第113話 隣村
俺たちは数日、村でゆっくり体を休めた。
ドルゴンたちに夕食に招かれたり、ナターシャと一緒に本を読んだりして、ほとんど何もしない贅沢な1日を過ごす。
さすがに魔王軍も、南海戦争の大敗によって軍の再編を迫られているはずだ。
幹部をこれ以上失うわけにもいかないだろうから、無理にどこかで戦端を開くようなリスクは取れないはず。
この近くの目立った魔獣は、ほとんど狩りつくしたので、本当に休暇を楽しめた。盗賊団も、この村はS級冒険者の縄張りだという噂が広まっているので、もう寄り付かなくなってしまった。
ということで、この村の近くは俺たちが住む以前とは、比べ物にならないくらい安全だ。ここにA級クラスの魔獣や盗賊団たちがいたなんて、思えない。
「今日はどうする?」
雪もほとんど解けているので、今日は少し外にでたい。
「なら、隣村に行ってみませんか?」
「隣村か……たしか、ナターシャが言っていた畜産の拠点にしたい場所だよな?」
「はい! 私は行ったことがありますが、先輩はまだ行ったことないですよね? ここから2時間くらいなので、お散歩がてら遊びにいてみませんか?」
「まあ、予定もないし、行ってみるか!」
そう言って俺たちは、外出の準備をする。
※
さすがに冬だから、寒い。
2時間ほど馬車に揺られて、俺たちは隣の村にやってきた。
「ここですね」
馬車の中には、ポテトやオニオンなどの保存がきく野菜やピクルスを持ってきている。
向こうの村の牛乳やチーズと交換してもらう予定だ。なんでも、冬場の野菜は貴重なので、向こうの新鮮な牛乳と喜んで交換してもらえるらしい。
「ずいぶんと広い村だな。まあ、酪農とかをやっているわけだから、当たり前か!」
俺たちは、村の外に馬車を止めて、こちらの村の代表者のところに挨拶に行く。
「おやおや、ナターシャ様じゃないか。わざわざ来てくれたのかい? ありがとうね」
この村の代表は、老婆だった。茶色の髪をもった優しそうなおばあさん。
「ええ、今回は野菜と乳製品を交換してもらおうかなと! こちらのポテトとカブの栽培は順調ですか?」
「うん、まだみんな慣れないから、かなり苦戦しているけどね。うちの息子も、腰が痛いといつも弱音を吐いているよ。情けないわね~」
そう言って、ナターシャは老婆と談笑する。
「そういえば、脇にいる男の子は、ナターシャ様の彼氏かい?」
その言葉に、俺たちは悶絶した。
「ああ、こちらは私の婚約者のアレクです!」
ナターシャは、悶絶から回復して、俺のことを紹介してくれた。
「どうも、アレクです!」
俺の自己紹介を聞いた時、椅子に座っていた老婆の息子さんが驚いてコップを倒して、水をこぼしてしまう。
「うわわ、もしかして、あなたは、世界最強の冒険者のアレク様ですか!! うわ~、本物だっ!! 新聞の話は嘘じゃなかったんだ……」
「どうしたんだい、バカ息子! そんなに慌てて」
「母さん、その人は、世界最強の冒険者様なんだぞ! 史上最年少でS級冒険に名前を連ねて、またまた、最年少でギルド協会の最高幹部入り! 魔王軍幹部3体の撃破に関与してて、この前、起きた南海戦争では、魔王軍最高幹部を打ち破った世界の英雄なんだよ」
「ということは、あれかい! あんた、いつも新聞に書かれているギルド協会のアレク官房長様かい? あの冒険者の最年少記録を塗り替えているってみんなが話題にしている!」
「そうだよ、母さん!!」
「「ひゃああああ」」
親子は、顔を見合わせて奇声を発した。
「よし、村の者たちに連絡して、宴の用意じゃ! この村始まって以来の有名人の来訪だ。早う、用意するのじゃ、バカ息子!!」
「イエス、マム!」
息子さんは、暴走気味に家の外にでていく。
「あの、おふたりともそんなに気を遣わないでくださいね」
ナターシャの声は、届くはずもなかった。
※
なんやかんやで、隣村で俺たちの歓迎パーティーが開かれることになってしまった。
ナターシャは苦笑いしながら、俺と一緒にパーティーに参加している。
「皆の者! こちらが村の救世主であるナターシャ様と、その婚約者であり、世界最強の冒険者でもあるアレク様だ!! この度は、二人の来訪を記念して盛大に楽しもう!」
老婆の息子さんは、テンションが高い。
「あれが、世界最強の男か……」
「ギルド協会ナンバー3……」
「史上最年少のS級冒険者……」
「魔王軍最高幹部のリバイアサンと互角の勝負を繰り広げた現代の英雄……」
村の人たちの目が輝いていた。
「「「「カッコイイ」」」」
いや、俺そんなに女性ファン多くないんですよ? 前のパーティーの時でも、カッコよさはニコライに、筋肉量ではボリスに負けていたし……
「やっぱり、凛とした雰囲気がたまらないよな」
「それも、魔法も剣もどちらでも使いこなせる才能ってすごいよな」
「魔力に関しては、世界最強の使い手だろう? ヴァンパイアを単独で制圧したり、海戦で敵艦隊に大ダメージを与えたり……」
「前のパーティーにいた時も、本当は世界最強だったのに、勇者に全部功績を譲ってあげていたっていう噂は本当なのかな?」
うん、それは嘘だよ!
盛り上がるみんなをよそに、俺は出された食事を見る。
シチューと黒パン、塩漬け肉にチーズと牛乳。
貴重な食料を、俺たちのために使ってくれたんだろうな。そう思うと、とても嬉しい。
俺は、牛乳を一口飲んだ。
濃厚な味わいが口に広がる。
「美味しい……」
俺は驚きの声を上げた。
「それはよかった! 実は、朝のとれたてものを出させてもらったんだ」
老婆は嬉しそうに笑う。
「今まで飲んだものと全然、味が違います。なんでこんなに濃厚なんですか?」
「それはね、街に売る時は、牛乳が痛まないように加熱殺菌して、氷魔法でしっかり温度管理されて届きますからね。でも、その工程のせいで、牛乳のうまみが死んでしまうだ。だから、この新鮮な牛乳の方がずっと美味しいんだよ」
「なるほど……」
「この美味しい牛乳が、冬にも飲めるのは、ナターシャ様のおかげだよ。本当にありがとうね」
ナターシャはいつも誰かに感謝されている。
ドルゴンたち、ハーブ園ではたらく村の人たち、この村の人たち、そして、俺も……
ナターシャの近くにいるだけでみんなが笑顔になる。
たぶん、みんなが幸せな気持ちになるから。
彼女は、この幸せな気持ちを連鎖させたいんだと思う。
それが、"経済圏"という考え方。
みんなが豊かになれば、幸せな気持ちはどんどん広がっていく。
現代の聖女様。
ナターシャは、こう呼ばれると大抵、照れて、「そんなんじゃないですよ」と謙遜する。
でも、やっていることは、まさに聖女様だ。
戦場で傷ついた冒険者を助けて、難民キャンプで苦しんでいる人たちを治療し、自立できるようにいろんな知識で支援する。
その今までの知識の総決算が、今回の経済圏構想なんだな。
俺と出会うまでに、彼女の頑張りと経験がこうして形になっている。
本当にすごいな、ナターシャは……
俺は、後輩の横顔を見つめた。
彼女は村人たちに、感謝されながら笑っていた。
この一瞬が、永遠に続いて欲しい。
ささやかな幸せに俺たちは包まれていた。
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