第172話 運命という名の必然

「お前は強い。認めてやるよ。これまで戦った人間の中でも、お前は最強だ」


「そりゃあ、ありがたいな。でも、俺は、あんたが最後に戦った人間になりたいなっ!」


 俺たちは、数秒間の間に無数の刃を交わした。足場の悪い状況での攻防は、俺に不利だ。

 高速で移動していく俺の攻撃を、あいつは自慢の脚で受け止めていく。


 エルやクロノスでなければ、あいつの毒で剣ごとやられていたはずだ。


 こいつらに出会えたことも、一つの奇跡だよな。


 お前らがいなければ、俺は即死している。偶然が、俺の運命を決めているんだ。

 ナターシャとの出会いも、すべてが偶然なのに、まるで運命で決まっているかのように思える。

 それが、必然だったと信じたいのかもしれない。


「よかろう。なら、これですべてを終わらせてやる」


 災厄の王は、そういうと口に魔力をため始める。


 おいおい、嘘だろ。


「これは、俺の消耗も激しいからな。普段は絶対に使わない技だ。だが、お前の実力に敬意を払って撃ってやる。しっかり死ね」


 魔力による強力な衝撃波を放つつもりだ。それも、あいつの毒まで込められている。威力は邪龍の火炎と同程度か?


 だが、毒と組み合わせることで、被害はそれ以上のものになる。


 さらに、俺の後ろには、徹底を目指している冒険者たちが……


 あいつの部下だってまだ戦っているんだぞ!?


「お前に勝つためには、多少の犠牲は構わない。俺が生きていれば、すべては万事解決する」


 完全にくるってやがる。どうやったら、こんな自意識の塊みたいなやつはどうやったら出来上がるんだ。


「どうした、よけたら仲間たちが死ぬぞ? だが、果たして受け止められるかな?」


 ハデスは地獄から来た死神のような笑顔だった。俺が避けることはできないとわかっているから。


「俺は強敵をぶっつぶすのが大好きなんだよぉ」


 ずいぶんと気色が悪い性格だよ。俺は、お前の趣味に付き合う義理なんてないんだけどな。

 だが、俺には拒否権がないようだ。まったく、迷惑な奴だ。


「クロノス頼んだぞ」


 俺は新しい相棒とナターシャとの絆にすべてをかけた。こいつの魔力増幅力がすべてだ。強化された光魔力が、あいつの切り札を上回ることができるか……


 ここで俺がやられたら、後ろの皆も死んでしまう。ギルド協会の主力が壊滅すれば、それだけで世界の運命すらも変わってしまう。重すぎる責任だ。


 俺が生きた伝説になるか、歴史上の伝説になるか。


 それはすべてこの瞬間で決まる! 

 覚悟を固めて、俺はすべての力を解放した。


 ※


 俺はすべての魔力を開放する。

 圧倒的な力が解放されていく。まるで、空中を漂っているかのような感覚になる。すべてが無重力になり、自分も他人もわけるものがなくなる不思議な世界。


 この感覚は邪龍と戦っていた時と似ている。

 俺はあの時も邪龍の攻撃を防ぐために、光魔力のすべてを開放した。


 その反動で俺の意識は魔力に飲み込まれて、暴走した。


 そして、今回は前回以上の力で、それを開放する。

 クロノスの力も相まって、それがどんな結果を生むのかわからない。


 だが、選択肢はあの時と同じでこれしかなかった。


 以前よりもさらに力を開放する。


 俺の意識は少しずつ消えていくのを感じる。


「消し飛べ」


 そこに、ハデスの攻撃が降りかかってきた。


 俺は、光魔力を使って、それを受け止めた。


 強力な衝撃波と毒が混じった異臭。


 俺は途切れていく意識の中で、ハデスの声が聞こえた。


「なぜだ、なぜ倒れない……」


「あいつの後ろに広がっているのは、まさか……カイロスの扉か?」


「クロノスとカイロスを同時に操る人間だと」


「いや、逆か。クロノスの剣と光魔法がトリガーなんだな、メフィスト。そのふたつがカギとなって、カイロスの扉が開かれるのか。だが、人間ごときが、そのしろになれるだと……」


「有史以来、誰もなしえなかった神の存在領域に足を踏み入れたのか」


「俺をここに派遣したのも、あの大悪魔の計画ということだな。俺をいけにえにして、依り代をさらに成長させるつもりかぁ」


 ※


 目が覚めた時、俺は光の世界にいた。

 その世界には、何も存在していなかった。人間という存在の境界すらもあいまいな世界だ。


 ここは?


