第100話 婚約者?

 式典が終わって、俺はナターシャと一緒にその場を離れた。少しだけふたりでゆっくりしたい気分だったから。式典後の立食パーティーも早々に切り上げた。


 市長さんは「もう少しゆっくりしていってくださいよ」と引き留めてくれたが、俺は「まだ退院したばかりなので、今日は主治医兼婚約者とふたりで静養します」と伝えると、すべてを察したかのように「そうですか! では、引き留めては野暮というものですね」と笑っていた。


 婚約者ってパワーワードすぎるだろう。すべて解決してくれる魔法の言葉。この前大々的にスキャンダル報道されたばかりなので、みんなも納得してくれる。


 だが、この最強のパワーワードは、諸刃の剣だった。


 そう、パーティーからの帰り道。俺たちは気恥ずかしくて、あまりしゃべれなくなってしまった。


「婚約者って言っちゃいましたね」

 ナターシャは顔が赤くなっていた。


「ごめん、ちょっとテンションが高まっちゃった」

 俺もどうしてあんなことを言ったのかわからない。苦手な演説が終わって、開放感から変なテンションになっていたとしか……


「いいですよ。婚約者って響き、悪くないです」


 ナターシャはうつむきながら、そういった。「グフっ」と俺は心の中でダメージを受ける。そうだよな、もうこの事実が周知の事実なんだよな。


 世間の常識が、なぜだか当事者ふたりには、恥ずかしい事実になっているのは不思議。


「もう少し、胸を張ってくださいよ! お姫様を連れ出した騎士様がそんなになよなよしてちゃだめですよ?」


 それもそうだな。ナターシャは、パーティーなんかあったらすぐに男に囲まれる。そんなカワイイ女の子と一緒にパーティーを抜け出したんだ。しっかりエスコートしないと……


「じゃあ、ご飯でも食いに行くか! 宿の人に美味しい南大陸料理のレストランを教えてもらっておいたからさ!」


 そう言って、俺はナターシャの手を握った。


 彼女の体温がさらに上がる。一緒に温泉に入っておきながら、どうしてか手をつなぐことにドキドキしてしまう。あれと比べたらそこまでのスリルではないはずなのに――


「まったく、成人男性が手を握るだけで、どうしてそんなにビクビクしているんですか?」


 だが、ナターシャの顔は依然として真っ赤だった。さっきよりも体温も上がっている。だが、それを指摘しても野暮だよな。


 俺は彼女の手をさらに力強く握った。


 本当に柔らかい手だ。光の魔術を発動させるためにいつも握っているのに、ちゃんと握ると本当に愛おしい。


「じゃあ、行こうか!」

「はい!!」


 俺たちは、道の街へと繰り出した!


「そうだ、先輩!!」


「どうした?」


「スピーチとても素敵でしたよ!」


 そう言ってナターシャは、俺の手を引いて走り出した。


 残念ながら、俺は彼女の顔を見ることはできなかった。でも、どういう顔をしているかはわかる。


 きっと照れ隠しをしながら、笑っているはずだ。


 ※


 俺たちは、宿でおすすめされたレストランについた。

 南大陸の料理が食べられるレストラン。


 南大陸の料理はかなりエスニックだ。


 トウモロコシを主食に、ハーブやトウガラシを使った独特の味付け。温暖な気候のため、いろんな野菜を栽培できるので、色鮮やかな食卓になりやすい。


 ナターシャは、タコスというトウモロコシをすりつぶして作るパンの上に肉と野菜を載せた料理を注文した。その料理にトウガラシをベースとした辛いソースや、アボカドという緑色の野菜をベースにしたクリーミーなソースをつけて食べるものらしい。


 俺も、あまり南大陸には来たことがないので、何にするのか悩んだが、俺は店員さんのおすすめシュハスコというバーベキュー料理を注文した。


 串焼きされた巨大な肉に野菜と酢などの調味料で作られた万能ソースを和えて食べる肉料理。サラダもたくさん出てきて、肉以外にもバナナやパインアップルのようなフルーツの串も供されて、なんかすごい量になった。


 俺、退院したばかりなんだけど、大丈夫かな?


 まあ、いいや。豪快に肉を頬張った。肉厚な牛肉のうまみが口いっぱいに広がる。酸味のあるソースがさらに食欲を刺激する。


 めちゃくちゃ美味しい。


 脂っぽい肉と、野菜とフルーツの組み合わせは、最高過ぎた。口の中が簡単にリセットされていくらでも食べられてしまう。


 そんな俺をナターシャが羨ましそうに見つめていた。なるほどな……そういえば、ナターシャはフルーツ大好きだった。南国のフルーツは珍しいからな。


「ナターシャも食べるか?」

 そう言って、俺はナターシャの皿にフルーツを載せてやる。


「でも、悪いですよ。それに、こんなに食べられないです。自分のタコスもあるのに……」

「じゃあ、タコスと交換してくれ。俺そっちも食べてみたいし、ナターシャはフルーツ好きだろ?」

「完全に気を遣わせてしまいましたね。ありがとうございます」

 ナターシャは、自分が物欲しそうに俺の料理を見つめていたことを自覚して、赤くなった。


 たまに、こうやって自分の欲求を抑えられなくるところがまたカワイイ。


「じゃあ、これを食べてください! はい、あーん」


 そう言って、ナターシャは自分の手にタコスを持ち、俺の口に近づける。

 うん、どうしたのかな、ナターシャ?

 もしかして、テンションがおかしくなっちゃったのかな?


 俺は動揺しながらも、ナターシャを見つめる。


「あーんさせて、くれないんですか?」

 後輩はそう言って俺を誘惑した。


 こんな誘惑に耐えられるほど、俺は大人ではなかった……

 ナターシャのタコスは、とてもスパイシーで、まろやかだった。


 なぜか、二人の体温は上がっていた。

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