第53話 光の翼 vs 邪龍

 青い炎が炸裂する寸前に、俺たちの前に一人の女性が立ちはだかった。


 マリアさんだった。


聖なる壁セイント・ウォール

 神官職だけができる聖なる魔術。いくつかある聖魔術のなかでも、最も防御に特化した魔術。

 邪龍の攻撃は、ブレスに暗黒オーラがこめられているため、威力減退には効果があるはず。


 しかし、それは威力が弱まるだけであり、消滅するわけではない。


 業火の盾やダモクレスの聖槍のような伝説の武具をもたないマリアさんでは、耐え切れないかもしれない。


「ダメですよ、マリアさん」

「そうだ、俺が一度、時間を作るから、マリアさんは避けてくれ」


 俺たちはふたりで、彼女を説得する。


 絶対零度の剣なら、あの攻撃を無効化までは言わなくても、弱体化することはできる。


「だめよ、ふたりとも。もうボリスくんも、副会長も気を失っている。ふたりの魔力充填のために、囮となる戦力はないんだから――私が耐えている間に、充填を済ませておいてください」


 マリアさんはそう言って笑っていた。


「だけど……」

「危険すぎる」


「大丈夫、アレク君、ナターシャちゃん! ! アレク君は、ヴァンパイアとの戦いで私を命懸けで守ってくれた。だからこれは、そのお返し。私だって、冒険者だからね。ここで引いたら、冒険者としての私の名前が泣く」


 マリアさんは、全力で防護壁を展開する。


「「マリアさん!!」」


 俺たちは、彼女の名前を呼ぶ。


「ここで死ぬわけにはいかないわ。だって、私は、あなたたちの仲間だからね。ふたりの夢の果てを、見るまでは死ぬわけにはいかない! あなたたちも死なせるわけにはいかない。伝説級の冒険者になるんでしょ、ふたりとも!! 早く光の魔術を発動して、あのむかつく邪龍をやっつけちゃってね」


 青い炎は魔力壁にぶつかり、鈍い音を響かせる。


 確かに威力は減退しているが、攻撃は続く。

 魔力壁にも限界がある。ところどころに目視できるほどの、ノイズのような穴が発生していた。破られるのも時間の問題。


「ナターシャ、まだ終わらないか?」

「あと、数秒です! 先輩!」

「急いでくれ、ナターシャ!!」

「はい!!」


 マリアさんのローブは、衝撃波によって少しずつ燃え始めている。

 もう限界だ。


「やらせない、やらせない、やらせない。やらせはしない。あんたみたいな、邪龍に…… ひとを食い物にしていたゲスが復活させたような化け物に、ふたりの将来は奪わせない。あのふたりが、どれくらい純粋な気持ちで、いままで頑張ってきたのか、わかる? それを他人の将来を食いつぶして生きていたゲスが復活させたあんたなんかに、やられるわけにはいかないのよ!! 私は絶対に、倒れない!!」


 マリアさんは、自分を鼓舞するように、つぶやいていた。


「私は、アレク君と、ナターシャちゃんを、伝説級の冒険者にする!!」


 ついに、青い炎を完全に防ぎ切ってしまった。しかし、手や体の節々の皮膚は火傷でただれており、早く手当てをしないとまずい。


?」

 マリアさんは重傷を負いながら、満足そうに微笑む。


「先輩、終わりました!!」

「よし、ナターシャはマリアさんたちの治療を頼む。あとは、任せてくれ!」


 俺は背中に光の翼を顕現させた。


 ※


 俺は、絶対零度の剣に魔力をともしながら、斬撃を放つ。

 光魔術をこめたその一撃が邪龍に襲い掛かる。


 邪龍は青い炎で、それに対抗しようとしたが、光線はそれすらも真っ二つに切り刻んでしまう。


「まさか、光の翼か!? そうか、お前がァァァァァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ」


 邪龍はなすすべもなく、斬撃に切り刻まれる。胴体が2つに分かれながら、邪龍は絶叫をあげた。


 光魔術と絶対零度の剣の組み合わせはすさまじい破壊力を誇っている。ボリスや副会長の攻撃すら通らなかった邪龍の胴体は、まるで紙のように簡単に切り裂かれる。


 俺は虫の息になった邪龍の眉間に、刃を突きつけた。


「さあ、覚悟を決めろ。邪龍野郎。残念ながら、お前にもう世界をどうにかするなんていう力は残っていないだろう?」


「フハハハハ、さすがは光の勇者というわけかァ」

 邪龍は勘違いしているようだが、訂正する必要はない。俺は剣を高々と掲げる。これで終わりだ。


「ならば、余もそれにふさわしい姿をお見せしなくてはいけないだろうな」


 邪龍の切り刻まれた部分からは、人の足のようなものが発生する。胴体は少しずつ縮小していき、背中からは光の翼に似ているが、漆黒の翼が顕現していく。


 まさか、第2形態か!?


 変化が終わる前に、俺は止めを刺すために剣を眉間に突き刺そうするが、漆黒の翼によって防がれてしまう。


 暗黒のオーラが、周囲に拡散する。


 邪龍は人間のように、2足歩行する怪物へと変化していく。ほとんど俺と変わらない大きさだが、暗黒のオーラはより濃縮されて、巨大な漆黒の翼へと集まっていく。


 左右の手には、暗黒のオーラで作られた剣のようなものが生まれる。


「これが余の本来の姿だ」

 そういうと、さきほどとはうって変わって、俊敏な動きで二刀流の剣技で俺に襲い掛かってくる。


 まずい、速すぎる。1刀は絶対零度の剣で、防ぐことができたが、俺得意のカウンター攻撃をすることはできなかった。もう片方の剣が、俺の頭をかすめたからだ。なんとか、体術で避けることはできたが、カウンターは封じられる。


「逃げてばかりでは、戦いにならんぞ、光の勇者よォ」

 体が小さくなったことで、あらゆるパワーが濃縮されて動きが見違えるように速くなっている。


 おそらく、青い炎のような広範囲の攻撃を封印する代わりに、1対1に特化するような形態なのだろう。


 この動きの速さでは、魔力攻撃もままならない。剣技なら向こうの方が上。


 完全に手詰まりだ……


 ニコライの「オルガノンの裁き」を受けている時よりも、絶望感がある状況。


 だが、ここで俺がやられたら、ナターシャも俺たちに時間を作るために囮になってくれた3人も、そして、世界全体を裏切ることになってしまう……


 だったら、やるしかないのか?


 一か八かの最後の手段を……


 はたして、俺が、あの最後の手段を制御できるのか。


 だが、もう時間は残されていない。迷っている時間はなかった。


 たとえ、人間としての姿を失ってしまっても、俺には守りたいものがある。


 だから、選択肢なんて残されていない。


 リスクは承知だ。俺は最後の切り札を解放した……

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