第120話 臨時政府

「おそらくですが、クーデター軍は、このままだんまりを決め込んで、我が国の信用を地に落とすつもりではないでしょうか?」

 辺境伯様の脇に座った初老の男性が、そう発言した。

 やや小太りだが、眼光鋭い政治家。

 彼は、たしか……


「ロスリー公爵です。前・国務尚書で、外交分野の大物政治家さんですね」

 ナターシャは、俺の後ろで補足してくれる。

 

 だが、さすがの俺も面識があった。たしか、S級冒険者への昇進時のパーティーで雑談した覚えがある。


「ロスリー公爵。つまり、クーデター軍は、あえて要求や声明を発表しないことが戦略ということだね?」

「その通りです、フランク様。あまりにも、行動が遅すぎます。もし、私なら、幼少の第2王子様を担ぎ出して、自身の正当性を公にしますよ。口実なんていくらでも作れますからね」

「では、逆にこのまま何もしなければ、奴らの思うツボということだね」

「はい、奴らは、世界的な混乱を引き起こしたいのだと思います」

「そうなると、首謀者は、まるでテロリストのような思考だな」


 領主様は、おどけたように手を挙げた。お手上げのようなポーズだ。


「よし、わかった。ミハイル副会長に異存がなければ、私が首班となって"マッシリア王国臨時政府"の樹立を宣言しよう。いくら諸国でも、クーデター軍を正当政府と認めることはないだろうし、下手に動かれる前に、先手を打った方がいい。記者会見の準備を頼む」


「わかりました。ですが、クーデターを公にしてしまって、よろしいのですか?」


 副会長は、念を押す。


「首都では、もう異変が起きている。下手に隠せば、心証が悪すぎる。できる限り、信頼できる相手として認識してもらえるように演技しなくてはな……」


「30分後に会見を開かせてもらいます」


「うむ。さて、臨時政府の役職だが、副首班である宰相代理はキャリアから考えてロスリー公爵にお願いしたいと思う。よろしいかな?」


 選帝侯たちは、満場一致で頷く。


「そして、クーデターを討伐するための、軍事部門の統括者だが、我ら貴族では門外漢すぎる。ここは、特例でギルド協会のミハイル副会長を就任を願いたい。軍務尚書代理だ。ミハイル君は、諸王国連合艦隊の元帥でもあるし、適任だと思うが、いかがだろうか?」


「異議なし」


「ありがとう。ミハイル君、受けてくれるね?」


「謹んでお受けいたします」


「よろしい。では、会見は、私とロスリー公爵、ミハイル君の3人でおこなう」


 さすが、希代の政治家と呼ばれるだけあって、見事な意思決定力だな。一癖もあるだろう選帝侯たちも手も足も出ない様子だ。


「ほかの選帝侯の方々は安全のため、会見中はここで待機しておいてもらおう。なにかあったら、よろしく頼む」


「はい」


「そして、会見までに、もう少し話を詰めておく必要があるな。すまないが、ロスリー公爵とミハイル君、そして、アレク官房長はもう少しここに残って欲しい。私の秘書として、ナターシャ君も頼む」


 やっぱりか。この後に続く展開はいつものことだ。

 

 俺が、潜入して、物理的に解決しなくちゃいけないんだろうな……


 ※


「さて、残ってもらったこの5人が中心となって、今後の問題を解決したいと思う。いいかな?」

 だよな、知ってた。


 続けて、副会長が俺に向かって諭すように言った。


「アレク君は、軍務尚書代理の直属として、王国軍の対クーデター討伐部隊の総司令官を任せたい。前回の戦争で、海軍中将になっていたのが幸運だったよ。総司令官として適任の階級だ」


