第119話 王権代理者

「領主様、ギルド協会ミハイル副会長がご到着されました」

 俺たちが、手紙を読んでいると、執事さんが慌てて報告してきた。

 随分、早い来訪だ。これは、馬車にスピードアップ魔法をかけて、急いできたんだろう。副会長自ら来るとなると、領主様も狙われているのか……


「フランク卿、お迎えに上がりました。ん、アレク官房長に、ナターシャ君。どうして、ここに?」

「領主様から、食事会にお呼ばれしたんです。副会長はどうして?」

「なるほど。ならば、好都合だ。アレク君がフランク卿を護衛してくれるなら、こちらも心強い。ほかの幹部は、他の選帝侯の護衛のために、みんな分散してしまったからな。現状、刺客がこちらに来るかもしれません。まずは、安全なギルド協会本部にいらしてください」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。ギルド協会のナンバー2とナンバー3に護衛してもらえるなんて、この、老いぼれに贅沢すぎるな」

「お戯れを……国王陛下と宰相以下の閣僚たちが囚われた今、7選帝侯筆頭のあなたが、この国の長です」

「まったく、ただの長老が、"王権代理者"か。老体には、重すぎる責任だよ」

「全閣僚と高級官僚がほぼ行方不明になった今は、あなたが事実上の国家です」

「朕は国家なり。この歳で、絶対王政の君主か。長生きはするもんではないな。しかし、国王陛下からもしもの時は、この国を頼むと言われているからな。しかたがあるまい。ギルド協会に、王権代理者の順位があるだろうし、正当性には問題ないだろうね?」

「はい、安全が確認されている中では、陛下が名簿最上位です」


「ついに、陛下になってしまったか……ロニエル、使用人たちはただちに、家に帰るように言ってくれ。ここにいたら危険かもしれない」

「わかりました」

「頼むぞ。では、お三方、ギルド協会本部に参りますかな?」


 俺たちは頷いて、副会長が用意してくれた馬車に、領主様を搭乗させる。

 今回の護送は、俺たちの馬車も使って2台で護送することにした。どちらの馬車が本物か、敵に気づかれないために……


 ナターシャが索敵魔法を発動させて、安全を確保する。もしもの時は、俺が魔法で、速やかに敵を排除する。


 まさか、領主様が、王権代理者とはな……

 偉いとは聞いていたが、選帝侯のトップだったと……


 一体、このクーデターを起こした奴は、誰なんだ。王宮の兵士たちも同調したのか? それとも、物理的に排除されたのか……


 たいていなら、軍の将軍クラスが反乱を起こしているんだが……


 情報が少なすぎる。仮に、軍隊が相手なら、俺は人間と戦わなくちゃいけないのかよ?


 邪龍教団の時は、できる限り無力化したが、相手が数万の大軍なら、そうはいかないだろう。


 できる限り、クーデターのトップを早めに拘束して、血を出さないようにしなくていけない。

 内乱が本格化してしまえば、人類全体が自爆して、力を弱める結果になってしまう。


 それでは、魔王軍との戦争が、より悲惨なものになってしまうのは明白なんだ。


「先輩、怪しい人影が、後方から追ってきます……」


 ※


「まるで、アサシンだな。この馬車の速さについてこれるのか? ということは、高レベルの盗賊シーフか?」

「かもしれませんね。森の枝を使って、高速移動しています。たぶん、ふたりです。どうしますか、副会長に知らせますか?」

「いや、こっちの権限で、撃退してかまわないとのことだから、俺がやる」


 さすがに、賊も、この馬車に誰がのっているのか知らないんだろうな。領主様と護衛だけだと勘違いしているのかもしれない。


 だから、不用意に俺の射程内に入っている。

 俺は副会長に向けて、異変ありと手の動きで知らせた。さっき、決めておいた合図だ。


 無詠唱魔法からの、ダブルマジック。


 生け捕りにして、情報を聞き出すために、俺は自分が一番うまく使える氷魔法を使って狙撃の準備をする。


「距離750、二手に分かれていきます」

「なるほど、俺の魔力波に勘づいたんだ。だが、遅すぎる」


 すでに、俺は暗殺者ふたりの動きを掌握済みだ。この距離なら外さない。


氷の矢アイスアロー


 俺が、放った氷の矢は正確無比に暗殺者を追尾し、やつらを地面に叩きつけた。


 あえて、致命傷にならないように、急所は外したが、衝撃によるダメージで動くことはできないだろう。


 俺たちは馬車を降りる。ナターシャと副会長にはそのまま護衛を頼み、俺は重傷を負った暗殺者のもとにゆっくり近づいた。


「ちくしょう。なんてやつだ。この距離で、揺れる馬車から、あんなに正確に俺たちを同時に狙撃するなんて……ギルド協会の幹部野郎たちは、噂には聞いていたが怪物ぞろいかよ」


