第103話 ドレスの色でイチャイチャ
そして、次の日の夜。
俺は、オペラハウスの前でナターシャを待っていた。
俺は、礼服を副会長から借りて、彼女を待つ。
ナターシャは「いろいろと準備があるから、さきに会場の前で待っていてください」と言っていた。結局、何色のドレスを選んだんだろうか。
「あら、アレク君! こんなところで偶然ね!」
「マリアさん!!」
マリアさんは黒いドレスを着飾って、笑っていた。
「ナターシャちゃんとデート?」
「そうですね。副会長にチケットもらったらしくて。マリアさんも演劇ですか?」
「残念ながら……この後は仕事よ。副会長やニキータさんとスポンサーたちとのパーティーに参加予定」
「そりゃあ、大変ですね」
「ホントよ。まったく、うちのナンバー3は、そういう政治事に参加しないから、私たちが代わりに参加しなくちゃいけない!」
「すいません」
「冗談よ。アレク君の演劇も大事なお仕事みたいだからね」
「えっ?」
「こちらもうちのスポンサーがやっている演劇なのよ! だから、副会長の代理であなたたちが参加してくれて助かったわ」
「なんか、いろいろと怖いんですが」
「大丈夫よ! 最初にスポンサーさんに挨拶して、演劇見るだけだからね!」
マリアさんはそう言ってウィンクしていた。
「でも、ナターシャちゃんもカワイイわね!」
「えっ?」
「大好きな先輩のために、頑張ってドレスを選んで、ギリギリまで見せないサプライズをしようとしてるのよ、あの子! ちゃんと褒めてあげるのよ!」
「そうなんですか! わかりました」
危なかった。女心難しい。
「それにドレスの色には意味がちゃんとあるのよ。例えば、私の着ている黒いドレスは、強さや権威を表現しているの!」
「これから仕事に行くからですね」
「そうね! タヌキの巣穴に行くようなものだから――ほかの色の意味も聞きたい?」
「はい!」
マリアさんに教えてもらえれば、ナターシャをちゃんと褒めることができるように思うから、是非とも聞きたい。
「赤は力強さや情熱、黄色は活力や調和、ピンクは優しさや幸福、紫は気高さとかね!」
「さすがはマリアさんですね。よく知っていますね」
「心理学の本で読んだのよ」
「ちなみに、青は……?」
「ああ、青ね。青は……」
※
マリアさんと別れて5分くらい経ってから、ナターシャはやってきた。
「お待たせしました、先輩!」
慣れないヒールの靴を履いているせいか、少しだけ息が上がっている。
彼女は、
「信頼と献身、そして、不安か……」
マリアさんから教えてもらった意味を繰り返す。
「えっ?」
「なんでもない。すごく似合っているよ!」
俺はストレートにナターシャを褒めた。みるみるうちに、彼女の顔が赤くなっていく。
「なんで今日はそんなに素直なんですか?」
「だって、すごくかわいいから」
自爆して、自分も体温が上がっていく。
「もう……はい!」
ナターシャは手を差し出した。
「えっ?」
なんだ、これは……
「エスコートしてください。こんなに、着飾っているのに、男の人にエスコートされないのは悲しすぎます」
なにこれ、これかわいい。
「ああ、気が付かなくて悪かったな」
俺はナターシャの手をつかんだ。その手はいつもより少しだけ熱を帯びていた。
※
ということで、俺は見様見真似で、ナターシャをエスコートしていた。
こんなことをするのは、初めてなので、めちゃくちゃたどたどしい。
ナターシャに恥をかかせていないかとても不安だ。
「ゆっくりでいいぞ」
俺たちは劇場の階段を一緒に歩く。なるべく、ナターシャの歩幅に合わせて……ヒールの高い靴を履いている彼女のために、できる限りゆっくりと……
女の子の歩幅ってこんなに小さいんだな。特にナターシャは小柄だから、いつも早歩きで俺についてきてくれたんだよな。
「ありがとうございます! やっぱり、ヒールって慣れないですね」
ナターシャは恥ずかしそうに小声でつぶやく。俺だけにわかるように言ったみたいだ。
「俺のために、頑張ってくれたんだろ! ありがとうな!」
「今日の先輩、なんか素直すぎて怖いです」
「ちょっと、憧れがあったんだよ! 演劇デートって」
「たしかに、学生ではなかなかできないですよね。寮の門限とかありましたし」
「そうそう。卒業してからは、忙しかったからな」
「こういう機会じゃないと、なかなか見れませんよね、演劇って!」
「だから、ナターシャと一緒に来れてよかったよ。よく考えたら、遊びらしい遊びって、俺たちあんまりしてこなかったもんな」
階段を上り終えると、ナターシャは俺の手をより強く握った。
「先輩だけじゃないですよ?」
「うん?」
「だから、先輩だけじゃないですよ。一緒に演劇が観たかったのも……一緒に遊びたかったのも……今日、こうして慣れないエスコートを頑張ってくれたのも……私は、本当に嬉しいです。先輩と一緒にパーティーを組んでから、毎日のように、この時間が永遠に続いてくれたらいいのにって、思っています。たぶん、この半年間は、私の人生の中で一番幸せな時間、ですよ?」
ナターシャはいつものように、俺をまっすぐ見つめていた。
「なんて、私もドレスと会場の雰囲気にやられたみたいですね。いつになく素直になっちゃいました!」
そう言って、恥ずかしくなって笑ってごまかす彼女がどうしようもなく愛おしい。
「じゃあ、行きましょうか! もうすぐ開演時間ですし!!」
せっかくエスコートしていたのに、なぜか俺の手を引いて前に進むナターシャ。
「おい、走ると危ないぞ!」
それが言い終わる前に、案の定、ナターシャはよろけてしまう。
「大丈夫か!」
俺はあわてて、彼女を抱きかかえた。彼女の柔らかい体が、俺に急接近した。なぜだか、素敵な匂いもする。
なんとか、ギリギリで抱きかかえることができた。
ケガもないようだ。
「ありがとう、ございます。靴のこと忘れてました」
恥ずかしそうに言うナターシャに俺は、めちゃくちゃドキドキしていた。
「ケガがなくてよかったよ」
そう言う俺にナターシャは、自分の顔を近づけて言う。
「さっき、言い忘れました。先輩も、私と同じ気持ちだといいなぁ」
彼女の甘い声に、俺は動揺を隠しきれなかった。
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