「ミハイル副会長。別に、それがなくても、俺にやらせたでしょ?」

「残念ながら、キミ以外に適任者はいないからな。期待しているよ」

「わかりました。討伐部隊の人選は?」

「キミに一任する」

「ありがとうございます」


 ボリスとマリアさんは確定だな。副会長にもついてきて欲しいが、さすがに無理だろうな……


「さて、キミたちに言っておきたいことがある。実はな、私は国王陛下と宰相閣下から特別の依頼をされていた。クーデター前にだ。ミハイル君にも、相談していたんだが……」


 領主様は、目を閉じて言葉を続ける。


「マッシリア王国内に、裏切り者が潜んでいる」


 ※


「裏切り者ですか? どうして、それがわかったんですか?」

 俺は領主様に問いかけると……


「閣議や機密情報の漏洩が確認されたんだ。高級官僚や王族、閣僚しか知らないことが、漏れていたと陛下はおっしゃっていた」

 残念ながらなという言葉は省略される。


「ということは、裏切り者が政府の中枢に入り込んでいるってことですか?」

「おそらくな。本来は知られてはいけない軍事情報や王都の護衛情報も闇市場に漏洩ろうえいしたようだ」

「なら、このクーデターは、その裏切り者が漏洩した情報を生かして計画されたものですか?」

「その可能性は高いな。もしかすると、裏切り者が首謀者かもしれない」

「容疑者は、わかっているんですか?」

「いや、捜査ははじまったばかりだった。辺境伯として、ある程度の権力を持ち、中央から離れている私に捜査を依頼したのに、情けないな」


 今回は、その裏切り者も見つけなくては、根本的な解決にならないんだな。

 

「さて、記者会見の時間です。そろそろ、行きましょう」

 副会長は、領主様たちにそう促した。


「副会長、マリアさんに手伝ってもらいたいことがあるんですが……」

「アレク官房長の思うように動いてくれ」

 俺は、副会長に許可をもらい、マリアさんに協力を求めた。


 とても大事なことを……


 ※


「それでは、マッシリア王国辺境伯であるフランク卿から、皆様に大事なお知らせがあります」


 ついに、会見が始まった。

 俺は、護衛のため、3人の横で待機している。


 深夜でありながら、ただならぬ気配を感じたのだろう。記者たちも大量に押し寄せていた。


「えー、ご紹介いただきましたフランクです。今夜は、皆様に悲しいお知らせをしなければいけません。つい、6時間前、マッシリア王国王都のミラルで、クーデターが発生し、政府首脳は、クーデター軍によって拘束されている模様です。奴らの目的も声明も出されてはいませんが、この蛮行は、我が国のみならず、世界各国への軍事的な挑戦にほかなりません」


 会場がどよめいた。世界最強の経済大国で、クーデターだ。大ニュースだからな。


「政府首脳の政務継続が難しい状況となりましたので、マッシリア王国王位継承法に基づきまして、現在無事が確認されている中で王位継承順位最高位の私が、ここイブラルタルにおいて、マッシリア王国臨時政府の樹立を宣言します」


「「「おおおー」」」

 記者たちは、さらに大きな声を上げた。クーデター発生から数時間で、ここまでスムーズに権力移譲を成功させることがどんなに難しいのかわかっているからだ。


「また、王権代理者である私が政府首班となり、以後の政府機能はただ今の時刻をもって臨時政府に移行します。私を補佐する者として、元国務尚書であるロスリー公爵を宰相代理に任命し、クーデター討伐のため臨時政府の軍事部門はすべてギルド協会に委託します。同時に、ギルド協会副会長であるミハイル元帥を、軍務尚書代理に任命しました」


「ということは、すでにギルド協会にも話が済んでいて、臨時政府を認めたってことだな」

「さらに、この混乱期に各国が火事場泥棒のような行為をしたら、ギルド協会を敵に回すことになるぞ」

「アレク官房長が、3人の横にいるということは、ほとんど軍事的な恫喝だよな」

「ああ、下手をすれば、アレク官房長が軍隊を壊滅させるぞって意味だ」

「もう、ひとりで戦略兵器みたいなもんだろ、あの人」


 うまいな。これで大混乱は、完全に抑え込むことができる。

 

「7選帝侯は、皆無事ですので、ご安心ください」


 これはつまり、国王陛下にもしものことがあったとしても、正式な手続きを踏んで、新しい国王を任命できるということを遠回しに言っている。


 副会長と領主様が、馬車でコメントをまとめていたんだろう。

 政治家、怖すぎる。


「それでは、何か質問はあり……」

 領主様がそう言いかけたところで、ひとりの女性記者が立ち上がった。


 そして、立ち上がるとすぐに、魔力の詠唱を始める。

 瞬時に魔力波が彼女の周囲に漂っていく。


「死ね、辺境伯!」


 そう言った瞬間、彼女から狙撃魔法が繰り出された。


「暗殺者だ!!!」

 記者の誰かがそう言った。

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