「ここは、ゼウスの部屋だ」


 俺の目の前にクモのような足を持つローブに包まれた男が現れた。


「あんたは?」


「質問ばかりだな。だが、答えよう。私だけが君の名前を知っているのは、不公平だな、アレクよ」


「どうしてお前は俺の名前を……」


「それはここがゼウスの部屋だからだ。わが名は、冥王カルゼル。元・魔王軍最高幹部だ」


「会長に、倒されたはずの大悪魔がどうしてここに……」


「なに、顔見せだ。キミもすぐに意識を取り戻すだろうからね」


「なにがしたいんだ」


「ひとつだけ、忠告をしておこう。人間を信じ過ぎぬことだ」


 そして、俺の意識は現実に戻される。


 ※


 目が覚めた時、俺は立っていた。すべての力を放出したはずなのに、一切の疲労はない。

 むしろ、心地よさすらも感じている。


「受けきっただと……俺の攻撃を……こいつは、本物の――」


 俺は剣を力強く握り、ハデスに向かって突撃する。


 ※


「なぜ、あれを食らって動けるんだ」

 ハデスの声は震えていた。俺はかまわずに突撃する。


 いつの間にか光魔力はすべてを使い果たしていたようだ。もうあいつの毒を中和する術はなくなった。


 毒の濃度が濃いのに、俺が生きているのが不思議なくらいだ。


「すべては、仲間のため、俺を信じてくれた人のため、そして、この世界で一番大切なひとのためだよ」


 お前を倒さなくては、その人たちを失ってしまうかもしれない。

 だから、お前をここで殺す。そうしなければ、俺はすべてを失ってしまう。


「ばかな。お前は、俺の攻撃を防ぐために、すべての力を失ったはずだ。お前以外、誰も成し遂げることができなかったカイロスの扉を開いたんだぞ。神の存在領域に足を踏み入れて、なお、お前は力を使い果たさない。人間ごときのどこにそこまでの魔力キャパシティがあるんだ!!」


「カイロスの扉? 神の存在領域? いったい、何を言っているんだ?」


「まさか……無自覚であの奇跡を体現したのか? 古代魔力文明ですら、なしえることができなかった前人未踏の領域なんだぞ。そんなことができる男がどうしてここにいるんだ。最初に神の存在領域に足を踏み入れたのが、人間なんて許されない。認められない」


「お前が何を言っているのかもわからないし、認められる覚えもない」


「お前の潜在能力は、魔王軍最高幹部をはるかに上回る。いや、魔王様にすら、届きうる。ここで消しておかなければ、すべての災いの種になる。お前は世界のパワーバランスを崩しかねないほどの危険な存在なのだから、な」


「最高の褒め言葉をありがとう」


「お前はまだ自分の価値をわかっていないんだ。伝説級の冒険者だと? 笑わせるな。すでにお前の能力はその尺度ではかることができない」


「……」


「一度だけは、言ってやる。人間では、お前のことをもてあます。お前の幸せのためにも、魔王軍に下れ。そうすれば、最高幹部の地位を……」


「いちいちうるせえよ」


「は?」


「いちいちうるせえって言ってるんだよ。ムカデ野郎」


「私を愚弄するか? 我は、魔王軍最高戦力であり、最強の怪物だぞ!」


「お前がどこの誰かなんて気にしねえよ。お前が俺の前に立ちふさがるなら、俺はお前を倒すだけだ。大好きな後輩と約束したからな」


 もう、気持ちは隠さない。この戦いが終わったら、俺は……

 いや、俺たちは気持ちを隠す必要なんてなくなるんだから……


 これ以上の報酬なんてどこにあるんだよ。


 俺たちの夢に向かって突撃は続く。

 もう誰にも俺は、止められない。

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