第110話 帰宅

 ニコライの討伐クエスト、温泉逃避行、南海戦争、戦後のごたごた。

 随分と長い間、家を空けてしまった。


「やっと、帰ってきましたね」

「ああ、やっぱり自分の家に帰って来たって感じがするよ」

 俺たちは村の前でそう言って笑顔になる。


 村は一面の雪に囲まれていた。


「あっ、アレク様とナターシャ様だ!! おかえりなさい!」

 村の入り口には、ドルゴンが雪で遊んでいた。

 冬は農業もお休みなんだろうな。


「ドルゴン!! 久しぶりだな、げんきでやっていたか? というか、少し見ない間に、背も伸びたな!!」

「そりゃあ、成長期だからね!」


「そうだ、ドルゴン。約束していたお土産買ってきたぞ。南大陸原産の実から作られるチョコレートだ。甘くておいしい上に、健康にもいいそうだから家族で食べてくれ! 俺たちがいない間に、家を守ってくれてありがとうな!」


 俺は、大臣さんにもらったお菓子をドルゴンに上げた。なかなかの高級品らしいが、家と畑の管理をずっとやってくれていたドルゴンたちにあげても罰はあたらないはず。なんでも、嗜好品としても医薬品としても、南大陸では使われているお菓子らしい。


 製造方法を聞いたが、少し高い場所に生えるカカオという実を使って作るらしい。南大陸の高地民だけが栽培方法を知っている貴重品で、あまりの美味しさで「神の食べ物」というニックネームがついたそうだ。


「わーい、ありがとう!! そういえば、村長さんが、ふたりに会いたがっていたよ! なんでも、ナターシャ様にお礼が言いたいんだって」

「わかった。明日にでも行ってみるよ。今日は疲れたから、ゆっくり休みたいし……」

「うん、じゃあ村長さんに言っておくよ! ふたりともお疲れ様でした!」

「ありがとう、ドルゴン!」


 俺たちは、ドルゴンと別れて自宅に戻った。


 ※


「うわ~ピカピカ!! ドルゴンくんたち、本当にキチンと掃除とかしてくれたんですね」

「ああ、こうやってよくしてもらえると、居場所があるって本当に素晴らしいことだって思うよ」


「しばらくは、こっちでゆっくりしましょうね。ここのところ、働きづめでしたし」

「そうだな。俺も、大臣さんからお礼にもらった南大陸原産の野菜とか興味あるし」


「私も、ドルゴン君のお母さんとかの容態を見たり、村長さんに頼んでいた実験の結果を教えてもらいたいんですよね?」


 実験? そんなことをしていたのか。じゃあ、村長さんの用事ってきっとナターシャのことだな。

 でもそんなことより……


「よく考えたら、俺たち休もうと言いつつも働こうとしていないか?」

 俺の冷静なツッコミに、ふたりで笑い合った。


 ※


 次の日。俺たちは村長さんに挨拶に行った。


「おお、おふたりさん。よくぞ、戻ってきてくださった!!」

 村長さんは、そう言って俺たちとの再会を喜んでくれた。


「新聞で読みましたぞ! どうやら、魔王軍の最高幹部と互角にやり合ったそうですな。アレク様は、海軍中将にも任命されたとか! 世界最高戦力と海軍の提督。すさまじい肩書ですな、閣下」

「閣下はやめてくださいよ。まだ、21のぺーぺーですよ、俺?」

「はは、ご謙遜を。21歳で閣下と呼ばれる立場になったのはすさまじい出世ですよ。さすがは、わが村の守護神。私も鼻が高いですよ!!」


 村長さんは上機嫌だった。


「いやー、今年はわが村でも珍しく積雪しましてね。まるで、天もアレク様の活躍をお祝いしているのでしょう」

「ははは」

 俺は笑ってごまかした。


「それで、村長さん。あの件、うまくいきましたか?」

 ナターシャは助け船を出してくれた。


「そうでしたな。その件を報告するために、おふたりを呼んだのでした」


「その件?」

 俺だけ取り残された。


「先輩には、内緒でしたね。実は、村長さんにお願いをして、農業の実験をしていたんですよ!」

「ナターシャさんに相談されましてね。隣村の者たちと共同でとある実験をしていたのです」

「隣村?」

「はい、馬車で2時間行った場所にあるんですが、そこは土地が乾いていて、農業は麦くらいしか作れずに牧畜と組み合わせてなんとか過ごしているような村でして……毎年、冬を越すのが大変な場所だったんですよ」


 家畜たちは、飼料が足りないので冬を越すことはできないのだ。

 特に、麦しか作れない土地ならその傾向は強まる。人間たちも食べるのに苦労するくらいだからな。だから、毎年、家畜を0から育てなくてはいけなくなったりして、結構な負担になる。


「そこで、ナターシャさんが、ひとつの農業を提案してくれたのです!」

「農業?」


「実は、"カブ"の導入を促進してみたんです。それが見事に当たったんですね、よかった!!」

「カブ? それって、根っこが白い野菜だよな?」

「はい! カブは根菜なので、少しくらい土が悪い通気性がいい土壌のほうが作りやすいんです。育てるのは少し大変なので、こちらの村の人たちにも協力してもらって、向こうで大きなカブ農場を作ってもらったんです!」


 ナターシャはいつになく笑顔になっていた。


「で、その野菜農場がうまくいったら、どうなるんだよ? 俺、農業初心者だから、わからないんだよ」


 困惑する俺に、ナターシャは続ける。


「実は、カブって、食用にも、飼料用にも使えるんです。脂分も多いので、家畜もよく育ちますし、食欲がなくなりやすい冬でも食べてくれるんです。ピクルスにして、冬場の保存食にもできるので、結構便利なんですよ」

 たまに、ナターシャの知識が恐ろしくなる時がある。

 今がその時だ。

 

 こいつが、国王になれば、間違いなく歴史に残る名君になるんじゃないか?


「じゃあ、それで隣村を助けてあげるつもりなんだな?」

「それも、あります。でも、それだけじゃ、ありません」


 ナターシャと村長さんは、ニヤニヤ笑っている。


「ほかに何かあるのか?」


「私は、この村を中心にひとつの経済圏を作りたいと思っているんです」

 彼女は、盛大な計画を立ち上げていた。

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