第194話 聖龍の契約

―ナターシャ―


 私は魔方陣の中央に立って祈る。

 これが古代魔力文明の遺産ならきっとのこの状況を打破できる可能性を含んでいるはず。

 最後の希望のためにも私は祈り続ける。


 そして……


 魔方陣からは白い光が浮かび上がる。


 契約が成立したのね。

 私は光に包まれた。


 ※


 私はひとり白い光の中に立っている。

 光の中にさっきの魔方陣が描かれた壁がある。


「私を呼ぶのはお前か?」

 魔方陣は私に語り掛けてきた。


「そうよ」


「汝は、なぜ私を呼んだ?」


「私は魔王のカケラを倒して未来を切り開くためにあなたを呼んだわ!」


「未来を切り開く?」


「そうよ。私たちはこの数千年間続く戦争を終わらせたいの。すべての元凶であるメフィストを撃破してすべてを終わらせる。そのためにあなたの力が必要なの」


「ほう、メフィストを倒すのか? なら、私の力を知っているんだろうな?」


「ごめんなさい。実はよく知らないわ。魔王の息子からあなたを紹介されただけ。この状況を覆せる唯一の希望があなた。だから、私はあなたにすがっている」


「おもしろい。私の正体を知らずに呼び出したのか……ならば、名乗ろう。我が名は"聖龍・オシリス"。古代魔力文明が作り出した生命の再生装置。いわば、メフィストによって作り出された生命の破壊装置である邪龍とは対極の存在」


「生命の再生装置?」


「そうだ。メフィストが暴走した状況に備えて、古代魔力文明はいくつもの対策措置を講じていた。お主の連れが持っているクロノスの剣は、メフィストを倒すための存在。それに対して、私はクロノスが暴走したメフィストを滅することができずに世界が崩壊した場合の保険装置だ」


「……」


「大丈夫だ。汝たちの敵ではない。それでは新しい我が主人よ。私に魔力をともすといい。汝の願いをかなえてやろう」


「あの驚異の再生力を持つカケラを滅ぼせるのね?」


「ああ、問題ない。あいつは生命アドニースのカケラ。これも古代魔力文明が開発した魔力石を加工して作ったものだ。だが、しょせんは私の力をもとに作った簡易版。本体である私にかかればまがい物にすぎない」


