第173話 伝説の始まり

 俺は、ハデスに迫った。


「ばかめ、毒の濃度が高い場所に、中和能力すら持たずに突っ込んでくるなど、自殺行為。お前は、魔王様にすら届きうる潜在能力を持っているが、開花させなければ意味がない。お前は、ここで死ぬ。俺の毒にむしまばられて、苦しみながらここで死ぬ。お前はもう、俺から逃げることはできない!!」


 そんなもの関係ない。

 毒で俺を止められるわけがないだろう。


 俺の信念は、地獄ですら止められない。


「なぜ、だ。体は限界のはずだ。光魔力の放出で、魔力のほとんどは使い切っているはず。そして、お前の足場は俺の猛毒に侵されている。中和方法すらない状態で、どうして、動ける。お前は一体、何なんだ?」


 知るかよ。たぶん、クロノスがうまくやってくれているんだろうけどな。


 今の俺には、お前を倒すことしか頭にないんだよ。


「死ね、冒険者」


 ハデスの鎌が俺に襲いかかる。


 俺は、クロノスを使って、それを受け止めた。


「その満身創痍まんしんそういな体でなにができる。このまま、押しつぶしてやる」


 たしかに、体に力が入らない。だが、俺はこの攻撃を受け止める自信があった。


 クロノスと鎌は、鈍い音を立ててぶつかりあった。


「お前の後ろに、魔力の特異点だと!?」


 衝撃波が、俺に襲いかかるが、俺は一切崩されることなく、それを受け止める。


「カイロスの扉……まさか、自在に出現させることができるのか……成長スピードが速すぎる」


 意味が分からない。だが、俺には今すべきことはひとつだけ。


 俺は体をそらしながらクロノスから手を離した。


 そう、クロノスはおとりだ。


 クロノスばかりに集中していたハデスは、体のバランスを崩す。


「(まさか、私を陽動に使うとはな)」


「悪いな、クロノス。お前はこのくらいじゃくたばらないだろう?」


「(当たり前だ。ご武運を!)」


「ありがとう、いくぞ、エル!!」


 俺は、がら空きになったハデスの体に、めがけて突進する。


「やめろ、どうして、俺のコアの場所を把握している!?」


「魔力の流れだよ。俺の、世界最強の医者だからな。魔力の流れを見極めて、体の悪い場所を見つけるのがうまいんだよ。その応用さ!」


 こういう時でも、ナターシャが俺を助けてくれる。


 さきほどの魔力攻撃の時、あいつの全身から魔力がすさまじい勢いで動いていた。

 そして、ひとつだけ不自然なことがあった。


 あらゆる魔力が、絶対に通る体の部位があったんだ。


 それが、頭の左下の首筋。魔力の集中ポイントが、おそらくあいつのコア。

 そこを叩いてしまえば、あいつの体は崩壊する。


 不死身のような強さを持つ最強の怪物のコアにエルを突き立てる。


 相棒の名剣は、永遠のように世界最強の座に君臨していた魔物を玉座から叩き落した。


 そして、ここから俺の伝説が始まった。


 ※


「手ごたえありだ」

 エルは確実に、ハデスのコアを貫いた。クロノスを捨てるフェイントからの、残った全力でコアを一点突破して破壊する。


 切れ味は、エルの方がクロノスよりも上だから、今回はこいつを使った。もし破壊箇所が、コアではなかったら俺の負けの賭けに。


 ハデスの崩壊は始まっている。

 体は砂のように砕けていく。コアを失って体の維持ができなくなった。


「みごとだ、人間よ」


「ずいぶん正直だな、ハデス」


「我にとって、破滅とは快楽でもある。今まで味わったことがない世界に、感動すらおぼえる」


「変態かよ」

 俺はすべてが終わったことに安堵あんどし、倒れ込む。幸運なことに、その足場は毒に侵されていなかった。


「だが、お前も終わりだ。あの猛毒をもろに受けたのだからな。世界最強の男は、ほんの一瞬しか地上には生きることができなかった。残念だったな」


「その言葉は、お前にそのまま返すよ」


「な、ん、だ、と」


「はなむけの言葉だ。さっき言っただろ。俺の恋人は世界最強の医者だってな!」


 どこからか、魔力の詠唱が聞こえてくる。高位の浄化魔法だな。

 上位の神官クラスじゃなければ、唱えることができない魔法だ。


 つまり、もうすぐ会えるんだ、ナターシャに!


