第81話 混浴

「少しだけ酔いすぎましたね」

 ナターシャは、そう言って恥ずかしそうに俺と距離を取った。料理と酒はお互いに完食している。牛鍋も肉が異常に柔らかく、口の中で溶けてしまった。


 酒もこれ以上飲むと前後不覚になりかねないので、お互いに自粛した。さすがに、泥酔したら、この宿のメインイベントである温泉に入ることができなくなる。


 少し酔いをさまして、露天風呂を堪能することにした。俺たちは水を飲みながら、酔い覚ましする。俺たちはさっきまではしゃぎ過ぎたからか、あまり会話もなくゆっくり水を飲んだ。


 無言の時間なのにどうしようもなく、心地よかった。



 ※


 1時間ほど酔い覚ましをした後、俺たちは温泉に向かう。ここでは、東大陸の民族衣装である"浴衣"というものを無償で貸し出してくれるので、温泉を堪能した後はそれを着ることにする。湯上りの女の子が見せる民族衣装って少しだけ、こうグッと来る物がある。ナターシャにそれを言ってしまうと、恥ずかしがられて着てくれなくなるかもしれないから、内緒にすることにした。


 いや、ナターシャなら喜んで身につけてくれるかもしれないが……


 俺たちは、男女の更衣室に分かれて、服を脱いだ。

 エルは……


「外は雪で気持ちいいから、遊んでくる。あとは、お若いおふたりでごゆっくり。明日の朝には帰るよ」


 と言って、フワフワの小龍の姿でどこかに消えていった。要らぬ気を使わせたらしいな。あとで、あいつの好物の魚をたくさん食べさせてやろう!!


 俺は、服を脱いで、体を洗う。まずはこうしろと、入り口の説明に書いてあった。たぶん、これが女将さんの故郷のルールなんだろうな。


 よし、完全に体を洗って、俺はいよいよ露天風呂に入るために、一歩を踏みだ――


「えっ、先輩? どうして、ここに?」

 聞きなれた女の子の声が後ろから聞こえる。振り返ると……


 タオルで体を隠しながら、たたずむナターシャがいた。


「「あっ」」


 前を向いた俺は、タオルを外して無防備な姿をさらしてしまっていた。



 ※


「この温泉、混浴だったんだな」

「はい……」


 俺たちは、お互いに背中を合わせて、なるべく相手の体を見ないようにして、温泉につかっている。

 慌てて、入り口の説明書きをみると、この露天風呂は、男女混浴と小さく書いてあった。


 どうやら、別館の温泉は男女別で、ここは混浴ということらしい。ちなみに、女将さんは別館の温泉の存在を俺たちには説明してくれなかった。


 つまりは、そう言うことである。

 完全にはめられた。たぶん、副会長あたりの策略だろう。


「気持ちいいですね、温泉」

「うん」


 俺たちは背中合わせで温泉に入っている。だから、肌と肌が密着するたびに、お互いに恥ずかしくなって背中を少しだけ相手の肌から遠ざけることの繰り返し。


 というか、ナターシャの肌、背中なのに柔らかい。「なんで」って思うくらい柔らかい。変に意識するなと、自分に言い聞かせながら必死にお湯を楽しんでいた。


「先輩の背中。固くて大きいですね」

 彼女は、ポツリとつぶやく。どうやら、ナターシャも意識しているみたいだ。


「やっぱり、男の人ですね。すごくしっかりしていて、筋肉が浮かび上がってます。落ち着くので、ちょっともたれかかってもいいですか?」


「あ、ああ。いいぞ!」

 俺は動揺を隠して、ナターシャの背中を支えた。うん、やっぱり柔らかい。


「こうしていると、先輩の体温が肌を通して伝わってきますね。なんだか、ドキドキします」

 ナターシャの美しい髪が、俺の背中に当たって、少しだけチクチクした。


 いや、むしろこっちがドキドキ止まらないんですが…… ずっと、冒険者を続けてきた俺にとっては刺激が強すぎますよ? 分かっているんですか、ナターシャさん!?


「私の方を見てもいいんですよ? セ・ン・パ・イ?」

「ごふっ」

 俺は温泉に顔を沈めて、壮大に吹き出した。


「あんまり、からかうなよ!」

「からかってないですよ。さっきの事故ですが、私は見ちゃったので、先輩が見ても、怒りません」


「見ないよ。なんか卑怯な気がする」

「先輩は何と戦っているんですか?」


「理性、かな?」

「先輩、いいんだけどなァ~」


「俺の理性を揺るがさないで……」

「揺らいじゃっているんですか、先輩の理性?」


「正直に言えば、揺らいでる!」

「なら、見ちゃえばいいのに。今日は、この宿、私たち以外、宿泊客いないらしいので、貸し切りみたいなものですよ? だから、証言者はいません。ふたりだけの、秘密に、なるんですよ?」


「まるで、悪魔のささやきだな?」

「天使じゃないんですか?」

「どっちだろうな」


「なら、カウントダウンします。そのカウントダウン中は、私は目をつぶっていますから、先輩が私の方を見たのかどうかはわかりませんよ?」

「おい、完全に俺の理性を崩しに来てるだろう!!」


「さぁ、どうでしょうね。はい、10~ 9~ 8~」


 カウントダウンは始まってしまった。俺は、理性をグラグラ揺さぶられる。

 温泉には、ナターシャの楽しそうなカウントダウンが響いている。


 カウントダウン中に俺がどんな行動をとったのかは黙秘だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る