第98話 生還

「ここは……」


 いつの間にか俺は病室に運び込まれていたらしい。真っ白な天井と真っ白な部屋。そこには、ナターシャがいつもように看病してくれていた。


「病院ですよ。よかった、目が覚めましたね」

 ナターシャはそう言って、俺の額に手を置いた。熱を測っているのだろうか?


「ナターシャ?」

「そうですよ。先輩は、リバイアサンとの戦いで傷ついて、この南大陸の病院に運び込まれたんですよ。おぼえていますか?」

「うん、最後はナターシャがエカテリーナの矢を誘導して、あの輸送艦を大爆発させたんだよな?」

「そうです。よかった、ケガの後遺症も特になさそうですね」

「俺どのくらい寝ていたんだ?」

「3日です!」

「心配かけて悪いな」

「それは、私だけじゃなくて、みんなにも言ってください!」


 ナターシャは少しだけあきれたような顔だ。


「それでリバイアサンは?」

「安否は不明です。あの大爆発ですから、無事では済まないと思いますが……」

「だが、あいつの能力は不思議だ。いつの間にかワープしたかのように、瞬間移動する」

「そうですね。さすがに魔王軍最高幹部でした――とりあえず、先輩が眠っていた間に、報道された新聞記事です。確認してください」


 いくつかの新聞記事がこの戦争を報じていた。


「南海戦争勃発!~第七艦隊と魔王海軍ついに激突~」

「魔王軍の攻撃によって大破炎上する巡洋艦ゴーリキ」

「アレク官房長・魔王軍最高幹部と激突!?」

「ギルド協会と魔王軍双方に甚大な被害が発生か?」

「魔王軍の奇襲攻撃によって、炎上するトラル海上要塞」

「アレク官房長率いる別動隊が、魔王軍主力艦隊撃破に成功!」

「アレク官房長重傷!!」

「サンクロス軍港に凱旋する第七艦隊」

「アレク官房長は病院へ搬送。命に別状はないとミハイル副会長」


 随分、過熱報道されていたんだな。俺は驚きながら、今回の戦争を詳細に報道している記事を確認した。



――――

テルミドール579年12月15日サンクロス報知


ギルド協会ミハイル副会長記者会見の要旨


 ギルド協会は、南海戦争の全容を記者陣に語った。


 事件の発端は、トラル海上要塞を魔王軍が奇襲攻撃をしたことからはじまった。早朝に行われた奇襲攻撃で、コロール王国の艦隊は甚大な被害をこうむり、要塞も炎上。


 魔王軍は一度は退いたものの、再度の攻撃が予想されたため、ギルド協会の第七艦隊が出撃。再度、出陣していた魔王軍主力艦隊と12月13日に激突した。


 戦争は双方、総力戦が行われて、第七艦隊側は「巡洋艦ゴーリキ、駆逐艦カシン、スメールイ」を失った。死傷者は400名以上。


 苦戦していた戦況は、アレク官房長率いる特別チームが、魔王軍主力艦隊を強襲したことで一変する。アレク官房長・ニキータ局長の猛攻で、魔王軍主力艦隊は大きな打撃を負うことになった。


 アレク官房長が魔王軍艦隊の総参謀長メイルストロムを敗死させ、魔王軍最高幹部であり艦隊司令官を兼ねていたリバイアサンと一騎打ちに持ち込むことに成功。


 リバイアサンをアレク官房長がひきつけている間に、ナターシャ氏とエカテリーナ作戦第二課長の機転で、リバイアサンの乗艦の撃沈に成功。リバイアサンは行方不明、魔王軍主力艦隊は壊滅した。


 甚大な被害を出しつつも、ギルド協会は戦略的な勝利をおさめ、海上交通路の死守を達成した。


 アレク官房長は作戦行動中の戦闘で重傷を負い病院へと搬送された。命に別状はないとされる。


――――


 一応、あの戦争は勝ったのか。でも、失ったものが多すぎて、安易に喜ぶことができない。

 死傷者はあの海戦で400名以上。


 前哨戦になった海上要塞奇襲攻撃で出た被害者と合わせたら一体どのくらいの被害になるんだろうか?


 おそらくリバイアサンも打ち滅ぼすことはできなかっただろう。魔王軍の新兵器を壊滅させたことだけとも良しとするべきだろうな。


「気にしているんですか?」

「ナターシャに隠し事はできないな。さすがに犠牲が大きすぎたよ」

「そうですね。あの海戦で、たくさんの人が死にました。でも、海上交通路を守れなかったら、もっと犠牲者が増えていた。先輩は、できることをした。あれ以上の結果は望めなかった。そうですよね?」

「ああ、俺もなんとか生還したくらいだからな」

「なら、そんなに悲しそうな顔をしないでください。先輩がそんな顔をしたら、死んでいった人たちも浮かばれませんよ」


 彼女も泣きそうな目になっている。


「少なくとも、私は生きているあなたをこうしてもう一度抱きしめることができてよかったと思っています」


 俺を地獄から助けてくれた彼女の手は、もう一度俺を優しく包み込んでくれた。


 俺はまた、彼女に甘えた。

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