どうしたのよ、いきなり来て。手紙くらいよこせばいいのに……」


 ややかっぷくのいい眼鏡をかけた叔母さんがビックリしたように笑いかける。

 少しやせたな。


「ああ、突然休みが取れてさ。それで遊びに来たくなったんだ。それから……ええと」


 やばい。自分の婚約者を親代わりの叔母さんに紹介するのがとても恥ずかしい。

 いや、ナターシャは学生時代に何度かここに来ているから知らない仲じゃないんだけどさ。


「叔母様、お久しぶりです。ナターシャです。おぼえていらっしゃいますか?」


 そんな情けない俺を知ってか知らずかナターシャが助け舟を出してくれた。


「あらあら、ナターシャちゃんじゃないの。ずいぶん綺麗になっちゃって――わからなかったわ。もちろんよ! アレクが唯一紹介してくれた女の子を忘れるわけがないでしょ?」


 唯一は余計だよ。


「それでさ、前にも手紙で書いたけど、俺たち……その……」


 やばい、緊張でうまく話せない。


「婚約したんだ」


 なんとか言葉に出した。その言葉を聞いて叔母さんは涙を浮かべながら笑っている。


「よかったわね、おめでとう、ふたりとも……」


「ありがとうございます」

 ナターシャも静かに笑う。


「それなら今日はごちそうね。腕によりをかけないと。二人とも泊まっていけるのよね。今日はワインでも飲んで語り明かすわよ!!」


「お手伝いします」

 ナターシャはそう言って笑う。


 俺たちは本当の意味での家族になったんだと実感した。

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