第114話 村の伝説
「そうだ。おふたりは、村の救世主でもある。わしらが、こうして冬でも家畜を生かすことができるのは本当におふたりのおかげだ。本当にありがとう。これで我々の生活は豊かになるよ」
老婆は、そう言って俺たちの手を取った。
「俺は、何もしていませんよ。全部、ナターシャの知識のおかげですから」
「それは違いますよ、アレク様。ナターシャ様は、あなたがいなければ、自分は救われなかったと言っておりました」
「村長さん! それは、恥ずかしいから秘密ですって言ったじゃないですか!!」
老婆の言葉を聞いて、ナターシャは慌てていた。
「いいじゃないか、ナターシャ様。どんな天才でも、そこまで才能を開かせるには、周囲の協力が必要なんじゃよ。才能にうぬぼれて、その才能に溺れてしまえば、周囲をないがしろにして、自分の才能まで枯らしてしまうんだ。このおいぼれは、そういう輩をたくさん見てきましたからな」
彼女の言葉によって、俺はニコライのことを思い出した。
ニコライは、自分の名声と才能に潰されたんだ。
あいつは、世界最強の冒険者として、間違いないほどの能力を持っていた。あのまま道を踏み外さなければ、伝説級冒険者は確実視されていたし。
だが、あいつは誰かに頼ることができなかったんだ。才能から生まれるプライドで、だれも信用できなかった。
そして……
逆に、俺がここまで来れたのは、ずっと頼れる人たちがいたからなんだよな。
村が襲われた時は、エカテリーナに……
すべてを失ってからは、叔父さんと叔母さんに……
学生時代と今はナターシャに……
俺はずっと助けられ続けている。
「実はですな、おふたりさん。この近くには、古代の賢者が封印したとされる宝物が眠っているという伝説があるのですわ」
「伝説の宝物?」
「そう、冒険者制度ができる前のお話です。かつてこの世界には、天空に浮かぶ魔法都市というものが存在したとされるのじゃ。その天空の魔法都市の秘術が、この村の近くに眠っているとされている」
「そんな話は聞いたことがありません」
ナターシャが知らないとなると、よほど珍しい話らしい。
「だろうな。この話は、実は村長から一子相伝の形式で伝えていかなければいけないとされておる。儂以外なら、あのバカ息子しか知らんはずだ」
「どうして、そんな大事なことを、俺たちに教えてくれるんですか?」
「それはね……この村にいつか来るであろう救世主が、その秘術で世界を光に包んでくれると言われているからじゃよ。この寒村を、知識という武器で救ってくれたおふたりに教えるのなら、ご先祖様も許してくれるだろうよ」
「ひとつだけ教えてください。その魔法都市は一体、どうなったんですか? 今でも空に浮かび続けているんでしょうか?」
「ナターシャ様に教えられるほどの知識をこれ以上、儂は持っていないよ。魔法都市がどうなったのかも、伝説の秘術が、どこに眠っているのかもわからない。すまないな」
「いえ、でも、教えていただきありがとうございます」
さすがに、これだけの情報じゃ、その秘術を見つけることはできないだろうな。
探す場所が膨大だし、この付近は足場だって悪い。
「だがな、ひとつだけ手掛かりがある」
「「えっ?」」
「この付近一帯の領主様を訪ねるといい。彼は、少し変わり者だけど、優秀な歴史学者でもあるんだよ」
※
俺たちは、隣村からの熱狂的な歓迎を受けて次の日には帰路に就く。
さすがにあの熱狂ぶりのせいで、休めなかったので、「もっとゆっくりしていってくれ」という村民さんたちのお願いをなんとか振り切り、家に戻った。
「もっと、ゆっくりしていけばよかったのに~」
ナターシャはそう言って俺をからかう。
「俺は注目を浴びるの、苦手なんだよ」
「知ってますよ」
「おいっ!」
~翌日~
