第201話 アレクと叔父

 心地よい海風と懐かしい香りに包まれている。ここに来ると帰ってきたんだなと実感する。


「久しぶりだな。ふたりでこうやって釣りをするのは……」


 俺たちはいつもの海辺にやってきた。俺たちがふたりで出かける時はいつもここだな。

 気晴らしに遊んでくれる時の叔父さんは俺はいつも釣りをしていた。

 叔父さんはしんみりと懐かしさをこめて話を続ける。


「叔父さんはいつもそこに座って、おれはここだったよね」

 いつもの場所だ。


「ああ、昼には母さんがお弁当を持ってきてくれてな」


「そうそう。パンにシーフードとかハムとか野菜を挟んだやつ!」

 俺たちは思い出話に花を咲かせる。


「まさか成人した息子とまた釣りができるとは思わなかったよ。今じゃギルド協会最年少最高幹部兼史上四人目の伝説級冒険者だもんな。俺も歳を取るわけだ」


 叔父さんたちは俺のことをいつも息子と呼んでくれる。ふたりには実子がいないから余計に俺のことをかわいがってくれている。


「ふたりには感謝しているよ。これからももっと親孝行する。たぶん、もう少ししたらゆっくりできるから今度は4人で旅行でも行こうよ」


「楽しみにしているよ。でも、先に新婚旅行に行けよ」


「ふたりで冒険しているから旅行って感じでもないんだよな」


 俺たちが仕事外で旅行したのは温泉旅行くらいだな。

 まだ1年も経っていないのにずっと前のことに思える。


「一応、言っておくぞ。人生の先輩としてな――お前には仕事とかの話でアドバイスはできないからな。夫婦の話だ」


「うん」


「この先いろんなことがあると思う。なにかを選ばなくちゃいけない時もあると思う。なにかを選ぶというのはとても苦しいことだ」


「……」


「その時、悩んだときだな……ナターシャさんが幸せになる方を選べ。たとえ、それが世界を敵に回すことでも、お前はナターシャさんを選ばなくちゃいけない。そうすれば、たぶん後悔はしないはずだ。お前にはナターシャさんを幸せにする義務があるんだ。それがすべてにおいて一番重いからな」


 叔父さんは海を見つめている。


「うん、わかった」


 何も知らないはずなのにまるですべてを知っているかのように話す叔父さん。

 その言葉が胸に刺さる。


 やばいな、泣きそうだ。

 さすがに泣いているところを見られるのは恥ずかしい。


「忘れ物したから一回家に帰ってくるね、叔父さん」


「ああ、ゆっくり行ってこい」


 ばれているな、これ……。


 俺は海風を感じながら家に戻る。視界だけはにじんでいた。


 ※


 俺は変な顔を見られないように道を歩く。危なかった。もう少しで泣くところだった。


 第二の故郷であるこの街はあんまり変わらないな。店の入れ替えはあるけど街並みはいつも通りだ。背が伸びたから目線は高くなっている。歩幅も大きくなっているから家まで帰るのに時間がかかったはずの道も一瞬で終わってしまう。


 怪しまれないように家まで帰ってきたけど、忘れ物を取ってこないとな。何を忘れたことにしようか……


 無難に飲み物で持っていこう。海で酒を飲むのは危ないから、水でも汲んでいこうか。

 水筒はたしか納屋の中だったかな。


 納屋の鍵はリビングにあるから取ってこないとな。


 俺は家に戻る。


 そこでは、叔母さんとナターシャが台所で話していた。


 ※


「でも、叔母様達のおかげで立ち直れたって先輩はいつも言っていますよ。私じゃなくておふたりのおかげですよ」


「確かに私たちは頑張ったわ。でもね、私とアレクの愛情は恋愛感情じゃなくて親愛感情なのよ。私たちが与えてアレクが感謝する。そういうもの。ある意味では一方通行なの。あなたとアレクは双方向の愛情なの。アレクが自発的にあなたを好きになったの。誰かを失うことに憶病になっていたあの子が、恐怖に打ち勝って選んだのがあなたなのよ。私が――私たち夫婦がどう頑張っても取り戻せない感情をあなたは取り戻してくれた。だから、私たちはあなたに感謝しているわ。本当にありがとう、ナターシャさん」


 ※


 聞いちゃいけない内容だったな。でも、叔父さんと叔母さんの愛情は決して一方方向じゃない。俺はあなたたちの気持ちを絶対に返す。ある意味では親以上に恩がある存在が叔母さんたちなのに……


 親代わりである叔父さん、叔母さん。

 ずっと支えてきてくれたナターシャ。


 親を失った俺にとっては本当の意味で家族と言える大事な存在だから……


 そして、ナターシャが口を開く。


 ※


「救われたのは私なんです。私は家族との不和でずっと自分の心の中にカギをかけて閉じこもっていました。そんな私の部屋をこじあけて外の美しい世界を見せてくれたのがアレク先輩なんですよ。自分が大ケガをしてまで私を守ってくれた。彼と出会うことがなければ、いまだに家族とは仲違いしたままでずっと孤独だったと思います。私を新しい世界へと導いてくれた。だから、アレク先輩を好きになった。今でもずっと好きのままです。陰りが見えずに怖くなるくらい、好きなんです」


 ※


 ナターシャも素直な気持ちを打ち明けてくれた。俺がいない場所で打ち明ける本心だ。嘘偽りのないものだろう。


 だから、それがとても嬉しかった。


 自分が誰かから愛されているということを実感してばかりだ。


 この人たちを守る。そして、もう誰も傷つかない世界を作りたい。


 俺はすべてを終わらせるための覚悟を固めた。

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