 かなりの衝撃で、しゃべるのもやっとな状態なはずなのに……

 こいつは、かなり訓練を積んだ盗賊だな。しかし、王国の軍隊には、こういう暗躍部隊はいないはず。ならば、諜報機関か……それとも、別の組織か……


「あんたは……アレク官房長か……まさか、本物の世界最強かよ。ついていないぜ。勝てるわけがねぇ」


 俺の正体に気が付いたのか、盗賊は苦しそうに恨み言を言った。


「お前らは、一体どこの誰だ? 誰の命令で動いている?」


「神様の命令だよ。お前は背信者だ」


「なにを世迷いごとを……」


「あんたはつえぇ。その才能が俺にもあれば、また違った人生になったと思うな。あばよ。革命、万歳!」


 賊はそう叫んだ後、苦しそうに首を抑えて、そのまま動かなくなった。


「歯に毒をしこんでいたのか……」


 暗躍者の常とう手段だ。同じように、もう一人の男も自決した。

 くそ、負けた時は速やかに自決か。単なる雇われ犯罪者ではなく、信念に基づいて動いているやつらということしか、わからなかった。


 綺麗ごとかもしれないが、こんな風に人の命をチェスの駒のように扱う奴が、国のトップになっていいのかよ。


 虫唾が走る。


「くそっ!!」

 俺は、行き場のない怒りを空にぶつけた。


 ※


 俺たちは、無事に追っ手を撃破し、イブラルタルの本部まで到着した。ここは、ある意味では世界で一番安全な要塞だ。課長級クラスよりも上なら、ほとんどがA級冒険者で、凄腕の剣士や魔術師がウロウロしている。


 領主様を連れて、俺たちは地下の作戦会議室に移動した。ここは特に安全で、地上でS級冒険者の爆裂魔法が炸裂しても、無傷なように設計されている。


 すでに、他の選帝侯も幹部に護衛されて到着していたようだ。


「みんな集まっているな」

 領主様は、同僚たちを見つけて安心した顔になっていた。


「フランク様もご無事に何よりです。今では、あなたが王権代理者ですからな」

 ほかの選帝侯も領主様が無事で安心したようだ。


「この国は、王国になってから久しいのだから、我々の呼び方も"選帝侯"から"選王侯"にしたほうがいいと思うがね。なにぶん、貴族は伝統を重んじる。帝国時代の伝統は、なかなか改めることができないのがネックだね。まぁ、それは、今回の事件が終わってから、考えればいいだろう。それでは、諸君、対策会議をはじめようか? 現状説明は、ミハイル副会長にお願いしていいかな?」


 愛用の眼鏡をかけて、領主様は仕事モードになった。

 現状の会議室には、7人の選帝侯とギルド協会本部にいる局長級以上の幹部と、オブザーバーとしてナターシャが参加している。


「はい。現状では、クーデター軍はミラルの王宮と官庁をすべて掌握していると思われます。クーデター軍の正体は、不明です。しかし、マッシリア王国軍の一部が参加していると、避難民の証言が取れています」


「なるほど。こういう時は、なにかを要求したり、自らの大義名分を発表するものだが、なにか言っていないのか? それと、国王陛下と宰相閣下たちの安否は? 王太子様も気になる」


「今のところ、何も発表がありません。要人たちの安否も不明です」


「まったくもって手詰まりということか。だが、このままでは、世界経済の中心である我が国が無政府状態となるぞ。そうなれば、世界は大混乱では済まされない。帝国時代の我が国の行為によって、他国からは恨みを買っている。このままでは、人類同士の激しい戦争を誘発しかねない」


 会議室が暗い雰囲気になる。


 俺は、いまいち状況が飲み込めないので、ナターシャに解説を求めた。彼女は、俺の耳元で小声になって解説してくれた。


「マッシリア王国は、100年前までマッシリア帝国という世界最強の国家でした。帝国は、魔王軍との戦争を口実に、人類側の陣営を強権的に統一していたんですよ。でも、その強権が仇となって、反乱が発生し、帝国は崩壊したんです。それによって、ギルド協会の独立性が強まって、国家を監視する監察権も付与される法令整備がはじまったんです」


「ああ、そういうことか。たしかに、歴史の授業で、聞いた記憶がある」


「その帝国時代の記憶によって、他国からマッシリア王国は、危険視されているんです。恨みもたくさん買っている。このままクーデターで内乱状態が続けば、治安維持を名目に他国の軍事介入が起きるかもしれません」


「治安維持を口実にした復讐か。そうなれば、最悪だな。下手をすれば、南海戦争以上に悲惨な状況になる」


「はい……」


「ありがとう」


 くそ、事態が長引けば長引くほど、おかれた状況が悪化していく。


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