第59話 デート

「ごめん、待った?」

 俺は、宿の前で待っていたナターシャに話しかけた。


「大丈夫ですよ、先輩!! 私も今来たところです!」

「そっか、よかった!」

 まぁ、約束時間よりも30分早く来たんだけどね。それなのに、すでに待っていたナターシャって……


 いったい、約束時間の何分前に来ていたんだろうな!!


「じゃあ、行きましょうか?」

 そういって、彼女は笑う。いつもの法衣ではなく、結構ラフな姿。学院時代は制服だったし、冒険者になってからはずっと法衣だった。


 村の家では、パジャマ姿やエプロン姿は見ていたけど、こういうよそ行きのラフなオシャレなナターシャは、新鮮だ。


 白いブラウスと黒いスカートがとてもよく似合っていた。こういう服も持っているんだな。


 東の大陸はみんな民族衣装を着ているので、ナターシャのオシャレは少しだけ浮いている。だが、本人の美貌もあって、みんな見とれていた。


「どうしたんですか? 先輩?」

「いや、ナターシャそういう服も持っているんだなって……」

「そりゃあ、私だって女の子ですからね! でも、この服は、今日のデートのために街の輸入雑貨屋さんで用意したんですよ! さすがに、こういう服は持ってきてないですからね!」


 急きょ用意してくれていたのか……

 たしかに、夕食会の後に数日、こっちで観光していくことになったので、俺はナターシャとの約束を守ることにしたからな。


 ※


「本当に卑怯ですよ、先輩。私をあきらめさせようとして、そんなこと言ったんだって、最初から分かってましたから。冒険者みたいな危ない職業の恋人を持ったら、私が不幸になるなんて、考えちゃったんでしょ? 先輩は、大事な人を失う苦しさを知っているから。自分が死んじゃった時に、私に悲しんでほしくなかったから……」


「先輩の臆病なところは、優しさなんですよ。だから、カッコ悪くない。むしろ、そういうところが――いや、これ以上のことを言うのは、私が卑怯ですよね。ごめんなさい」


「ねぇ、先輩? ここまで、私に心配かけたんですから、ひとつくらいワガママ言ってもいいですよね?」


「なら、デート、してください」


「デートしてください。今度は、私とちゃんとしたデートをしてください」


 ※


 病室での会話を思いだしただけで、ちょっと恥ずかしくなってしまう。あの時のナターシャは、聖女様モードと女の子モードの狭間にいる感じで、とても素敵だった。どれだけ、俺のことを理解してくれているんだろうな、ナターシャ?


「どうしたんですか? 先輩? もしかして、見惚れていますか?」

「ばーかァ」

「恥ずかしくなって誤魔化しましたね?」

「……」

「やっぱりィ~」

 そりゃあ、見惚れない人はいないだろうな。


「すごく似合っているよ!」

「それだけですか~? せっかく後輩ががんばってオシャレしてきたんだから、エスコートしてくれる男の人はもっと褒めないとダメですよ?」


「めちゃくちゃ、カワイイ」

 早口にして、俺はなんとか素直な感想を言うことができた。


「ちょっと、先輩の口からそんなストレートな褒め言葉出てくると、こっちまで恥ずかしくなっちゃいますね」

 ナターシャは、顔を少し赤くして、俺から見えないようにしてしまった。


 そういう仕草、もっと見たいなって思う自分はちょっとヤバいかもしれない。


「もう、早くデート行きますよ! 今日は丸1日私に付き合ってもらいますからね!!」

 そう言って、ナターシャは仕事モードでは絶対に見せない、女の子としての笑顔を見せてくれた。


 今まで、デートと言っても、ご飯や生活必需品の買い物くらいで、ふたりきりで遊びに行くなんて初めてだからな。


 なにもかも新鮮だった。ナターシャが、街で遊んでいる普通の女の子のような笑顔を見せてくれるのが、どうしようもなく嬉しい。


 俺たちのデートは始まったばかりだ。


 ※

 最初の目的地は、王立美術館だった。

 ナターシャたっての希望で、ここに来たかったらしい。


「ありがとうございます! 先輩に付き合ってもらって嬉しいです」

「俺は特に、行きたい場所とかなかったからな! でも、美術はわからないから、解説頼むぞ!」

「一応、勉強しているはずなんですけどね、学校で!」

「もう、忘却の彼方だよ」


 入場券を買って、俺たちは美術館に入る。この美術館は、国王が所有する美術品を展示している。


 最初は、ナースル王国自慢の陶器コーナーだ。東の大陸は、特にこの陶器づくりが発達しており、他の大陸では家1軒分の価値になることも多いらしい。


 他の大陸では、シンプルで食事のためにしか使われない皿でも、こちらの国では独自の手法で焼き上げられて、綺麗な文様まで施されている。


 皿すら美術品に変えてしまうのは、まさに文化大国という異名にふさわしい。


「うわ~、綺麗ですね……」

 ナターシャは、飾られている貴重な陶器を見ながら、感嘆の声を挙げる。

 皿やつぼの上には、綺麗な魚や花が描かれており、まるで生きているかのようにイキイキとそこに展示されていた。


 北大陸と西大陸は、文化的に近いが、東大陸と南大陸は文化圏がまるで違う。

 だからこそ、こういう美術館を巡るのは楽しいらしい。


「やっぱり、すごいですね。数十年、数百年前に作られたものが、こんな風に生きているみたいに私たちの前にある。こういうすごいものを視れるのも、冒険しているからなんですよね? 先輩が私をここまで導いてくれたのかもしれませんね?」


「たしかに、西大陸でずっと生きていたら、こういう世界なんて見ることはできなかっただろうからな。俺も、ここにナターシャと来ることができてよかった!」


「不思議ですよ。遠く離れた学校で、偶然出会って…… お互いに別々に冒険者になって…… でも、こうして今は同じ仲間として、ここに来ている。この大陸には、"縁"という考え方があるらしいですね?」


「縁?」


「物事はすべてが繋がっているという考え方ですね! 世界のすべての出来事は、偶然に見えて、いろんな前後関係や間接的ななにかから必然的なものになっている。ちょっと、哲学的でも、おもしろい考えかただと思います」


「つまり、俺たちが出会ったのも、再会できたのも、偶然に見えて、必然だってことか?」


「そうですよ。私たちが今まで頑張ってきたからこそ、私は先輩と出会うことができた。仲間になることができた。そして、ここでデートすることができるようになった。それは、運命や偶然の連鎖かもしれないけど、もしかしたら、必然かもしれない」


「難しいな」


「でも、そう考えると、私は今まで頑張ってきてよかったと思うんですよ。大好きな人と、こうして同じ時間を共有できるのって、最高に幸せですからね!!」


 ナターシャは最高の笑顔でそう言った。


 ※


 そして、俺たちは、美術館のメイン展示にたどり着いた。


天地開闢てんちかいびゃくの図」


 数十年前に発掘された世界最古のものだと考えられている謎の絵画だ……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る