第121話 辺境伯暗殺

 それは、まるでスローモーションのように見えた。

 女暗殺者から放たれた火の矢が、ゆっくりと領主様に近づいていく。

 護衛の兵士が、身を挺して守ろうと近づくものの、彼らの動きもとてもゆっくりだった。


 時間が停止した状況で、歴史が一発の凶弾で変わろうとしている。

 ここで、暗殺が成功すれば、人類の歴史はマイナス方向に向かって動き出すだろう。


 暗殺者は、勝ち誇ったように笑っている。

 もう、凶弾は止めることができない。そう確信しているからだ。


 そう、、この暗殺は止めることができなかった。


 だが、準備していないわけがないだろう?


 これもすべては、俺たちの計画通り。


 火矢は、領主様の眼前で、魔力を保つことができずに崩壊していく。

 そこには、まるでバリアでもあるかのように、矢は瞬間的に溶けてしまった。


「まさか、魔力除去魔法マジックキャンセル!?」


 アサシンは一転して絶望した声に変わっている。正解だ。この会見に暗殺者が忍び込む確率は高い。だからこそ、俺とナターシャとマリアさんで、壇上には強力な対魔力結界を作っていた。


 世界トップクラス3人が協力して作った3重の魔力結界だ。

 S級冒険者の攻撃魔法ですら、無力化できる。


 ダブルマジックで、スピードを極限まで上げておいた俺は、すぐさま暗殺者に近づいた。

 暗殺者は、盗賊たちと同じ様に自害しようと、薬をかみ砕く動作を見せたが……


「遅い。そうなるのは、さっきの戦いで学習済みだよ」


 瞬間移動したかのような俺の動きに、暗殺者は驚き動作が緩慢になる。

 俺は、そのまま催眠魔法を直撃させた。


 一瞬で、暗殺者の意識を奪い拘束した。


「やべぇな、あれが世界1位の戦い方かよ」

「あの女、ろくに抵抗することもできなかったな」


 記者たちも騒然となって俺たちを囲んだ。


「さすがです、センパイ!」

 すべてが終わったことを確認して、ナターシャが俺に近づいてきた。


「衛兵さん、この暗殺者の手足を拘束して独房へ。どこかに、毒物を隠し持っているかもしれません。気をつけてください」


 ナターシャがテキパキと衛兵に指示をする。口の中に隠されていた毒薬を誤飲させないように、丁寧に処置して、自分も衛兵とともに牢獄へと向かった。


「先輩、とりあえずこの女性は私とマリアさんが、尋問します。手荷物に何か手掛かりがあるかもしれませんし。先輩は、ここで領主様たちの護衛をお願いしますね」

「ああ、頼むよ」


 俺は、暗殺者の調査を二人に頼んで、護衛の位置に戻った。


「皆さん、私は無事です! ご安心ください。ギルド協会はみごとに私の命を救ってくれました。感謝いたします」


 領主様は、暗殺者がいなくなったことを確認し、演説を再開した。


 本来なら、まだここは危険なので、裏に避難してもらいたいんだけど、避難を促した副会長を領主様は制止して続ける。


「このように、私は正式な法手続きを踏んで、王権代理者となりました。しかし、卑怯にもクーデター軍は法手続きを無視して、私を殺そうとした。自分が思い通りにならなければ、承知しないのです。このような幼稚な愚行を実行する者たちに、国家の運営などができるわけがありません」


 根っからの政治家だな。自分の危機ですら、それをチャンスに変えてしまう。


「私たちこそが、正式なマッシリア王国政府です。今回の件で、それがはっきりしたと思います」


 会場は、記者たちの熱気と拍手で満たされた。


 ※


 世論工作のような素晴らしい演説も終わり、俺は領主様を安全な地下会議室に移動させて、ナターシャと合流した。


「お疲れ様です。先輩!」

「なにかわかったか?」

「ずいぶん、たくさんの毒物を体に仕込んでいました。催眠魔法以外で拘束していたら、たぶんダメだったはずです」

「そうか……」


 本当に、何なんだよ、こいつらは?

