第111話 ナターシャの野望
「経済圏?」
俺は、ナターシャの言うことを繰り返すことしかできなかった。
なんとなくしか理解ができない。
「はい! 私はこの村から世界を変えるつもりです! 先輩、この村は土壌がいいので、農作物がたくさん取れますよね?」
「そうだな。ドルゴンみたいな子どもでも、しっかり農業のことを理解しているし、貴重な白米を主食にできるくらい村の人たちは食べ物に困っていない」
「そうです! でも、この近くの村々は、貧しい生活を送らなければいけなくなっています。どうしてだと思います?」
「そりゃあ、土地が悪いから、農業がうまくできないからだろう?」
「はい! そして、生活が貧しいから、隣の村には学校のような教育機関も作れないんです。でも、この豊かな村は子供たちに勉強を教えて、効率がいい農業も学ばせることができる。そうすると、この豊かな村と貧しい村の差はドンドン開いてしまいます」
「ああ」
「でも、村の成長には限界があるんですよ」
「限界?」
「そうです! この村だけではいつか限界が来ます。村の人口が増え過ぎたら、いくら豊かな村でも支えきれなくなる。仮に、飢饉や疫病が発生して、農業ができなくなったら、たちまち食べることができなくなってしまう」
「そうだな」
「だからこそ、私たちはこの村だけじゃなくて、近くの村も豊かにしなくちゃいけないんです!」
「どういうことだ?」
「この村の近くには、民芸品を作ることが上手な村、牧畜がうまい村……たくさん、あります。でも、この地域はあくまで西大陸の辺境でしかありません。大陸全体から見れば、領主以外はこの地域なんて吹けば飛ぶくらいにしか思っていない。領主さんも税を安定して取れる場所みたいに思っているでしょう」
「政府がここを発展させる気はないということだな」
ナターシャは首で肯定した。
「だから、私たちでこの地域を発展させたいんです。みんなが笑って生活できるように……。弱い人たちは簡単に切り捨てられてしまうんです。私は、難民キャンプでそういう人たちをたくさん見てきました」
俺にはめったに語らない難民キャンプのことを思い出したナターシャは、少しだけうつむく。
「だからこそ、この場所を強くするんです。自分たちを守れるくらい豊かにして、ここを楽園にします。先輩と私ならできると思うんです」
ナターシャの目は力強く俺を見つめた。まるで、卒業式の日に俺に見せたかのような力強いナターシャだった。
「先輩。私はあなたと同じ夢を見ています。でも、夢はひとつだけじゃなくてもいいですよね?」
「ああ!」
「だから、今度は、先輩に私と同じ夢を見て欲しいんです。ここから、この村から一緒に世界を変えませんか?」
ここ最近で、共犯者にされることが多すぎるな、俺。
ナターシャは、細く白い手を俺に差し出してきた。
「もちろんだ」
俺は、彼女の柔らかな手をつかんだ。
「ありがとうございます。先輩!」
ナターシャも俺の手を力強く握る。
「これで、俺も共犯者だな」
「そうですよ。先輩も、共犯者になるのが好きですね」
「主犯が言うなよ!」
俺たちは笑う。
「それで、経済圏ってどうやって作るんだよ?」
「核心部分を突きますね。さすが先輩です! この地域がどうして、貧しいのか。根本的な原因を考えてみたんです」
「それは土地の問題だろう? あとは具体的な産業が農業関係しかないこととか」
「それも問題のひとつです。でも、農業だけで発展している地域だってたくさんあります。牧畜だってそうです。この村は西大陸でもトップクラスに生産力があります。でも、発展できていない」
「そうだな」
たしかに、言われてみれば不思議だ。この村は、貴重な白米を主食にできるほど豊かなのに……もっと発展してもおかしくはない。
「降参だ。考えもつかない」
ナターシャの頭脳にはかなわない。
「それは、この村が、陸の孤島になっているからです」
「陸の孤島?」
「この村は、孤立しているんですよ。私たちがはじめてこの村に来た時のことをおぼえていますか?」
「ああ、ドルゴンたちが迷子になっていて、二人を襲っていたデスベアーを倒したんだよな」
「ええ、あのデスベアーは、普通のB級ではなく、先輩ともある程度戦えるほどの実力を持ったA級クラスの魔獣でした。たぶん、先輩がいなければ、普通の冒険者では戦えないほど狂暴だった」
「……そういうことか」
「そもそも、この村の近くは未開の場所で、貴重な薬草があったから、私たちはたまたま寄っただけです」
「つまり、人の往来はほとんど想定されていないんだな」
「村長さんたちも、貴重な聖水を使うことでやっと、街に必要な物資を買い物に行けるような状態だったんですよね?」
「そうです。でも、おふたりがこの村に住んでくれて状況は変わりつつあります!」
俺は、村の人たちと協力して危険な魔獣をかなり駆除した。ほかに冒険者崩れの盗賊団もいたが、片っ端から捕まえたからほとんどが壊滅状態だ。
「つまり、俺たちがこの村に住むようになって、人が動きやすくなったということか!!」
「そうです。そして、人が往来すれば、それだけ経済活動が発生します。宿や旅の不足品の購入、馬車のレンタル、医薬品の製造……少し考えただけでも、可能性は無限大に広がっていきます! さらに、この近くの村々は、お互いに足りないものを補完できる状況です」
「つまり、お互いの村の足りない部分を補うように、物資の交易とかができるようになるんだな」
「はい! そして、頻繁に交易などが行われれば、その村々にお金が落ちていく好循環を作れます」
「なら、ナターシャが計画していることは、近くの村を安全につなぐ交通網の整備と村同士の頻繁な交流ということか!」
「さすがです! それが私たちの計画の最初のステップです!! 頑張りましょうね、先輩!」
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