第54話 暴走
俺は、自分の体の中にある魔力をすべて解き放つ。
ナターシャによって、付与された聖魔力は、なぜだか、俺の体を経由することで、光の魔術に変化する。詳しい理由は分からないが、俺の魔力体質に何かがあるのだろう。
今、俺の体の中には、自分の魔力とナターシャの魔力。ふたり分の魔力が混在している。光の魔力は背中の翼に変換されている。
そして、元からある魔力は手つかずのまま、俺の中にとどまり続けている。
それをすべて解放して、光の翼の方に流せばどうなるか?
世界ランク2位の俺の魔力が、すべて光の翼に流れ込んだとき、爆発的なエネルギーが発生するはずだ。だが、その膨大な魔力は、間違いなく暴走するだろう。
今の俺に、それを制御できるか。わからない。
どんな結果がその先にあるのか予想もつかない。
もしかしたら、人としての俺は死んでしまうかもしれない。
人ではない怪物に変化してしまうかもしれない。
だが、ひとつだけわかっていることはある。
このリスクを背負わなければ、邪龍には絶対に、勝てない!
「(ナターシャ、俺に力をくれ!)}
全ての魔力を光の翼へと、移動させる。
魔力が俺の周囲に漂っているのがよくわかった。
今のところ50%ほどだろうか? すでに、魔力の暴走ははじまりつつある。
思考スピードがドンドン上がっていくのが分かる。危機を乗り越えるために、人間の本能が呼び覚まされているのかもしれない。
このまま、いけば、超えては、いけない世界へと向かってしまう。
人間の本能は、ブレーキをかけろと叫んでいた。しかし、止まるわけにはいかない。
俺はさらに魔力を注ぎ込む。すでに、俺の周囲には光の魔術の暴走によるオーラが作られはじめていた。邪龍も俺の意図を察してか、暗黒剣で攻撃を仕掛けるが、オーラによって簡単に弾かれている。
ナターシャが俺に向かって何か叫んでいる。
だが、もう俺にはその言葉すらも届かない。
頭の中が光の中に包まれていく。
そして、俺の理性は途切れた。
最後に見た光景は、異常に巨大化した光の翼と、ナターシャの心配する顔だった。
※
「まさか、暴走!? ダメです、先輩。それ以上は、行っちゃダメです」
私は光に包まれる先輩を見ながら、必死に叫んだ。マリアさんを回復させながらも、私は先輩に泣いてすがりたい気持ちに襲われる。
先輩の膨大な魔力を光の翼に注ぎ込んでいる。それが実現した時、おそろしいほどのエネルギーが発生し、現在、劣勢の先輩にも逆転の目がでてくる。
でも、先輩がその後どうなるか、わからない……
そんなのは嫌だ。自己犠牲なんて、先輩には似合わない。
でも、私の叫びは彼には届かなかった。
完全に光に包まれる前の彼は、私を見ながら笑っていた。
いつものように、優しい笑顔で――
「大丈夫だ、心配するな!」
彼の口元はそう動いた。
光の翼は、みたこともないほどの大きさに巨大化し、分裂していく。
先輩を包んでいた光のオーラは、拡散され、空の雲すらも割っていく。
最も先輩に接近していた邪龍は、そのオーラの直撃を受けてズタズタになっていった……
※
光のオーラによって、ズタズタにされた邪龍は、静かに地面に落ちていく……
ヴァンパイアとの決戦の時よりも、さらに光の翼は大きくなっている。
巨大な光の翼を羽ばたかせて先輩は、まるで天使のようにどんどんと上昇していく。
「邪龍の再生力をなめるなァ」
地面に堕天使のように伏していた邪龍は、その再生力を使って、再び先輩に挑もうとするものの……
先輩の目が光り、邪龍の体は突然爆発した。そして、爆発の衝撃波によって地面は大きなクレーターができるほどに、えぐられる。
「うおォ」
邪龍は何が起きたかわからないような声をあげて、天使の翼を見つめていた。
先輩が暴走させた光の魔術は、邪知暴虐な力を発揮させて、邪龍を地面に叩きつけたのだ。
「なんだ、これはァ? 俺は伝説の邪龍だぞォ…… 世界を破壊する能力を持っているはずなのにィ…… どうして、あの男に近づくことさえできないんだァ」
そう言うと邪龍は諦めきれない様子で、先輩に向かって特攻する。全力を出した上昇スピードは、先輩に肉薄する。暗黒のオーラで作ったふたつの刃が、先輩の首筋に突き立てられる。
……が、
邪龍の刃は、先輩に触れた瞬間に消滅した。
「はァ?」
邪龍は何が起きたかもわからないような表情に変わり、消えていく刃を見つめることしかできなかった。
「嘘だろォ、ここまで差があるわけがないィ。だって、こいつは単なる人間なのにィ」
さきほどまで、余裕だった邪龍とは思えないほどの狼狽ぶりで、どうすることもなく立ち尽くしていた。
先輩の口から、魔力の収束が発生している。まさか、さっきの青い炎の真似をしているの?
魔力の光は、光弾の形になって邪龍に襲い掛かる。
「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ」
邪龍は光弾とともに地面に打ちつけられて爆発した。
龍人は、断末魔のような悲鳴をあげながら、再び地面に叩きつけられる。
今まで人間を見下しながら、虫けらのように殺してきた邪龍が、完膚なきまでに人間に
「屈辱だァ。どうして、余は何もできないんだァ。この下等生物にィ」
何度も地面に叩きつけられて、邪龍は生まれて初めての屈辱に泣き言のようなことまで言葉にしている。食物連鎖の頂点にいると勘違いしていた生物が、本当の強者と出会ってしまったのだから仕方がない。
光の翼の周囲からは、さきほど放たれた光弾と同じものが、複数作られていた。
とどめを刺すつもりなのね。
「やめろオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ」
邪龍はそう叫んだが、止まるわけがなかった
複数の光弾が邪龍に降りかかり、伝説の怪物はこの世から跡形もなく消え去った。
すべてが終わった後、光の翼に包まれた先輩は、ゆっくりと地面に降り立って、気を失った。
※
「さすがは、アレク官房長だ。儂の狙い通りに動いてくれたのォ~ 副会長もみごとに彼をここまで誘導してくれた。儂のみこんだふたりに任せて正解だった! やはり、
「それに、そろそろあっちにも動きがあるだろうな~ すべては我らのプラン通りに進めばいいがなァ~」
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