第99話 歓迎!
「怪我が早く治ってよかったですね」
「ああ、ナターシャの看病のおかげだよ。いつも本当にありがとう」
「今日の先輩は素直すぎて、ちょっと気が引けちゃいます」
俺は3日の入院で無事に退院できた。第七艦隊も損傷が激しいので、修理のため2週間ほど港に停留することになっているらしい。その間、ギルド協会が、俺とナターシャの宿を確保してくれているので、しばらくはそこに仮住まいの予定だ。
本当だったらまだ、温泉宿で休暇予定だったんだよな。それを思うと、ちょっとだけあの高級宿が惜しくなる。でも、村に戻って野菜も育てたい。今回の戦争やニコライの追撃で心身ともに疲れてしまった。しばらくはスローライフをしたい。
「とりあえず、宿に荷物を置いて、何かうまいもので食いに行くか!」
「いいですね! 南大陸はほかの大陸と違って、フルーツが美味しいですからね。甘いスイーツが食べたいです!!」
俺たちは病院の廊下で、今日の予定を考えた。ナターシャには心配ばかりかけたから、しばらくはワガママを叶えてやろう。それくらいしても罰は当たらないだろうし……
俺たちはついに病院を出た。国立病院というだけあって、外には立派な庭がある。
そして、そこには……
「あれだ、あれがアレク官房長とナターシャさんだ!」
「元気そうでよかった! アレクさん、ありがとう!!」
「魔王軍最高幹部から俺たちを助けてくれたんだ。すごい英雄だよな!」
「ああ、あの要塞が落ちたら、この港に住む猟師や商人は、商売ができなくて路頭に迷っていたんだ。本当にすげえよ!」
「驚いてるな、アレクさん! サプライズ大成功だ!」
たくさんの市民の人たちが俺を待ち構えていた。
「ナターシャ?」
「市民の人たちが、大けがしてまで、戦ってくれたから、せめてお礼を言いたいということで……なんというか、サプライズイベントだそうです」
「知ってたな?」
「言っちゃったら、サプライズじゃなくなっちゃいますからね」
後輩は、俺を驚かせて満足したように笑った。ずっと暗い顔をさせてしまっていたから、その笑顔に俺まで癒されてしまう。まあ、完全にドッキリに引っかかったんだけどな。
「さあ、先輩、市長さんが私たちを表彰してくれるらしいですから、式典会場に行きましょうね! 式典の最後に、
「はぁ!?」
「大丈夫ですよ、式典まで
「30分しかないのかよ!!」
「先輩、冒険者はあと30分しかないと思うのではなく、あと30分もあると思って最善手を見つけるべきだと思いますよ?」
そう言って、ナターシャは走って前に進んでしまう。
元気そうなナターシャと、俺を歓迎してくれている市民の人たちを見て、俺は少しだけ救われた。
今回の作戦で大活躍したということで、俺たちは市長さんによってサンクロス市の名誉市民という称号を与えられた。
市長さんがありがたい演説をしてくれて、場は盛り上がる。この市長さんなかなか演説上手で俺のハードルはドンドン上がっていく。
そして、次に副会長の挨拶だ。副会長は、金髪の髪を潮風でなびかせて、流れよく挨拶を終わらせる。さすがに場慣れしている。会長が反隠居状態なので、ほとんどの行事を彼主導でやっているからな。あの激務で、さらに冒険者稼業までやっていてよく倒れないなとみんながいつも感心していた。
そして、ナイスミドルである。男女問わず、副会長の渋い魅力に虜になるものが続出している。あげくにS級冒険者で問答無用で強いうえに、協会の実務もバリバリこなす最強のスペックだ。俺から見れば、いつもナターシャのことでからかってくる近所のおじさんみたいな感じがするが、客観的にみると憧れないわけがないハイスペックぶりだよな。
俺もあんな風にうまく話ができるようになりたい。
「それでは、私の話も皆さん飽きたと思うので、そろそろお待ちかねの時間といきましょう! 今回の作戦で一番の功労者である世界最高戦力であるアレク官房長、あとはよろしくお願いします!」
やめて!
副会長!!
もっと、ハードルを上げないでください。
「どうしましたか? さあ、早く登壇してください。みなさま、あなたの演説をお待ちかねですよ!」
言葉は柔らかく、しかし、内心ではいたずら小僧のような本性を隠している。
いつもの副会長だ。
俺は緊張した脚でなんとか演壇に登った。
「ついにでたぞ! 最強のオールラウンダーだ!」
「ヴァンパイア、邪龍、リバイアサンと互角に戦った生きる伝説よ!」
「今まで戦ってきたやつがえぐいよな。ニコライに、クラーケン、メイルストロムとかもいるだろ。実績だけなほとんどレジェンド級だよな!」
「あれで現代の聖女様とも呼ばれるナターシャさんとも婚約しているんだろ? ちょっと殺意をおぼえるくらい嫉妬感に襲われるぜ!」
最後の一言はちょっと怖かった。
「えっ、えっと、ご紹介いただきました官房長のアレクです」
たどたどしい俺の言葉に、みんなはほっこりとした笑顔になっている。やめてくれ、子供の授業参観をしているみたいな雰囲気になるのは……
「みなさんもわかると思いますが、俺はこういうスピーチが苦手なので、簡単に終わらせたいと思います。実は、30分前に今日スピーチをしなくてはいけないと聞いたばかりでして」
俺がこういうと会場からは笑いが起きた。冗談だと思われたのかもしれないが、本当のことなんだよな。
「今回は、俺たちにサンクロス市名誉市民というもったいないくらいの称号を与えていただいてありがとうございます。でも、本当は俺なんかがこんな名誉をもらうべきではないとも思うんです」
少しだけ会場がざわつく。
「今回の作戦は、たしかに俺たちがリバイアサンを撃退しました。しかし、それは助けていただいた何人もの冒険者の方々に支えていただいたからこそできたことです。それに、俺が冒険できるのは、食べ物を確保してくれる農家や漁師の人たち…… 武具や船を作ってくれる商人や鍛冶屋の人たち…… ギルド協会や王国で俺たちが生活できるように頑張って仕事をしてくれる事務員の人たち…… 怪我をした時に治療してくれる病院の人たち…… そういったたくさんの人々に支えてもらっているから、できることだと思っています」
俺は、なるべく自分の言葉で言葉を紡ぐ。
「今回の作戦でも、俺たちが突入するために、時間を稼いでくれたたくさんの冒険者の人たちの支援があったからこそうまくいったものです。そして、俺たちのために時間を稼いでくれた方々のうち、たくさんの人が今回の作戦で命を落としてしまいました」
これだけはきちんと言いたかった。
「本当の英雄は、俺じゃなくて、命を懸けてまで戦ってくれた人や俺たち冒険者を必死に支えてくれる皆さんだと思うんです。俺は、そういう人たちがいなければ、たぶん、戦うことはできません」
俺は、ナターシャとの農家生活でよくわかった。何かを作り出してくれる人たちがどれだけ尊いのかを……
俺たちのために、命を懸けて戦った人たちにも家族はいたはずだ。俺を守るために、これ以上誰かが犠牲になるなんて、できればもうごめんだ。それは叶わない願いだと分かっている。だからこそ、魔王軍との戦争を早く終わらせたい。
「俺は、戦うことだけしかできない人間です。だからこそ、みなさんのおかげでここまで来ました。本当にありがとうございます」
俺は会場の全員に向けて頭を下げた。
「今回のような名誉は、そういった人たちの代表として受け取らせていただきます。この度は、俺たちのためにこのような機会を作っていただきありがとうございました」
会場からは温かい拍手が鳴り響いた。
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