第105話 ディナー

 演劇も終わり、俺たちは大臣の行きつけのレストランに招待された。


「いや、夕食にまで付き合ってもらってすまないね」

「いえ、こちらこそ招待していただきありがとうございます」

 俺たちは高価なレストランのフルコースというもてなしを受けた。さすがは、副宰相兼海軍大臣。


 海の男は、外交官という役割も持っているから、こういうコース料理になれているんだろうな。俺も各国の晩餐会にたまに招待されたから、ある程度マナーを勉強しておいてよかった。


 俺の隣のナターシャは、そもそも貴族出身のエリートだから、こういう食事にも慣れているはず。

 庶民出身の俺は、こういう場は本当に緊張してしまうのに、余裕ある振る舞いができるナターシャがうらやましい。


 今日の前菜は、サーモンとコンソメスープのテリーヌとキャロットのポタージュ。

 魚料理は、マスのポワレ。

 肉料理は、牛肉の赤ワイン煮とグレービーソースがかかったローストビーフ。

 デザートは、フルーツのコンポート。


 うん、俺だけすごい場違いな雰囲気になる献立だった。


 お酒は、もちろん赤ワイン。


 これが貴族の世界か……


「アレク君は、若いんだからお肉多めのコースにしてみたんだ! 満足してもらえたかな?」

「はい、閣下! とてもおいしいです」


 緊張しすぎているのと、味付けが上品すぎて庶民の俺はただ圧倒されていたが、せっかくもてなしてくれた大臣のために笑顔でそういった。


 たしかに、肉料理は繊細な味付けで、うまい。赤ワインがいくらでも飲めてしまう。でも、気を付けなければ、酔いつぶれて醜態をさらすことになるから注意しなくては……


 横にいるナターシャは、貴族モードで赤ワインを優雅に飲んでいた。俺の視線に、気が付いたのか、ゆったりとした動作で首をかしげた。


「どうしました?」


 赤ワインと青いドレス、キャンドルの灯り。少しだけ酔っているのだろうか。顔は少しだけ赤くなっていて、目はうるんでいる。


 海の音がするレストランは、ナターシャの美しさを引き立てている。ちゃんとオシャレをしていると、こんなにきれいな女の子なんだなと改めて、驚愕した。


 俺のせいで冒険者の道に進まなければ、大臣さんと一緒にこういう華やかな場所で活躍していただろうに……


「大丈夫だよ、ナターシャ君。彼はただ、キミに見とれているだけだからね」

 この人はなにかエスパーなのかな? どうしてわかったんだ!


「なっ……」

 ナターシャも俺と一緒に赤くなった。


「若い者をからかうのは、楽しいね~! ミハイル君もきっと同じ気持ちだろうね」

 老提督は笑った。


「「……」」


 俺たちはさらに無言になる。海の紳士怖い。副会長といい、大臣といいどうしてこのキレる頭を俺たちをからかうために使うんだろうな。


「さて、実は君たちに頼みたいことがあるんだ」

 大臣は急に政治家の顔になる。


「えっ?」


「ここからは、ビジネスの話だよ!」

 知将は不敵に笑った。


ですか?」

 俺は聞き返すと老人は目を閉じて首肯する。


「そうビジネスだ。キミたちには、この何百年もの間、誰も成し遂げられなかったことをしてほしいと思っている」


 老紳士は目を開けると、まっすぐに俺たちを見つめる。



「戦争を終わらせる?」

 そんな考え方はしたことがなかった。この世界では、人間と魔王軍の戦争が常に起きている。この戦争は数百年間、ずっと繰り広げられているものであり、両軍の戦力が消耗すると、戦闘は落ち着き、戦力が回復すると戦争が激化するを繰り返す。


 それが世界のことわりだとみんな諦めていた。この数百年間、人間は誰一人として、魔王本人を見ることすらできていない。魔王軍の最高幹部の厚い壁によって、挑戦者はことごとく葬り去られてきた。だから、戦争を終わらせることなんてできない。敵の大将を誰も倒せないのだから。


 最高幹部も、レジェンド級冒険者が命をけて互角レベル。おそらく、今回の戦争では俺たちは最高幹部のリヴァイアサンを退却させただけであり、まだその域には達していない。


 そんな俺に、戦争を終わらせほしい?

 

「そうだ、この戦争を終わらせほしい。老人として、キミたちに未来を託すのは本当に情けないことだと分かっている。だが、おそらくキミたちにしかできないことだ」


「魔王を倒すということですか?」


「それができたら理想だろうね。だが、人間は有史以来、魔王軍の最高幹部の域までしか達していない。それよりも上の魔王に勝てる者がでてくるだろうか? なぁ、ナターシャ君?」


「難しいと思います」

 ナターシャは断言した。それができたら、この戦争はすで人類の勝利で終わっているからな。


「だから、次善策を狙う。それが、私の作戦だ」


「次善策?」


だよ。魔王軍と和平をしてほしい」


「和平!? そんなことができるんですか?」

「可能性は、ある。魔王軍は、一枚岩ではないからね」


「どういうことですか?」


「魔王軍には少数派ながら、和平派というものが存在しているのだよ。その派閥を率いているのが、魔王の息子"パズズ"」

「魔王に息子がいるんですか!?」


「そう、パズズは、急進派によって危険視されて、世界のどこかに幽閉されていると聞く。彼と接触できれば、この戦争は終わらせられるかもしれない」

「なるほど……」


「だから、キミたちには世界をめぐって情報を集めてほしい。知っているとは思うが、人間だって一枚岩ではない。この計画は、私とミハイル君が主導している。もし情報が漏洩すれば、急進派の妨害があるかもしれない。だから、他言無用で頼む」


「俺たちが、あなたたちの仲間になることを拒否するとは、考えなかったんですか? 俺には個人的な恨みだってあります」

「その可能性は考慮していないよ。キミたちの性格はミハイル君からよく聞いている。キミたちは、この計画を拒否できない、そうだろう?」


 俺はワインを飲んだ。横にいるナターシャも俺を見つめて首を縦に振る。


「共犯者ということですね」

「そう、私たちは共犯者だ。私とミハイル君が、政治的にキミたちを後押しする。キミたちは、キミたちの理性に従って動いてほしい」

 主犯はそう言って笑っていた。


「なら、その前に教えてほしいことがあります、閣下!」

 ここでナターシャが本格的に、議論に参加する意思表示を見せた。


「この戦争の本当の目的とは、一体何ですか?」

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