第60話 デート②
天地開闢の図。古代遺跡から見つかった通称"始祖の遺言"
幾何学模様と絵によって、この世界のはじまりかたが表記されていると言われている。図のほとんどが幾何学模様に埋め尽くされており、合間合間に図が掲載されている。
専門家たちによって何年もの間、解読が試みられているが、ほとんど進んでいない。
2mもある壁画で、最も上の部分には、「光の翼」をもった天使が天上から荒廃した地上に舞い降りてくるところが描かれている。当時の世界は、人間たちは魔物によって奴隷のように扱われていた。
この光の翼の天使が、力ある人間たちを作り出して、その中でも最も力がある自らの後継者に力を分け与えて、光の魔術を持つ勇者が誕生したとされる。
そして、天使は自ら先陣を務めて、世界を支配していた魔物たちを駆逐し、今の世界を作り上げた。天使は、人間に技術と知恵を授け、さらに魔物に対抗するために、魔術も教えたとされる。
こうして、人間の世界は、本当の意味で始まった。
それが、天地開闢戦争と光の天使の伝説の概要。
だけど、この天地開闢の図には伝説には無い一つの要素が書き加えられている。
それが「光の天使」とぶつかり合う「
その2つがぶつかり合うところで、この壁画は終わっている。
光の天使の申し子である人間と、圧政の象徴である魔王軍の衝突を意味するのではないか?
光の天使と魔王の激突があったことを示しているのではないか?
将来起こる人間と魔王軍の
専門家は、いろんな解釈をしているそうだ。
だが、そんな解釈なんてどうでもよくなるほど、その紋様は美しい。まるで、吸い込まれてしまうような気分になる。
この場にいる人間は、ほとんど無言で食い入るようにその壁画を見つめることしかできない。
この壁画を残した始祖たちの考えなんてよく分からないのに、俺たちは彼らの気持ちが流れ込んでくるような気持になる。
俺たちは、そこで何分もの間立ち尽くした……
※
「おもしろかったですね!」
「やっぱり、あの壁画はすごかったな。美術なんて、よく分からないのに、すごい迫力だった」
「"あれは、我ら人間の始祖の遺言であり、そして、すべてを見通す予言の書かもしれない"」
「えっ?」
「あの壁画を見つけた伝説級の冒険者であり、探検学者でもあったタレスの言葉ですよ?」
「ああ、そういうことか! 聞いたことがあるわけだ!」
あの壁画の意味するところは未だにわからない。だからこそ、あらゆる解釈が成立してしまう。
「ところで、先輩、お腹すきませんか? 私、宿の人におススメのランチができる場所を聞いておいたので、行きませんか? 美術館の近くにあるお店なんですよ!」
「いいね。俺はどちらかと言えば、美術品よりも美味しいご飯だからな!」
「そう言うと思っていました!! さぁ、先輩こっちですよ!! 混まないうちに早く行きましょう!!」
ナターシャは、俺の服のすそを掴んで駆け出した。
「ナターシャ、落ち着けよ、危ないって!」
「いいから、早く早く!!」
こんな子供っぽいナターシャを見るのは、はじめてだった。今日だけでいろんな、ナターシャを見ることができた。
※
そのお店は、本当に美術館の近くにあった。
異国情緒あふれるカフェ。
中に入るとかなり珍しい調度品であふれていた。珍しい香辛料やハーブの匂いもしている。
王宮で食べた東大陸料理とは、また違う匂いだ。
「いらっしゃい! あら、カワイイカップルね! デート? それとも新婚さん?」
体の大きな女店主が出迎えてくれた。
「俺たち、冒険者なんです! 今日はお休みで、そこの美術館観光に行ってきたんです!」
「あらやだ、そんな綺麗な女の子も冒険者なの? カワイイ服を着ているから、デートかと思っちゃったわ! ゆっくりしていってね!」
ナターシャはストレートに容姿を褒められて、かなり照れていた。
よかった、俺がアレクだとばれていない。それに、ナターシャも東大陸の難民キャンプで大活躍していたから、結構顔が知れている。
正体がバレると、せっかくのデートが台無しになってしまうかもしれないからな。
「私は、この大陸の南側の生まれでね! ここは故郷の味を再現したくて、開いたのよ!! 私の故郷は港町だから、いろんな珍しい香辛料が手に入ったのよね~ だからね、東大陸でも、料理の趣味が他と違うのよ~」
女店主は、そう言って豪快に笑った。
だからか。料理のメニュー名を見ても、さっぱりわからなかった。どういう味かもよくわからない。
俺たちが困っている顔をしていると、女店主は気を使って「私のおススメでいいかい?」と言ってくれたので任せることにした。
「故郷の料理は、スパイスが効いてるからね。こっちの人たちの舌に合わせるように調整しているの! その中でも特に食べやすいものを選んであげるわ!!」
非常にありがたい申し出だった。
※
「はい、お待たせしました。こっちがチキンライスね。ライスとチキンと香辛料を一緒に炊いたものよ。そして、こっちはガパオライスね! ひき肉と野菜を一緒に炒めて、
「魚醤?」
「魚を塩漬けにして、発酵させたものよ! においは独特なんだけど、これが故郷の味なのよ!」
そして、ワンプレートで料理は出てきた。ライスとサラダが一緒で美味しそう。
「そして、これが、ナースル王国名産のお茶よ! 服的に、あなたたちは西の国出身かな? 向こうではハーブのお茶ばかりでしょ。だから、葉っぱを煮出して作るお茶を選んでみたわ! 気に入ってもらえると嬉しいのだけど?」
これこそ、異文化の食事!!
俺たちの煩悩を刺激する。
俺は、チキンライスを一口食べてみる。ガーリックとジンジャーなどの香辛料で味付けされたピラフみたいで美味しかった。たしかに、食べやすい。
「すごいうまいです!!」
「これも、美味しい! ちょっと匂いが独特だけど、うま味がすごいですね!! お茶もさっぱりして、苦みも心地よいですね!!」
「よかった~! 気に入ってもらえて嬉しいよ! じゃあ、ごゆっくり!」
他のお客さんの対応のため、おばさんは別のテーブルで接客に行ってしまう。
俺たちは幸せなランチタイムを過ごす。
だが、ここで終わらせてくれるナターシャではなかった……
「はい、先輩?」
そう言って、ガパオライスをよそったスプーンを俺の口元に近づける。
これは、カップルたちがよくやるという、伝説の……
「あーん」
ってやつ!!
「いやいや、これはまずいでしょ!?」
「まずくないですよ! 私たちは意外と顔が売れてますからね! 店主さんは誤魔化せましたが、さっき入ってきた人たちは冒険者さん風の
「お、おう!」
俺もナターシャに押し切られて、口を開いた。濃厚な魚と肉、野菜のうま味が口の中に広がる……
「今、間接キスしちゃいましたね、私たち?」
「ごふぅ!!」
俺はライスを吹き出しかけた。
「それにまだ、終わりませんよ? 冒険者にとって、等価交換は基本ですよね?」
「まさか……」
「先輩のチキンライスも、一口ください! はい、あーんってやつです!!」
俺の手は震えながら、チキンライスをナターシャの口に導いた……
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