第115話 政治家としての辺境伯

「ようこそ、いらっしゃいました。アレク様、そして、ナターシャ様! 本来ならばこちらが出向くのが筋なのでしょうが、なにぶん足が不自由でしてね。こちらに、招待という形にさせていただきました」


 安楽椅子に腰かけた白い髪とひげを持つ優しそうな老人が俺たちを出迎えてくれる。


「申し遅れましたな。私が、このグランドブルク地方の領主であるフランクです。以後、お見知りおきを……」


 老人は、足が不自由ということで、座りながら俺たちに挨拶した。

 グランドブルク辺境伯フランク候。


 皇帝の選定権を持つ選帝侯にも名前を連ねる大貴族だ。


「アレクです」

「ナターシャです」


 俺たちも、挨拶する。


「まだ、夕食には早いですな。どうですか、お茶でも飲みませぬか?」

 そう言って、右手を動かすと、若い執事がティーセットを運んできてくれた。


「まったく、歳は取りたくないもんですね。誰かの助けがなければ、茶すら飲めない。まったく、元気なら、S級冒険者様にご足労いただくこともないんですがね」


「いや、俺はしょせん、一冒険者ですし……」


「なるほど、噂通り、謙虚な人だ。もし、有事であれば、私は、あなた方の指揮権に入りますし、S級冒険者には、貴族に対する審査権が付与されていますからね。実質的に、私はあなた方には、頭が上がりませんよ」


 そういえば、昔、そんな説明をされたかもしれない。正直、戦場では一兵卒くらいの気持ちなので、自分がそこまで巨大な権限を持っているつもりはないんだけどな。


「まあ、今回は単刀直入に聞きましょう。村長たち経由からナターシャ様の計画、私も聞かせてもらいました。領主として、腹を割ってお話させていただきましょう」


 やっぱりか。さすがに、ナターシャの計画は大規模なものだ。

 いくら、放任主義の領主様とはいえ、勝手にやられてはおもしろくないかもしれない。


「私の計画は、領主様の利益にも見合ったものだと確信しています。そして、今回のご招待は、ビジネスパートナーとしての密談だと考えておりますわ」


 珍しくナターシャは貴族のような口調になった。そして、メチャクチャ暗い笑顔だ。これは、完全にビジネスモード。


「ほう? それはどうしてですか?」


 老紳士も穏やかだが、冷たい笑顔になる。やばい、これは政治家同士の化かし合いの予感だ。現場第一主義の俺が苦手なやつだ。


「私の計画は、領主様が考える統治の本質にのっとっているからです」

「統治の本質?」


「領主様は、一見すれば、放任主義にみえます。でも、あなたの統治法は、一貫とした信念があると思うんです。例えば、ギルド協会本部の誘致です」

「……」


「協会本部をイブラルタルにおくというのは、反対意見も多かったと聞きます。魔王軍の標的になるかもしれませんからね。でも、珍しくあなたはそれを強行した。それは、政治家としてのしたたかな打算があったと考えるべきですよね?」

「続けて欲しいな」


「あなたは、軍港としてしか活用されていなかったイブラルタルに、ギルド協会本部をおくことで、巨大な経済力と軍事力を手にすることができた、違いますか?」


 そうか……ギルド協会本部をそこに設置すれば、本部職員を含む多数の人間がそこに新しく居住する。その人間を食べさせるために、商業や流通が発展する。そうすることで、経済は発展し、人間が動くことで、豊かになっていくのか。


 領土に大都市を抱えれば、それだけ領主の収入は増えていく。


 ナターシャは言っていた。領主様は、安全保障ではほとんどギルド協会に委託している。ギルド協会本部には、世界最強クラスの冒険者たちが集まっている。下手な軍隊よりもはるかに強力な軍事力に守られることになる。


 委託料という最低限のコストで世界最強クラスの軍事力を利用できる立場にいるということか……


 つまり、この辺境伯領は、潜在的な超大国……

 おそらく、本気を出せば世界最強の国家になりうる。

 

 この領主様は、もともと魔王軍との最前線であった辺境を一代にして、その地位まで急成長させた希代の政治家というわけか。


 人のよさそうな顔をして、すさまじいタヌキなんだな……


「フフフ――カワイイ顔をして、とんだ政治家さんのようだね、キミは……」


 タヌキは、否定も肯定もしないで笑う。こういう時は、無言のイエスか……


「そして、私の計画は、領主様の計画を補完できるものになっていると思います」

 俺の頼れる後輩は、一歩も引かなかった。


 ※


「補完? どうやって?」

 さきほどの優しそうな紳士モードからうって変わってドスの利いた声になる領主様。


「領主様の計画は、ある意味では領域内の格差を作り出すことで可能になった側面があります」

「格差?」

 よくわからないので、俺も会話に混ざった。


「はい! 領主様のプランは、流通を整備しやすい領内の沿岸部を中心に発展させるものでした。人口が急増するイブラルタルを中心にして、その周囲を大きな都市圏にしてしまう。そうすれば、資源が有効に使えて、最も効率がいいからです」


 たしかに、この辺境伯領内はイブラルタル付近が過密なくらい人がたくさんいる。


「その計画なら、イブラルタル付近の村には、かなりの恩恵があります。大都市に食糧を供給する必要がありますからね。もともと、イブラルタルは軍港ですし、軍事物資を運ぶための道が整備されていました。つまり、元からイブラルタルとつながっていた村や町までしか、恩恵を受けることはなかった。違いますか?」


「否定はしないよ」


「逆を言えば、イブラルタルへ行くことが大変な場所は、発展から取り残されてしまいます。それが私たちが住んでいる村や隣の村です。ここは、大都市圏から外れているため、恩恵にあずかれていない。つまり、領域内で格差が広がっているのが、辺境伯領の問題です。そこで、私の計画が登場します」


「私が効率を重要視して、切り捨てた場所を発展させるのか?」


「そうです。発展が遅れている場所は、言い換えれば、まだまだ伸びしろがある。そして、私たちの村や隣村は、食料供給の場所として、かなり有望です。あの村の周囲を発展させることで、イブラルタルにも恩恵がありますし、領域内の格差問題にも対処できるはずです」


「たしかに、キミの計画は魅力的だ。だが、肝心の予算はどうするんだ? キミたちは、冒険者として大成功を収めているが、そのプランを推し進めるには、国家予算規模のお金が必要になる。超人のようなアレク官房長に頼るだけでは、あくまでも絵空事ではないか?」


「大丈夫です。そちらに関しては、ミハイル副会長との個人的なつながりも利用します。人類側の一大拠点であるトラル海上要塞が大きなダメージを受けた以上、世界的な観点から、イブラルタルの重要性は上がり続けています。付近には、新しい海上要塞建設も噂されています。世界中から、さらなる人や物の流入が予想されるなかで、現状の供給だけで果たしてさらに大きくなる都市をまかないきれますか?」


「……。ギルド協会からもそれを口実に資金援助を得るつもりか……」


「そうです」


 ナターシャは、断言した。その力強い言葉からは、彼女の覚悟が伝わってくる。


「わかった。ならば、私もその話に加えさせてもらおう。まずは、ナターシャ君を、辺境伯領の南部執政官に任命させてもらう。この肩書があれば、キミはもっと動きやすくなるだろう。定期的に、私に連絡をくれればいいよ。好きなようにやってくれ。白紙の委任状をキミに預ける」


「謹んでお受けいたします」


 政治家ふたりは、妥協点を見つけて手を結ぶ。

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