「それを聞いて安心したわ」


「かわいい主様のために、数千年ぶりに暴れてみせよう!」


 ※


 その会話の後、光は消えていく。


 目の前には赤い大地と巨大な魔王のカケラが立っている。


 いつのまにか魔方陣は私の後ろに移っていた。


 先輩は心配そうに私を見つめていた。


「大丈夫ですよ」と私は笑いかける。


 そして、背中の魔方陣からは白き龍オシリスを解き放った……


 聖なる龍は悪魔に向かって飛翔する。


 ※


―アレクー


 魔方陣から発生した光に包まれたナターシャは、まるで聖女のような笑みで俺に笑いかける。

 いつの間にか彼女の後方に移動していた魔方陣の中からは今までに感じたことがないくらいの強力な魔力に包まれている。


 魔王軍最高幹部に匹敵するレベルの強力な力。


 それがナターシャの祈りと連動して動き始める。


 そして、魔方陣から巨大な白き龍が現れた。


「なんだ!?」


 俺は驚きながらその龍を凝視する。姿かたちはまるで俺たちが東大陸で討伐した邪龍にそっくりだ。蛇のように長い胴体。体は宙を浮いている。


 邪龍との違いは真っ白な体だ。まるで聖遺物のように美しい白さを誇ったその龍は高速で魔王のカケラに迫る。


 カケラは魔力攻撃で龍を倒そうとする。しかし、龍の眼前には幾重いくえにも魔力障壁が発生しカケラが作った衝撃波を遮断する。


 すさまじい力が動いている。俺が全力で相殺していたカケラの攻撃を簡単に防いでいく。


 カケラからは聖龍への対抗策が一切ないように見える。

 カケラは何度も衝撃波を放つもすべて魔力障壁に阻まれた。


 そして、聖龍はいともたやすくカケラに肉薄する。


 両手に魔力をともした強打でカケラは魔力障壁を打破しようと叩きこむ。


 だが……


 聖龍の眼が光ると魔力障壁は複雑な形に変化しカケラに襲いかかった。


 魔王のカケラの両腕は変化した障壁に弾き飛ばされて消滅した。


 まるでワンサイドゲーム。一方的な殺戮さつりくのようだ。

 カケラは手を再生しようとするも、さきほどまで俺たちの脅威になっていたそれは発動しなかった。


「我が名は、聖龍オシリス。生命を司る龍にして大悪魔メフィストの破壊への対応策として存在するものなり。生命アドニースのカケラよ。お主はしょせん私の模造品に過ぎない。完全体である私に歯向かうことなどできない。お前は私には勝てない。いや、すまない。お前は破壊衝動だけにしたがう木偶でくぼうだから、理解できないか……」


「ぐぎゃああぁぁぁぁああああ」


 断末魔を上げるカケラは、聖龍オシリスの言葉をまるで理解していないようだ。


「滅せよ、生命アドニースのカケラ!」


 聖龍はカケラを飲み込むように口を開いて飲み込んでしまう。


 カケラは再生力すら発揮することもできずに消滅した。


 聖龍も役割を終えたから光の玉になって消えていく。

 聖龍の光によって赤い大地は、緑の草原へと変化していった。


「浄化されているのか、この原罪の大地が!!」


 すべてが終わった後、ナターシャは俺に近づいてきた。よかった、無事だな。


「これが生命の保険装置たる聖龍の力なんですね」


「詳しい話を聞かせてくれるよな?」

 俺は彼女に説明を求めた。


 ナターシャは俺に魔方陣が発生してからの出来事を詳しく教えてくれた。


「魔王の息子・パズズの声を聴いて、聖龍の魔方陣と契約したのか……」


「はい。最初は罠かとも思ったんですが」


「この結果を見るにその可能性は低いな」


「ええ」


 さきほどまで俺たちの目の前にあった赤い大地は、聖龍の力の影響で浄化されて緑を取り戻している。さすがに、古代魔力文明を再生することはできなかったようだが、緑の草木は復活している。生命を司る龍と言うのは本物だな。


「この状況は副会長達も魔力通信を見ているから理解しているだろう。ちなみに、ナターシャはオシリスとは会話ができるのか?」


「はい。内なる声みたいな感じですね。たぶん、先輩がエルと会話している感じだと思います」


「じゃあ、俺の質問にも答えてくれるかな?」


 ナターシャは目をつぶって聖龍と会話しているようだ。


「大丈夫みたいです。私の体に触れながらしゃべれば聖龍さんとの会話もできるって言ってます」


 俺は、ナターシャの肩をさわる。


「(お主が、ナターシャの婚約者・アレクだな?)」


「ああ、そうだ」


 さきほどの魔王のカケラを倒した時と同じ声だった。威厳はあるが優しそうな声だった。


「(ふむ、やはり現代の人間は私の知っている人間とは違うんだな)」


「やはり、魔王のカケラみたいな者がお前を作り出した人間なのか?」


「(左様じゃ。お主たちは私と同じく魔力文明が研究の果てに作り出した"天界文書"の記述によって作り出された生物なんじゃろうな)」


「やはり、メフィストの言葉は正しかったのか……」


 俺は暗い気持ちになる。


 ※


「その箱が世界の権力者が秘匿している"天地開闢の図・正典"」


「あなたたちは本来は魔族のしもべになるべき存在だった。でも、魔力炉の暴走で従属するべき存在はいなくなってしまったのよ。そして、あなたたちは地上の支配者になったの」


「私は彼らを導いて魔力炉の暴走の影響を受けない地下のシェルターに逃げしていたのよ。彼らはこう考えているの。あなたたちのような生命体を作ってしまった自分たちの罪を償うために自分たちは戦い続けないといけないってね。彼らには贖罪しょくざいという大義名分があるの。だから、数千年にも及ぶ魔族と人間の戦いは続いているのよ。?」


 ※


 あのエレンの顔をした悪魔の声を思い出すだけで虫唾むしずが走る。


 あの言葉がブラフであってほしかったが、しかたがない。


 俺は世界の真実についての核心をつかむと、俺はもう一つの真実を確かめる。


「聖龍、教えてくれ。魔王の息子・パズズはどこにいる?」

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