「お前は、人間が到達できない領域まで達した。その意味を本当にわかっているのか」


「どうでもいい。今は、ナターシャに会いたいだけだ」


「ふん、なら抗い続ければいい。お前の運命からな」

 そう言って災厄の王は消滅していった。


 あっけない最期だ。

 魔王軍の力の象徴として、数多くの冒険者を葬ってきた最強の怪物が、消える。


 そして、俺のもとには希望がやってきた。


「先輩、無理をしすぎです。私が来なかったら、死んでますよ」


 彼女の眼には、涙がたまっていた。


「悪い、いつもナターシャには迷惑をかけてばかりだ」


「本当ですよ。私がいないと先輩はすぐに大変な目にあっちゃうんですよ? すぐに解毒しますから、気を確かにしてくださいね」


「大丈夫だ。ナターシャの腕を信用しているからな。もう、勝ったも同然だよ」


 ナターシャの手は震えている。

 そうとうひどいんだろうな、俺……


「なぁ、ナターシャ。俺、勝ったぞ? 最高幹部のハデス倒したんだ」


「はい、見てましたよ。逃げろって言われたけど、見てました」


「どうして、逃げなかったんだよ。俺があいつを倒せなかったら死んでたぞ」


「大丈夫です。先輩をひとりで死なせません。死ぬときは一緒です」


「はは、すげえ覚悟……ありがとうな」


「こちらこそありがとうございます。あなたがいてくれたから。私はずっと失っていた幸せを見つけることができたんですよ」


「ナターシャ。これで、俺は伝説級冒険者だよな?」


「はい、間違いありません。先輩は、4人目の生きる伝説です」


「じゃあ、やっと言えるな。何年も前の約束が、やっとはたせるな」


「はい、だから、もうしゃべっちゃだめですよ。私が助ける番なんですから」


 彼女の涙が俺の顔を濡らす。


「好きだ、ナターシャ。世界中の誰よりも、キミのことが好きだ」

 やっと言えた。俺はこのセリフを言うために、ずっと頑張ってきたんだ。

 少しずつ意識が薄れていく。


「先輩、先輩、アレク先輩っ!!!!」

 ナターシャは必死に俺を回復させようとしてくれている。大丈夫だ、俺はナターシャを信じている。


 次に目が覚めたら、俺は告白の返事をもらうつもりだ。


「大切な人を救うことができなくて、なにが"現代の聖女"よ。先輩待っていてくださいね。今、あなたを助けて、追いつきますから」


 彼女の手はとても温かかった。


 ※


「アレク」

 俺を呼ぶ声が聞こえた。


 俺は、花が奇麗に咲いている場所にいた。そこには、大きな川がある。

 ああ、これが死後の世界か。


 物語に出てくる世界とここは酷似している。俺は死んだんだろうか。

 彼女を残して。


 足は必然的に川に向かっていく。


「だめだ、来てはいけない」

 男の人の声が聞こえた。とても懐かしい声だ。


 川の対岸を見ると、死んだはずの両親がいた。


「父さん、母さん?」

 クロノスに見せられた夢の時の両親よりもずっとずっと若い。死んだときの年齢そのままなんだな。


「やっと会えたな、アレク」

「立派になったわね、本当に」


 両親は、川の反対側で涙を流しながら喜んでくれた。


「俺さ、冒険者になったんだよ。今じゃ魔王軍最高幹部も倒せるくらい強くなったんだよ」


「ああ、いつも見ていたよ」

「自慢の息子よ、あなたは」


「ごめん。俺、ふたりを守れなかった。だから、大切な人を守れるくらい強くなりたかったんだ」


 俺が冒険者を目指したのはたぶんこの気持ちからだ。

 強くなければ誰かを守れない。


「あなたはすごいわ。もう十分、がんばったのよ」

 母さんの声が胸に響く。


「クロノスにどちらの世界を選ぶかせまられたとき、俺はこっちの世界を選んでしまったんだ。ふたりが生きている世界も選べたのに」


「わかってる。お前はそっちの世界で生きているんだ。そっちの世界に幸せがあるんだ。それがお前の一番だよ。俺たちは死んだ。だから、アレクは、そこで自分の幸せを優先しろ」


「子供の幸せを願わない親がいると思う?」


「あ、りがと、う」

 俺はもう言葉にできなかった。


「大丈夫だ、ナターシャさんによろしくな」

「幸せになるのよ! 愛してるわ、アレク」


 そして俺の意識は光に包まれた。


「幸せだったよ。俺、ふたりの子供に生まれて……」


 ※


 そして、俺はいつもの病院にいた。

 脇では、ナターシャが心配そうに笑いかけてくれる。


「よかった、また会えたな」


 俺は、ナターシャに笑いかける。


「はい、また会えました」


「ずいぶんと無理させちゃったかな?」


「はい、とても。たぶん、この方法を論文にまとめて発表すれば、なにかしらの権威ある賞をもらえるくらいですね」


「そりゃあ、すごい」


 方法は、なんでも氷魔法を使って、俺を仮死状態にしたうえで、毒が回らないように処置をした後、クロノスの力を使って解毒魔法を強化。魔力の流れを見ながら、体に散らばっている毒を丁寧に解毒するような精密作業をしたらしい。


「方法はどうでもいいです。あなたが助かってくれたんだから」


「本当にいつもありがとう、ナターシャ」


「これで私もやっと言えますね」


 ナターシャが椅子から立ち上がる。朝日が病室を照らして、ここちよい風が吹きぬける。


 ナターシャの背後で白いカーテンが風によって揺れている。それがまるで天使の翼のように見えた。


「私は、あなたが大好きです。これからもずっと一緒にいてください」

 

 そう言い終わった後、俺たちは婚約者でありながら、やっと恋人同士のキスをする。

 この先の未来にあるはずの永遠を求めて。

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