第83話 背中

 俺たちは、その後も温泉を堪能している。


「ねぇ、センパイ! お背中、流しましょうか?」

「はぁ!?」


 さっきのカウントダウンが終わって、少し安心していたのに……

 さすがに、それはまずい。ナターシャに変なスイッチが入っている。


「いや、いいよ!」

「え~、こういうのは定番じゃないですか! 私もいつかやってみたかったんで、気にしないでください!」

 俺は、彼女に背中を押されながら、なかば強制的に洗い場に連れていかれる。


 、必死で後ろを見ないように、頑張った。さっきのカウントダウン中のことで、ちょっとした罪悪感があったから……


 洗い場の横には、温泉の小さなタブが用意されていて、そこから体を洗う用のお湯を洗面器にすくう形式になっている。普通は、冷たい水が用意されているくらいなのに、さすがは高級宿だ。ここでも、貴重なお湯を贅沢に使わせてくれるようだ。


「じゃあ、いきますよ?」

 ナターシャは、体を洗うためのタオルに石鹸をつけて、ゆっくり背中を洗ってくれる。俺のうなじに、ナターシャの吐息があたる。これはこれで、なんかエロい。


「先輩、気持ちいいですか?」

 ナターシャのマッサージのような手つきは、かなりツボを押さえていた。血行が良くなって、温泉の効能も合わせて肩こりまで治ってしまうくらいで……


「うん! ナターシャ、さすがにうまいな!」


「でしょ! 実は手に回復魔法をまとわせているんです!! 疲労回復に効果があるんですよ!」


「プロのマッサージ師みたいなことしているな!」


「そりゃあ、そうですよ! こう見えても、高位の回復魔力を持っていますからね」


「ありがとうな、今回のクエストでナターシャには、心配かけてばっかりだったからな」


「お礼を言うのは、私ですよ。いつも助けてくれて、ありがとうございます! やっぱり、先輩はすごいですよ。カッコよくて、強くて、学生時代からいつも私を助けてくれる。最高のナイト様です」


 そう言って、ナターシャは俺の背中に、体を押し付けてきた。


「えっ、ナターシャ? 当たってる、当たってるよ!!」


 俺の背中には、彼女の柔らかいものがぶつかる。さすがに、このままでは理性が持たない。


「いいんですよ、わざとあててるんですから!」


 おい、誰かこの小悪魔後輩を、止めてくれ!

 そんなことを考えていると、ナターシャの両手は、俺の胸に伸びてくる。そして、さらに力強く俺に抱きついた!


 だが、俺の頭から今までのピンク色の考えは、消えていた。

 それは、ナターシャが小刻みに震えていたから。


「わたし、もっと強くなります。先輩に守られるだけじゃなくて、先輩を守ることができるようになるまで強くなります。わたしがもっと強ければ、彼女は、助けられた。先輩だってケガをして、入院しないで済んだ」


 俺は何度、彼女を泣かせたんだろうな。罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。


「これから、魔王軍、そしてニコライとの戦いがもっと激しくなります。このまま、私が弱ければ、私はあなたと一緒にいられなくなる。あなたの隣にいる資格は、なくなってしまう。だから、もっと強くなります。あなたの横にいて恥ずかしくないくらい、強く、なります」


 病室と同じ言葉。だが、あの時感じた弱々しさはもうない。冒険者としてのナターシャのプライドをかけた発言だ。世界各地で苦しむ人を助け続けた現代の聖女としての覚悟と力強さを感じる。


 俺も、同じ冒険者として、彼女の覚悟に報いる必要がある。あの病室で、俺は慰める言葉を使った。中途半端だった。ナターシャのことを好きな男としての俺と、冒険者としての俺に板挟みになって、ナターシャの覚悟を支えることはできなかった。


 だから、今回こそはちゃんと言う!


「上がってこい。俺は待っている」


 そう言って、俺はナターシャの顔を正面から見つめて、彼女の体を抱きしめた。


 ※


 泣き止んだナターシャを慰めながら、俺たちは部屋に戻った。

 部屋には大きなベッドしかないので、俺は女将さんにお願いして布団を借りてきた。さすがに、一緒に寝るわけにはいかないので、俺は布団を使って床で寝ることにする。


「いいんですか?」


「さすがに、女の子を固い床で寝かせるわけにはいかないだろう? それに、東の大陸では、こうやって床で寝るのが普通らしいぞ!」


 そうやって、俺はナターシャを納得させて横になる。床の木の匂いに、リラックス効果がある。いい夢を見れそうだ。


「先輩、起きていますか?」


「ああ、起きてるよ!」


 俺たちは、少しだけ離れた距離で、話をする。


「眠れない気がするので、眠くなるまで、お話をしていてもいいですか?」


「うん」


「先輩は、私の作った料理でなにが一番好きですか?」


「グラタンも美味しかったし、基本的にナターシャの料理は何でも好きだぞ。実家、貴族なのに、よくあんなに料理できるよな!」


「実家に引きこもっていた時代に、コック長のお爺さんが私を不憫に思ったみたいで、いろいろ世話を焼いてくれていたんです。その時に、私に色々教えてくれたんですよ」


「ああ、プロ仕込みなのか。どおりで、うまいはずだ」


「料理と言えば、先輩! ゴーレムから私を守ってくれて入院した時に、クッキーをお見舞いで持っていったのおぼえていますか?」


「ああ、たしかフルーツと一緒に持ってきてくれたやつだよな?」


「そうです、そうです! あの時、先輩が凄く美味しそうに食べてくれたの、忘れられません!」


「たしかに、バターが効いてて美味しかったな~」


「それで急いで食べすぎて、のどに詰まらせて……」


「そうだったっけ?」


「そうですよ! 私が、お茶を飲ませてあげなかったら、ゴーレムじゃなくて、クッキーにやられてましたよ」


「すごいシュールだな」


「ええ、未来の世界の英雄が、もしかしたらクッキーをのどに詰まらせていなくなっていたかもしれないですからね」


「そういうところは、しまらないな」


「そうです、先輩は、仕事中はカッコいいのに、プライベートは残念過ぎます」


 そんなところは、俺たちは似ているんだな。命の恩人のために、あえて口には出さない。いつも思っていた、俺とナターシャは根本的に似ている。


 仕事に一生懸命になりすぎて、他のことがおざなりになるところとか……


、本当にダメダメですよね?」


「そうだな、ナターシャがいないと、俺はダメダメかもな」


「そうですよ、私がいないと、先輩はダメなんですよ?」


 ナターシャは少しだけ悲しそうに笑った。


「ねぇ、センパイ? こっちのベッドに来ませんか?」

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