第112話 雪の中でイチャイチャ

「ついに、動き出しましたね。これで忙しくなります」

 俺たちは、村長さんの家を出て自宅に帰る。


「ハーブ園のほかに、随分とすごい計画をしていたんだな、ナターシャは……」

「惚れなおしました?」

「おい!」

「少しくらいデレてくれたっていいんですよ、センパイ?」

「ぶっちゃけると、ナターシャの万能ぶりに、ちょっと嫉妬している」

「えっ?」

「正直に言えば、冒険者としてなら、俺が何とか勝っているけどさ……それ以外なら完敗というか……人間としての総合力で、ナターシャのはるか後ろにいるというか……」

 

 俺は少しだけナターシャに劣等感を抱いていた。近くにいればいるほど、彼女の才能がいくつもの分野に及んでいるのが、ある意味恐ろしい。


 冒険者としては、高位な神官であり、ほとんどの人がたどり着くことができないA級に20歳の若さで到達している。

 医者としては、いくつもの修羅場で経験を積んで、研究分野でも新発見を見つけている世界的な権威。

 難民キャンプ問題では、ウーラル国との官僚たちと何度も粘り強く交渉し、お互いの妥協点を見つけて問題を解決した実績と、その問題を解決するために身に着けたであろう農業や経済の知識。

 学生時代から将来を嘱望されていた頭脳と事務処理能力。

 

 スペックが高すぎる。俺には冒険者としての実力だけしか、ナターシャに勝てない。

 こんな俺が彼女に好かれていいのだろうか?

 俺は、たまに疑心暗鬼になってしまう。


「ばーか!」

 ナターシャは、俺をからかうように言って、雪玉を投げる。


 ゆっくり投げられた雪玉は、俺の顔面に直撃した。


「冷たっ!!」

 俺が驚くと、ナターシャの両手は優しく俺の顔を包み込んでくれた。


「先輩が馬鹿なこと言うから、お仕置きです」

「真面目な話をしようとしていたのに……」

「その時点で、今日の先輩は少しだけずれているんですよ」

「えっ?」

「そんな劣等感を抱く必要なんてないんですよ。先輩が、私のことをすごいって言ってくれることは素直に嬉しいです。でもね、センパイ?」


 彼女は、本当の天女のように慈愛をこめて、俺に問いかける。


「私がこうして、頑張ることができたのも、他の人のことを頼ることができるようになったのも……全部、あなたのせい、なんですよ?」

「俺はそんな、大したことをしたおぼえは……」

「違いますよ、センパイ。先輩は、私のために命を懸けてくれた。世界の優しさを、私に思い出させてくれた。それがなければ、私は今ごろ機械みたいな人間になっていましたからね。貯めこんだ知識も、きっと誰かのために使うなんて気持ちにはならなかった」


 積もった雪に日光が反射して、彼女をより魅力的にしていた。


「だから、責任取ってくださいね、セ・ン・パ・イ?」


 ※


 俺たちは、家に帰ってとりあえず食事にした。

 雪は止んでいるが、積雪のせいで寒い。あれから、少しだけ雪合戦したから、さらに冷えてしまった。


「なにか、温かいスープを作りますね!」

 ナターシャはそう言いながら、台所に向かった。


「じゃあ、俺は適当に薪割りでもしておくわ。留守にしていたから、そんなにストックないしさ」

「助かります!」


 そう言って、俺は家の裏で薪割りをした。体を動かせば、すぐに温かくなるからな。


 ※


「先輩できましたよ~」

 ナターシャに呼ばれて、俺は家に戻ると、そこにはパンと黄色いシチューのようなスープが用意されていた。


 ほかほかに湯気をまとわせているスープからは、少しだけ甘い匂いがする。


「ずいぶんと留守にしていたせいで食材があんまりなかったので、保存食中心に作ってみました! 地下室に保存しておいたオニオンや塩漬け肉しかなくて……」

 ナターシャは恥ずかしそうに言うが、塩漬けされたベーコンはカリカリに焼き上げられているし、村長さんからもらった鶏卵は、オニオン入りのフワフワのオムレツになっていた。正直に言えば、かなり豪華な食事だ。


「「いただきます!」」


 俺たちは、そう言って食事を始める。

 まずは、温かいスープだ。ミルキーな匂いが、なんとも食欲を刺激する。


 一口飲むと、自然な優しい甘さが口の中に広がった。

 一緒にバターの香りもする。


「うまいな! このスープ!!」

「よかった! 実は、南大陸原産のパンプキンという野菜を使ったスープなんですよ。エカテリーナさんに作り方を教えてもらったんで、向こうでお土産に買ってきたんです!」

 そう言って、ナターシャは、半分に切った緑と黄色の大きな野菜を台所から持ってきた。

 たしかに向こうの土産物店においてあった野菜だった。


 あまりに重そうだから、俺が軽量化魔法をかけたから覚えがある。


「よく、エカテリーナはそんな野菜の調理法知っていたな!」

「世界中の海を航海しているから、そのせいでいろいろ知っているんですよ! エカテリーナさん!!」


 そう言って、ナターシャは俺の幼馴染を自慢する。


「ナターシャの料理は、なんでもうまいけど、特にスープが得意だよな。前に作ってくれたジャガイモのスープも美味しかったし」

「ありがとうございます。スープは、野菜の皮まで使えて無駄なく栄養が取れますし、たくさん作れますからね。冒険者用の料理として、最適なんですよ!」

「でも、あの大きな野菜からどうやって作るんだよ? 見当もつかないぞ」


「皮をむいて、中身を柔らかくなるまで煮るんですよ。柔らかくなった実をつぶして、牛乳でさらに煮込むんです。冷凍室で保存しておいたスープの素やバター、ハーブで味付けしたら完成です!」


「だから、こんなにクリーミーなのか! すごいな、ナターシャは……レシピを聞いただけで、再現できるんだもんな。俺なら絶対に失敗する」


 そう言いながら、俺たちは楽しく昼食を済ませた。


 ※


「(あなたのことを考えて、作った料理が美味しくないわけないじゃないですか?)」


 私は幸せな気持ちに包まれて、スープを口に含んだ。

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