第55話 病室にて
俺は意識を取り戻した。
そこは真っ白な天井がある部屋だった。
「ここは?」
意識がはっきりしない中で、俺はひとりごとをつぶやいて状況を確認する。
「病室だよ。ナースル王国の軍事病院だ、アレク官房長!」
「ミハイル副会長!! 無事だったんですね。よかった。じゃあ、邪龍は……」
俺のひとりごとには、副会長が答えてくれた。
「ああ、キミが滅ぼしてくれたんだよ。おぼえていないようだがね!」
「はい、完全に暴走してました…… けが人は、みんな無事ですよね? ナターシャは?」
俺の動揺した声に、副会長はにっこりと笑って、俺の方を指さす。
「顔面を蒼白にして、キミを心配していたんだよ。2日も徹夜で、キミを看病していたから、疲れて寝ちゃったんだろうね。安心してくれ、ボリス君もマリア君も軽傷だ。ナターシャさんの手当てがよかったからね」
俺のベッドに、ナターシャは顔を埋めていた。その様子に、愛おしさと罪悪感をおぼえる。
「目が覚めたら、ちゃんと謝っておいてくださいね」
「はい」
「じゃあ、あとはお若いふたりで!」
そう言うと副会長は、俺の病室を後にした。いや、お見合いじゃないんだけど……
気を利かせてくれた副会長に俺は悪態と感謝を抱きつつ、後姿を見送った。
※
2日も寝ていたのか、俺。寝ているナターシャの頭を撫でる。
「心配かけて、ごめんな、ナターシャ!」
こいつが心配性なことはよく知っている。だからこそ、本当に罪悪感で胸が痛い。
「おまえを守るために、何かパニックみたいになっちゃってさ。あんな危ない橋を渡っちゃったんだよ。でも、お前に心配かけちゃったよな。ごめんな」
「本当ですよ!」
ナターシャはベッドに顔を埋めながら、俺の手をつねった。
「やっぱり起きてたか!」
「寝てます、これは寝言です」
「そっか。俺さ、あの邪龍に追い詰められていた時、世界のことなんて微塵も考えていなかったんだ。どうやったら、ナターシャを助けることができるかって、いっぱい、いっぱいになってた」
「情けない英雄様ですね」
「ホントだよな。俺さ、学生時代は、ナターシャのことを死んだ妹の代わりみたいに思ってた。だから、卒業式の日、お前の告白には、本当に驚いたよ。ビックリした。だから、
「本当に卑怯ですよ、先輩。私をあきらめさせようとして、そんなこと言ったんだって、最初から分かってましたから。冒険者みたいな危ない職業の恋人を持ったら、私が不幸になるなんて、考えちゃったんでしょ? 先輩は、大事な人を失う苦しさを知っているから。自分が死んじゃった時に、私に悲しんでほしくなかったから……」
「否定はしない」
「先輩の臆病なところは、優しさなんですよ。だから、カッコ悪くない。むしろ、そういうところが――いや、これ以上のことを言うのは、私が卑怯ですよね。ごめんなさい」
「ありがとう」
俺たちはお互いに本心を口にしなかった。でも、互いが互いのことをどう思っているかなんて、もう言わなくてもわかっていた。お互いにお互いのことが、大好きで大切だなんて、もう分かりきっていたから。
「ねぇ、先輩? ここまで、私に心配かけたんですから、ひとつくらいワガママ言ってもいいですよね?」
「俺にできることなら、何でもするよ!」
「なら、デート、してください」
「えっ!?」
「デートしてください。今度は、私とちゃんとしたデートをしてください」
ナターシャは、俺のことをまっすぐに見つめて言った。
「わかったよ」
いつの間にか、俺たちの手は固く握られていた。
※
俺は副会長が置いておいてくれた新聞に目を通す。
寝ている間に、邪龍問題がどのように報道されていたのかを知るために……
――――
テルミドール579年10月21日 ナースル新報朝刊
王国西部において、甚大な火山噴火と山火事が発生! 光の翼と関係か?
王国国防省は、20日夜、ナースル王国の西部で大規模な火山噴火が発生していると明かした。
火山の噴火が確認されているのは、王国北西部海北県にあるロン火山。爆発的な火山噴火が観測されており、周辺において大規模な山火事も引き起こしている。
すでに、軍隊は災害派遣命令を受けて、救助活動をはじめており、周辺住民や旅行者の避難命令も国王陛下より出されている。
また、これは未確認情報であるが、光の魔術の影響で発生する"光の翼"が周辺地域での発生を確認されており、今回の爆発となにか関連があるのではないか現在調査中である。
王国国防省も「火山噴火と光の翼の関連性は現在調査中であるため、回答を控える」とした。
――――
なるほど、初期報道では、火山の噴火と山火事としていたのか!
だが、光の翼の件もあるから、さすがに隠しきれないだろうな。
それに王国内にいたとされる裏切り者も気になる。
――――
テルミドール579年10月21日 ナースル新報夕刊
セキ宰相、死去。
セキ宰相が、20日夜、宰相官邸内で死去した。61歳だった。
セキ宰相は、518年生まれ。3年前より国王陛下の諮問機関である内閣のトップ宰相を務めていた。
セキ宰相は、火山噴火の対応を指揮していたところ、急に胸を抑えて苦しみだし、そのまま死去した。
現在は、国防大臣が宰相代理に任命されて、代わりに救助活動の指揮を執っている。
――――
こいつが裏切り者か。自殺か他殺かはわからないが、邪龍が敗れたことで、この裏切り者は死んだのだろう。王国としても、宰相が裏切り者だったなんて発表できるわけがないから、病死扱いして真実を闇に葬る腹づもりか。
――――
テルミドール579年10月22日 ナースル新報朝刊
ロン火山の噴火は、邪龍復活をもくろんだカルト教団の仕業と判明!!
王国国防省は、20日夜に発生したロン火山の噴火は、伝説の邪龍復活をもくろんだカルト教団"邪龍教団"が引き起こしたことが判明したと伝えた。
邪龍教団は、"アナトーリ"教祖によってつくられた新興宗教集団であり、邪龍復活による世界の浄化を目指しているとされる。
すでに邪龍と教団幹部は、壊滅しており、ロン火山付近で確認された光の翼は邪龍との戦闘において発生したものだと考えられる。
また、ギルド協会首脳も「ナースル王国の依頼を受けて、今回の事件に特別チームを編成し介入」したことを本紙のインタビューで認めた。
以上のことから、ギルド協会がアレク官房長を伴って現場で教団と交戦したものだと思われる。
協会は、後日に正式な記者会見を開くとしている。
――――
ちなみに、ギルド協会首脳はミハイル副会長のことを指す隠語だ。主に、オフレコの話をマスコミに伝える時にこの謎の人物がよく登場する。
政治的な配慮や裏工作、世論工作のために、副会長が精力的に活動していることがよくわかる文章だった。
「俺、またスピーチしなくちゃいけないんだなァ」
安心感と絶望感が同居したため息をついた。
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