 目的に失敗したら、潔く自決するなんて……


「とりあえず、手荷物からは、身元を特定できるものはありませんでした。でも、ひとつだけやってみたいことがあるんです。マリアさん、先輩、少しだけ離れていてくださいね」


 ナターシャは、女の体に向かって手をかざした。


 なるほど、解析魔法か……

 ナターシャの解析魔法は、体の悪い部分や魔力に影響を受けている個所、服用している薬品の成分なども分析できるらしい。


 医者としての彼女の実力はトップクラスだからな。

 なにかわかるかもしれない。


 数分で、解析は完了した。


「なにかわかったか? ナターシャ?」

「これは……」


 ナターシャは、あわてて暗殺者の首筋を確認した。

 変な色のあざがそこには、あった……


洗脳薬草マジカルブレイニング!!」


 たしか、人を洗脳状態に誘導しやすくなる薬草だったな。そして、それをよく使っていた団体を、俺はよく知っている……


「もしかすると、こいつは邪龍教団の関係者か!!」

 俺が声を荒げた。また、エレンか……

 あいつは、一体……何人殺めれば、気が済むんだ……


「その可能性が高いですね、薬草を調合するには、高い魔力が必要ですから……」

 ナターシャも、エレン主犯説を推している。

 そんな危険な薬草を調合できる奴なんて、世界でも数えられるくらいしかいないはずだ。


「とりあえず、副会長に報告して来よう」

「そうですね……」


 ※


「そうか、邪龍教団の関係者の可能性が高いんだな……それは厄介だ」

 会議室の面々に、暗殺者のことを報告すると、一同は苦々しい顔になっていた。


「邪龍教団がクーデターに関与しているとなると、おそらく元・S級冒険者ふたりが首謀者である可能性が高いことになるな? 特に、ニコライがクーデター軍にいるとなると、排除するのは難しくなるな」

 領主様は、副会長と顔を見合わせると、首を振った。


 エレンだけでも、一国の軍隊に匹敵するほどの能力を持つのに、元世界最強であり、堕落した英雄も一緒だというと、国と国との本格的な戦争規模の犠牲を覚悟しなくてはいけない。


「計画の練り直しが必要ですね。アレク官房長を突入させれば、事件は解決のような楽観論は封印しなくてはいけません。フランク卿、一度、ギルド協会の方で計画を策定します。少々お待ちください」

「お願いしよう。それから、ギルド協会の魔力回線を貸してはくれないかな? 話をしたい奴がいるんだ」

「わかりました、手配します」

「頼む、できれば人払いをしておいて欲しい」

「それでは、こちらに……ほかの方々は、仮眠室で休んでいてください」


 ありがたい。さすがに、いろんなことがありすぎて疲れていた。

 このまま、戦争となるかもしれないから休める時にやすんでおかないとな。


 領主様は、副会長に伴われて、魔力制御室に移動した。


 ※


―魔力制御室―


「ああ、私だ。フランクだ。久しぶりだな」

「なんだい、この夜更けに?」

「なんだとは、なんだ。一応、キミの担当範囲だろう? いくらミハイル君にすべてを任せているとはいえ……」

「めんどくさい案件を押し付けるつもりだな?」


「わかっているだろう? 責任をもってくれということだよ」

「だが、この状況で、動いたら、各国を刺激することにもなりかねないよ?」

「大丈夫だ。大義名分は、こちらにある。多少の反発こそあれ、キミが動くことができる正当性は確保できている」

「儂が拒否したら?」


「すでに、キミが属する組織は動いているんだよ。そんなワガママは通用しないだろう? それに、キミには、監察権と監督権があるだろ? 一番適した人材だよ」

「ニコライがいるんだろう? 返り討ちにあうかもしれない」

「ぼろを出したな。私は、ニコライが関与しているなんて、まだ一言も言っていないよ? やる気まんまんじゃないか」

「古だぬきめ……」

「誉め言葉と受け取っておくよ。やってくれるよね、これは、マッシリア王国王権代理者としての、正式な依頼だよ。キミ、いや、に向けての正式な要請だ。拒否する場合は、正当な理由を示してほしい」

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