第82話 混浴ーナターシャsideー

―ナターシャside―


「えっ、先輩? どうして、ここに?」


 更衣室から温泉に入ると、タオルだけを巻いた私の目の前には、先輩がいた。なにも着ていない素肌を全開にして……


「「あっ」」

 私たちは、声を合わせる。


「(キャアアアアアァァァッァァァァァアアアアアアアア!!)」

 私は、声を出さずに、心の中で悲鳴を上げる。


 なんで!?

 どうして!?

 ここは、女湯のはずだよね!?


 必死に平静を装いながら、私は涙が出そうになるのを必死に抑えた。

 我に返って、入り口の温泉の説明書きを読み直す。


――――


この温泉は、男女混浴になります。男女別の温泉は別館にありますので、そちらもご利用ください。


女将


――――


 小さく書かれた注意書きに、私は協会も含めてすべてが仕組まれたことだったと悟った。たぶん、私と先輩の仲を、記者たちにリークしたのは、ミハイル副会長だ! 元・勇者ニコライと大賢者エレンの反乱という大スキャンダルのニュースを早く風化させるために、私たちのゴシップを流して、民衆の目をそちらに向けさせる。


 そうすれば、ギルド協会の受けるダメージはかなり少なくなる!!


 そもそも、副会長さんの動きのスピードはおかしいのだ。まるで、私たちのスキャンダルが、あの日に新聞に載ることまで分かっていて、宿の準備をしておいたとしか考えられない。


 そう考えると、女将さんも副会長さんの協力者!

 副会長たちの狙いは、私たちの熱愛を、さらに上の段階まで、持っていくこと!!


 最初から仕組まれていたこと。


 私たちの関係を政治利用しようとした副会長には、ちょっとした憤りをおぼえる。だけど、これは利用できる!!


 私と副会長の目的は一致している。なら、このお膳立てしてもらった舞台を最大限に利用しよう! そう思いなおし、私は先輩にアプローチをかける!


「悪い、ナターシャ!! 俺、ここが混浴だと知らなくてさっ! 俺は別館の温泉いくから、ナターシャはここでゆっくりしていってくれ! じゃあな」


 動揺してここから逃げようとする先輩を私は逃がさない!


「いいですよ、この際だから、一緒に入りましょう? セ・ン・パ・イ?」


 先輩の顔はさらに真っ赤になった。


 ※


「気持ちいいですね、温泉」

「うん」


 先輩は、私と目を合わせないように背中合わせになっている。でも、男の人の本能だろうか……

 少しだけ視線を感じては、らすようなしぐさを見せていた。


 私は私で、先輩の筋肉質の背中に触るだけで、ドキドキする。背中越しに、私の心音が先輩に伝わってしまうのでは?と変な心配までしてしまう。


「先輩の背中。固くて大きいですね! やっぱり、男の人なんですね。すごくしっかりしていて、筋肉が浮かび上がってます。落ち着くので、ちょっともたれかかってもいいですか?」


 私の煩悩が爆発した。いつもなら恥ずかしがって言えないことでも、言えてしまう。お酒の力もかなり大きいんだろうな。


 背中をしっかり合わせると彼の体温が伝わってくる。彼と、温泉を通してなにもかもが一緒になれた気がする。幸せ。この時間が永遠に続けばいいのに。


「私の方を見てもいいんですよ? セ・ン・パ・イ?」

 ここからは、先輩の煩悩も刺激する。


 先輩は思いっきり動揺した。


「あんまり、からかうなよ!」

「からかってないですよ。さっきの事故ですが、私は見ちゃったので、先輩が見ても、怒りません」

 さあ、来てくださいとばかりに、私は先輩を誘いこんだ。


「見ないよ。なんか卑怯な気がする」

「先輩は何と戦っているんですか?」

「理性、かな?」

「先輩、いいんだけどなァ~」

 これが私の勝負手だ。ここまで言ったんだから、見てくれないと、私の女としてのプライドにも関わる。


「俺の理性を揺るがさないで……」

「揺らいじゃっているんですか、先輩の理性?」


 押してダメなら引いてみる!


「正直に言えば、揺らいでる!」

「なら、見ちゃえばいいのに。今日は、この宿、私たち以外、宿泊客いないらしいので、貸し切りみたいなものですよ? だから、証言者はいません。ふたりだけの、秘密に、なるんですよ?」


「まるで、悪魔のささやきだな?」

「天使じゃないんですか?」

「どっちだろうな」


「なら、カウントダウンします。そのカウントダウン中は、私は目をつぶっていますから、先輩が私の方を見たのかどうかはわかりませんよ?」

「おい、完全に俺の理性を崩しに来てるだろう!!」


「さぁ、どうでしょうね。はい、10~ 9~ 8~」


 ちなみになんだけど、私たちは背中合わせで、温泉に入っている。

 だから、先輩が私の方向を見たら、彼の頭の動きですぐわかる。だから、目を閉じる必要性なんてほとんどないんだよね。


 こんな簡単な罠に、引っかかるのはたぶん、先輩の私生活が残念だから。どうして、冒険や戦闘での、あの臨機応変さと状況判断能力を活かすことができないのかな?


 私は勝利を確信して、カウントダウンを続ける。


 数字が0に近くなったとき、先輩の頭部がのを私は見逃さなかった。

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