第116話 写本
「では、ビジネスの話はこれくらいにして、本題の食事でもしましょうか」
領主様の口調はすっかり元に戻っている。落差が激しい。いやでも、ナターシャもそうだよな。冒険以外で久しぶりに、本気モードを見たが、なんかこうカリスマみたいなオーラがあった。
その点、俺ってカリスマ性ないよな~
そんな風に自虐していると、食事が運び込まれる。
前菜は、フルーツを生ハムで巻いたものと海鮮マリネ。この近くは、内陸部ということを考えると、すさまじい贅沢だな。
次に、ベーコンとオニオンのスープ。
バターが香る魚のムニエルに、口直しのシャーベット。
肉料理はキノコソースのチキンソテー。
デザートは、クリームブリュレだった。
うん、普通にフルコースだ。こんなの王国の晩餐会に招待された時くらいしか食べられない贅沢なのに……
これが領主様の権力の大きさを象徴しているんだろうな。
高齢の老政治家は、フルコースをペロリと食べきってしまう。
「さて、キミたちは優秀な仕事のパートナーだ。食事も終わったことだし、私に聞きたいことがあるんだろう?」
そう、ここからは冒険者として、歴史家としての領主様に用がある。
「はい! この付近の村に伝承されている古代にあったとされる魔法都市のことをお聞きしたいと思っています」
「なるほど、歴史家としての私に話があるのだね? そして、今のキミは、ナターシャ執政官の婚約者ではなく、冒険者でありギルド協会官房長としての発言ということだね?」
彼は、念を押す。
「そう思ってもらって構いません」
俺たちが、副会長さんたちの和平派に属することは言わない方がいいだろう。下手にこのことを漏らせば、俺たちは裏切り者ということにもなりかねない。
「なるほど……ならば、お答えしなくてはいけませんね、官房長閣下。たしかに、この村付近にだけ、古代に存在した空中魔法都市の伝承が伝わっているのは、把握しています」
「歴史家としてのあなたの見解をお聞かせください」
「学術的に言えば、あくまで神話の世界の話だとしか言えませんね。ほかの地域には、そのような伝承もなければ書物や遺跡も見つかっていない。存在を証明することは不可能に近い」
「では、あくまでフィクションに過ぎないと?」
「ええ、学者としての私の見解はその通りです」
「含みがありますね。何か、別の可能性をつかんでいるのではありませんか? 少なくとも、あなたがなにかを隠しているように見えます」
「ここからは、学者としての意見ではありません。あくまで、妄想の話です。まずは、こちらをご覧ください」
領主様が目で合図を送ると、執事さんが本のようなものを運んできた。表紙は幾何学的な図形が並んでいた。
「これは?」
「実は、辺境伯領内の遺跡で出土したなにかの写本です」
「写本?」
「ええ、私は暫定的にこれを、
※
「天界文書ですか……」
「左様。この写本の中身は、古代文字で書かれている。そして、この古代文字は、現在は完全に廃れてしまったもので、もう誰も読むことができないものだ。そう、まるで、東大陸の王立博物館にある"天地
「あの図ですか……魔物から虐げられていた人間の前に降臨した光の天使の伝説」
「そう、この写本にも実は絵がついている。眺めてみるといい」
俺たちは、慎重に写本をめくまった。長い年月遺跡に眠っていたはずなのに、まるで生まれたばかりのようにインクのにおいまでしてくるようだ。
ページをめくると、精密な植物の模写とおそらくその説明が何ページも書かれている。
次の章では、植物と天体が重なるように描かれている。
その次のページは、色鮮やかな鉱物が――
自然科学の本なのだろうか?
「どうだい、おもしろいだろう?」
「はい、とても美しい絵ですね。なにかの植物の模写ですかね」
「ああ、私もそう思っていろいろな図鑑をあたってみた。ナターシャ執政は、植物にも詳しいだろう。この植物が何かわかるかい?」
ナターシャの顔はなぜか、青白い。
「こんな植物、見たこともありません」
「えっ?」
あのナターシャでも知らない植物なんてあるのか……薬草を作るため、神官は植物に詳しい人が多い。その中でも、ナターシャは最高クラスの知識を持っているはず。
「そう、この植物は、現存するどの植物でもない。もしかしたら、古代種で既に絶滅してしまったかもしれない」
ありえる話だ。この本が書かれて、もう数千年が経過しているだろうしな……
「だが、この本の本質は、次の章からだよ。めくってみてくれ」
俺たちは促されて、ページをめくる。
先ほどの植物が、少しずつ人間に変わっていく様子を図解されていた。
植物から、卵のようなものが生まれて、それが胎児のような形になり、少しずつ成長していく。
これは……
まさか……
「キミたちは、たぶん私と同じ感想を持つだろうね。
俺たちは、無言で同意する。
植物と鉱物で、生命を作り出したとしか思えないような図が並んでいる。
だが、それは人間が踏み入れていい領域の話なのか? 俺は、考えるだけで嫌悪感を抱いてしまう。
「そして、この本の最終ページを読んでみてくれ」
最終ページには、ただ一文だけが書かれている。
それも、なぜか俺たちが読める言語で……
※
「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」
※
「どうして、このページだけ、現代の言葉で書かれているんですか? 後から付け足されたとか?」
ナターシャは知識欲の権化となって、領主様に質問する。
「私もそう思った。しかし、このインクを魔力鑑定で調べてもらったんだが、他のページとほとんど同年代ものと断言されたよ」
「……」
ますます、意味が分からない。
「そして、この写本が書かれた年代は、おそらく"天地開闢の図"が完成した時期と一致するらしい」
「じゃあ……」
「ああ、天地開闢の図とこの天界文書は、古代文明の残した遺物。通称、"始祖の遺産"ということになる」
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