第171話 クロノスの真価

 敵意をむき出しにして、ハデスは強力な毒を周囲にまき散らす。これでさらに、俺の足場が少なくなっていく。やっぱり持久戦は不利だな。


「この程度で、俺が倒せるとは思うなよぁ。こわっぱ」


 そう言うと、あいつの切り捨てた脚がぼこぼこと復活していく。

 またたく間に再生したあいつの脚は鋭利な刃物のようにこちらを狙っていた。

 ただ、冷静さをなくしているようだ。これはチャンスだ。さっきの一撃で、俺とあいつに絶望的な力量差がないことははっきりした。


「どうして、あの固そうな足がきれたんだろうな」


 俺は独り言のつもりでつぶやいたが、エルが反応してくれた。


(きっと、クロノスに流れ込んでいる光魔力のせいだ)


「どういうことだ、エル?」


(クロノスには、魔力増幅効果がある。そして、無意識に主様の光魔力がクロノスに流れ込んでいる)


「つまり、クロノスに流れ込んだ光魔力が増幅して、俺の体やエルの攻撃力を上げているんだな」


(おそらくな)


「どうなんだよ、クロノス?」


(わからん。光魔力が私に流れ込んだことがないから。ただ、力は増幅しているのはわかる)


 なら、そうなんだな。俺は意識的にクロノスに光魔力を流し込んだ。そうすると、光魔力の影響で体に力が満ちていく。


 クロノスは、普通の魔力の攻撃力増加以外にも、補助的な魔力を強化することもできるのか。


 希望の光はともった。俺の攻撃がハデスに通用するんだ。

 ならば、あとはあいつを倒すことに集中すればいい。


 無限の再生力なんてありえない。あいつの体が再生するのは、何か仕組みがあるはずだ。


 回復をつかさどるコアのようなものが体のどこかにあって、それを壊せば回復できなくなるのが、ああいう昆虫型の魔物の鉄板だ。


 魔王軍最高幹部が相手でも基本は変わらないはず。


 だからこそ、あいつの動きを注意深く観察して、弱点をあぶりだす。


 あとは時間との勝負だ。


 ハデスの猛烈な攻撃と、容赦のない毒の飛散をかいくぐって、正確無比にあいつの弱点を見つけ出し、一撃でそこをぶった斬る。


 考えただけでも、吐きそうなくらいの難関だが、やってやるぜ。魔王軍西方師団、クラーケン、ヴァンパイア、邪龍、リヴァイアサン、メフィスト……


 俺はいつも死と隣り合わせの戦場で勝ち抜き、そして、成長してきた。今回も同じだ。


 あいつが攻撃をした場所には移動できない。毒の濃度が高いからな。

 少しずつ失われていく足場。


 光魔力で空中移動もできるが、体力と集中力を酷使するので連続で使うのは厳しい。


 楽しくなってきたぜ。


 出来る限り早く、そして、精確に……


 ※


「一発、俺を傷つけたからって、調子に乗ってるなぁ。おまえ」

 ハデスが、怒りに狂い俺をにらみつける。


「まさか、魔王軍の最高戦力様に傷をつけることができるなんて思わなかったんですよ」

 俺はさらに挑発する。


「減らず口を!」


 ハデスは、さらに怒りをつのらせる。


 俺を拘束するために、毒糸を噴霧した。拡散する糸が俺に襲いかかるが、さすがに通常攻撃よりも遅い。俺は、光の翼を使って、影響範囲からただちに逃げた。


「甘い。それは陽動だ!!」


 ハデスは、俺が逃げる場所を予測して、攻撃の準備をしていた。

 さすがに、かわしきれない……


 俺はとっさに、光の翼を使って、あいつの鎌のような足を迎撃する。


 ニコライもこれで倒せた。クロノスのおかげで、光魔力は強化されている。

 だから、いけるはずだ。もし、もくろみを外したら、俺は毒で溶かされて、何も残らなくなる。


 これは一種の賭けだ。だが、勝算はかなりある。だって、光魔力は対魔族に最も効果があるからな。実際、この毒が蔓延まんえんしている戦場でも、俺は息苦しさを感じるだけで、動くことはできている。光魔力の中和がうまくいっているからだ。


 光の翼とあいつの鎌は、鈍い金属音のようなものをたててぶつかりあった。


「こしゃくな……翼で防御だと?」


「魔族はこいつが苦手だって、相場が決まってるだろう? こいつは武器にも盾にもなるんだよ」


 俺は、鎌を光の翼ではじき返す。

 光魔力も戦闘をこなすにつれて、どんどん身体になじんでくる。


 ヴァンパイアの時は、無我夢中で。

 邪龍の時は、暴走させていた。


 うまく使えるようになったのは、2度目のニコライとの決闘の時からだよな。


 この魔力は、ナターシャとの絆の象徴だ。だから、誰よりもうまく使いこなせるようになりたいし、これから俺はもっと強くなる。


 かわすだけでなく、光の翼でうけとめるという選択肢が増えたのも、俺にはプラスだった。逃げるだけじゃなくて、カウンターを狙うこともできるようになったんだからな。


 俺は、今、魔王軍の最強戦力と互角に戦っている。その事実が、俺の高揚感を刺激する。ずっと目標にしてきた伝説級に近づいているのだから。


 伝説級冒険者。殉職による特進でなければ、実力が魔王軍最高幹部を倒すことができるくらいの者のみが昇進できる最高の存在。


 俺は、その最高のステージの入り口まで達している。

 ここでは終わらない。


 ナターシャとの約束を守るまで、あとほんの少しのところまで来ているんだからな。


 ※


「先輩は、伝説レジェンド級の冒険者になるべき人です」


「これはお笑いだわ。脳内お花畑なのね。たしかに、そういう夢を見る奴は、多いわ。でも、ほとんどの奴らは、自分の実力を過信して、この世から退場する。上に行けば、行くほどそんな夢をみることなんてできなくなる。アレクは、しょせん"器用貧乏"。ニコライにも勝てない男が、伝説級なんて夢のまた夢よ」


「だけどな、ナターシャさん?キミたちが俺の目を覚まさせてくれたんだよ。キミたちは、人類最強の男である勇者ニコライを倒した。キミたちの信念が、伝説の勇者すら倒したんだ。キミたちはにならなくちゃいけない。だから、ここは俺が守りきる」


「伝説級ぅ?これはお笑いだぁ。まだ、そんな夢見てるやつがいるのかいぃ?夢見るのは、いいよぉ。でもなぁ、人間と魔王軍の戦争がはじまってから数百年、そんな夢見てきた奴はごまんといたぁ。そいつらのほとんどは、どうなったぁ?死んだんだよ、俺たち魔物に捕食されてなぁ?結局ぅ、そんなバカげた夢見てるやつは、早死にするぅ。お前たちのようになぁ?」


「笑わせねぇ!ふたりの夢を、笑っちまった、俺が言える道理がねぇが、もう誰にも、あいつらの夢を、笑わせねぇ!アレクは、絶対にになる。だから、お前には笑わせ、ない」


「めんどくせぇなぁ?お前ら如き冒険者なんて、この数百年間に何人もいたんだよぉ。まぁ、いいやぁ。なら、夢に倒れろよぉ、このバカ冒険者ぁ」


 ※


 何度、笑われても、俺たちはやっとここまで来ることができたんだ。


 俺は目的を完遂する。


 世界のためでもある。仲間のためでもある。


 でも、一番は……


 ナターシャのためだ。

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