「アレク様、ナターシャ様! 起きていらっしゃいますか?」
早朝、村長さんが俺たちを起こしに来た。
俺は、剣の素振りを、ナターシャは、朝食の準備をしていた。
俺たちは手を止めて、村長さんを出迎えた。
「おお、よかった! 実はですな、この地域の領主様から、突然連絡があったのです!」
「領主様ですか……それで、その領主様が、俺たちに何か用事ですか?」
数日前に、領主様に用事ができたばかりなのに……まるで、狙いしましたかのような絶妙なタイミングだ。
「実は、おふたりとお会いしたいので、今晩、食事会でもしないかとのお誘いの連絡です。値が張る速達便で、おふたりに連絡がきたので、よっぽどの用事なのではないでしょうか?」
「断るわけには……」
「……いかないですね」
俺たちは、少しだけ恐怖を感じながら、領主様のお誘いを受けた。
あまりにも、タイミングが良すぎるからな。
警戒して、準備をおこなった。
※
「ナターシャ、ドレス持っていたんだな」
馬車に揺られながら、俺たちは目的地を目指す。
「私だって、一応、貴族の娘ですからね。家においてあるんですよ。荷物になるんで、冒険するときは家においていくので、ほとんどレンタルですが……」
「立派なもんだ。俺は慌てて、村長さんから礼服借りたんだし」
ナターシャは珍しく黒いドレスに身を包んでいた。
俺は村長さんから借りたちょっとヨレヨレの礼服……
俺もギルド協会の幹部になったんだから、ちゃんとした服も持っておかないとな……
ちょっと、反省した。
「着きましたね。あそこが、村長さんが教えてくれた領主様の屋敷です」
平原と森の間に、大きな白い屋敷が建っていた。
広い敷地と、手入れされた庭。
まさに、貴族の屋敷だな。
俺たちは、馬車を止める。
「お待ちしておりました。S級冒険者のアレク様と、ナターシャ様ですね? 主人がお待ちです。こらちへどうぞ!」
若い執事は、礼儀正しく俺たちを案内する。
広い廊下。ところどころにアンティーク調の装飾品。
いくつもの王宮も冒険中に入ったことはあるが、ここは特に贅沢なつくりだ。
ここの領主様は、たしか辺境伯。
「なぁ、ナターシャ? 俺、いまいち貴族の爵位とかわからないんだけどさ。辺境伯ってどのくらい偉いの?」
「辺境伯は、他の爵位とは少しだけ違うので、説明が難しいんですが……元々は、軍事権を持つ地方の長官職を指す言葉から派生しています。地方の長官の中でも、戦争や国境の最前線に近い領土を統括する貴族に与えられる爵位です。私の父は伯爵ですが、父よりも立場は上です。軍港である"イブラルタル"を含む領域を統括し、魔王軍との戦争の最前線に位置しているので、権力は絶大です。ギルド協会本部が、イブラルタルにあるのも、この領主様が誘致したからと聞いたことがあります」
「そんなにお偉い人からの誘いだったのか……」
「領主様は、後継ぎもなく高齢なので、この地域の安全保障分野ではほとんどをギルド協会に委託しているんです。それがなければ、独自の軍事力ももつことを許されています」
「じゃあ、もしかしてほとんど王様と変わらないんじゃ?」
「そうですね。最低限の制限はありますが、独自の軍事力と経済力を併せ持っていますし、もし仮に領主様が反乱を起こせば、すぐさま西の大陸は内戦に陥ると思いますよ?」
「やばい、怒らせたら、俺の首が飛ぶ」
「それはないですよ。だって、先輩は「S級冒険者」兼「世界最高戦力」兼「協会本部官房長」兼「海軍客員中将」ですからね。意識はしていないと思いますが、
「えっ?」
なんか不吉なことを聞いてしまった気がする。
だが、ナターシャの説明が終わる前に、領主様が待つ部屋の扉が開いた……
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