第192話 魔王の欠片

「逃げるな、メフィスト!」

 俺は叫ぶ。

 赤い大地からは割れる。割れた大地からは巨大な魔族が出現する。


 これが魔王の欠片。分身か。

 歴史上では伝説級冒険者のイールしか滅ぼすことができなかった魔王軍の切り札だ。


 魔王本人ではないが魔王自身が己の魔力を込めて作り出す欠片は、最高幹部を超える力を持つ。最強の兵器。


 体は無理やり作り出しているので、最高幹部よりは強度が低いと言われているのが幸運だけどな。


「今日の相手はそちらよ。私じゃない。どうか楽しんで頂戴? 私からのプレゼントよ。まぁ、伝説級冒険者のアレンと魔王の欠片の戦いが起きればこんな古ぼけた遺跡は崩壊するわぁ。証拠隠滅にもちょうどいいじゃない?」


 それが狙いか。だが、それにしても数が限られている魔王の欠片をここに投入するのは大げさすぎる。ハデス亡き後、貴重な戦力のはずだろう。


 いくら魔王の魔力が無尽蔵とはいってもこの戦力を量産できるわけがない。

 量産できるならすでにこの戦争は終わっているからな。魔王軍の勝利で……


「ぐぎゃ、ぐぎゃ」

 まるで知性がないような言葉を話すカケラ。


 巨大で青くたくましい体。体には収まり切れない魔力が外に放出されていて視界をゆがませている。

 

 実際の魔王には及ばないまでも歴史上の重要な決戦に何度も投入されて伝説級冒険者のイール以外には敗北したことがない決戦兵器と俺は対峙する。


 まずはナターシャを守ることに専念だ。今回の戦いは無理に勝つ必要はない。情報を取ってくるという目的は達成された。


 ここで引いても仲間が死ぬというわけでもない。


 俺はナターシャを守って安全に退却しても目的は達成だ。

 だから、ハデスとの決戦の時よりも状況は楽だ。


 俺は自分にそう言い聞かせて、剣を抜いた。


「ぐぎゃ、ぐぎゃ」


 最初に動いたのはカケラだった。

 左を動かしただけで強力な魔力波が吹き荒れた。


「やばい!! ナターシャ、俺から離れるなよ」


 俺は押し寄せる魔力波を俺は同程度の魔力で相殺した。

 そして、得意のカウンターで俺は一気にカケラを切りつけた。


「ぐぎゃ、ぐぎゃ」


 殺気と同じ声だが、心なしか苦しそうだ。

 いける。こいつはハデスほど難しい相手じゃない。


 正攻法でしか動かない相手ならカウンター型の俺にとっては相性がいい。


 戦闘が始まった。


 ※


「いいわねぇ。まさかここまで強くなるとはぁ。やっぱりハデスは美味しい養分になってくれたみたいねぇ」


「あいかわらず悪趣味な笑いだな、メフィスト?」


「あら? まさかここであなたに会うとは思わなかったわ。久しぶりね、パズズ? 魔王様のご子息様が今頃、何の用かしら?」


「すべてを終わらせに来た。そう言えばわかるだろう?」


 ※


―パズズ視点―


「すべてを終わらせに来た、か。パズズ様もずいぶんと青くなってしまって……でも、あなたには私を殺せない。そうできないように世界は作られているから」


「お前を潰すことができない以上、残された道はひとつだけだ。だからこそ、今日はその可能性を見極めに来た」


「それがあの男だと?」


「ああ、俺はすべてを見ていた。お前がハデスまで犠牲にして可能性の扉を開くところをな。カイロスの扉とあの男だけが到達できた神の存在領域。お前はそれを悪用するつもりだろうがそうはさせない。俺はあの可能性を使いこなしてみせる」


「本当に青くなってしまったわね、あなた」


「だが、メフィスト? アレクはすでにお前の想像を超えた怪物になっているんじゃないか。この数千年間、歴史の裏で物語を作ってきたお前が制御できないモンスターがついに生まれたんだ。俺はその可能性を逃さない」


「なら楽しませてもらいますよ。物語綴りストーリーテラーとしての役割にも飽き飽きしていたもの」


 そういって、メフィストはどこかに消えていく。


「因果律すら超越する"神の存在領域"を軽くみすぎてねぇか?」


 俺はあいつから綴り手の立場を奪うべく動き始めた。


 たとえこの先に俺の破滅があったとしても、メフィストは滅ぼす。

 は俺は世界の歴史を前に進める。


 ※


―アレク視点―


「なんていう攻撃力だ。火力だけなら、ハデスを超えているよ」


 俺は魔力の攻撃を相殺しつづける。あまりに攻撃力が高すぎるせいで、逃げることもままならない。

 さすがに光の翼だけで魔王のカケラと戦うのは限界があるな。


 ハデスの一件で使うのはためらっていたんだけどな。

 しかたがない。


 ブラックボックスが怖すぎるせいでなるべく使わないようにしていたが……


 俺はクロノスに最大限の力を注ぎ込む。


 これで発生条件はそろったよな? クロノス?


 ※


「なぜだ、なぜ倒れない……」


「あいつの後ろに広がっているのは、まさか……カイロスの扉か?」


「クロノスとカイロスを同時に操る人間だと」


「いや、逆か。クロノスの剣と光魔法がトリガーなんだな、メフィスト。そのふたつがカギとなって、カイロスの扉が開かれるのか。だが、人間ごときが、そのしろになれるだと……」


「有史以来、誰もなしえなかった神の存在領域に足を踏み入れたのか」


「俺をここに派遣したのも、あの大悪魔の計画ということだな。俺をいけにえにして、依り代をさらに成長させるつもりかぁ」


 ※


 あの時の言葉を思い出した。これはメフィストの計画の一つなのかもしれない。

 だがここで勝たなければ未来はない。


 俺はすべての力を解放する。


 カイロスの扉は開く。これが神の存在領域と言われてもピンとこないがやってやるぜ、魔王のカケラ!!

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