第45話 恋に落ちた瞬間
「どうして?」
私のために戦う先輩にそう投げかけた。
「かわいい後輩が、ひとりで世界に絶望している。そんなやつに世界の温もりみたいなものを知ってほしいじゃないかよ! おまえの生きている世界は捨てたもんじゃないって…… 気がついてほしいだろ! それを教えてやるのも先輩の務めじゃねぇか!」
そう言って先輩は引き続き氷魔法で応戦する。でも、そんな魔法じゃあのゴーレムは……
無意味だと思っていた魔法は、着実にゴーレムにダメージを蓄積させていた。
ゴーレムは左足を失い、倒れ込む。
そうか、効かなくても氷は土を弱らせる!!
ゴーレムといえども、しょせんは土人形!
水分が蓄積し、土がぬかるめば、自重で自然に崩壊する。
この人は、この一瞬でそこまで計算しているの?
片足を失ったゴーレムは、もがいていた。先輩はそれをゆっくりと氷魔法で弱らせる。
少しずつ四肢を失ったゴーレムはついに崩壊した。
「よかった! 間に合った!!」
先輩はそう言って倒れ込んだ。ところどころに傷がある。たぶん、私を助けようとして無理したからだ。
「どうして! こんな生意気な後輩のために、命をかけるんですか? 自分の命を投げだそうとしちゃうんですか? 馬鹿ですよ、あなたは!! 大馬鹿です!!!」
「ナターシャを助けたかったから。かわいい後輩が大変なときに、俺は黙って見ているなんてできない」
「カッコつけないでください!! 今、治癒魔法を!」
「かわいい後輩を助けるためなら、男はどんな無理でもしちゃうんだよ。だから、泣くな、ナターシャ! もうすぐ、ニコライたちが先生を呼んで来てくれて助けに来てくれるからさ」
「えっ?」
先輩に指摘されるまで、目から透明な液体が流れていることに気がつかなかった。
「怖かったよな! もう大丈夫だ! ごめんな、もう少し早く来ればよかったよな!」
先輩が優しい言葉をかけてくれると涙は止まらなくなった。
そして、自分は大事なことをまだ伝えていないことに気がついた。怒るよりももっと早く伝えなくちゃいけない言葉を私はまだ彼に言っていなかった。
「先輩、助けていただきありがとうございました」
「どういたしまして!」
こうやって、私の初恋ははじまった……
※
その後、私たちは先生たちに保護された。私は、軽いねんざで数日で治ったけど、先輩はゴーレムの攻撃を何度か受けてしまったので、数週間の入院になってしまった。
私はお見舞いのために、先輩の病室を訪れた。
「おっ、ナターシャさんじゃん! お見舞いに来てくれたのか? 足のけがは、もう大丈夫か?」
いつのまにか、「さん」付けに戻ってしまったことを悲しく感じる自分がいた。
「はい、おかげさまで! 先輩のおかげで助かりました。本当にありがとうございます!」 そう言って、私はお見舞いのフルーツと手作りのクッキーを渡した。
「よかった! でも、助けた方がこんな状況じゃカッコつかねえよな!!」
「そんなことないです。すごく格好良かったですよ」
「ありがとう! クッキーじゃん! もしかして、ナターシャさんの手作り?」
「はい、料理は趣味なので」
「すごいな! 貴族のお嬢様って聞いていたのに、料理できるなんてすごいじゃん」
「簡単なものしか作れないですけどね」
「お菓子って難しいんだろう? 謙遜するなよ。うん、すごく美味しい」
どうしよう。彼に喜んでもらえただけで、胸が爆発するかと思うほど苦しくなる。
「ナターシャさんのクッキー美味しい。すごいな、本当に何でもできるんだ!」
「"さん"はいらないですよ」
「えっ?」
「だって、ゴーレムと戦っていたときは呼び捨てだったじゃないですか! だから、ナターシャでいいですよ! アレク先輩!」
「ああ、あのときは、頭が真っ白だったからさ。でも、わかったよ、ナターシャ!」
「はい!!じゃあ、私はリンゴでもむいてきますね!」
不謹慎だけど少しだけ彼女気分を堪能した。
※
その後は、先輩とフルーツを食べながらいろんな話をした。
先輩は、小さい頃に魔物に襲われて家族を失ってしまったこと。
叔父さん夫妻に引き取られて、塞ぎ込んでいたけど、ふたりが献身的に支えてくれて、立ち直ったこと。
経済的な負担をかけたくないから、奨学金をもらうために頑張ったこと。
恵まれているのに、ふて腐れていた自分が情けなくなるほど、先輩はさっぱりとそれを語った。完全に吹っ切れている顔だった。
「おれさ、ナターシャみたいに、塞ぎ込んでいる人を見るとほっておけなくてさ! なんだか、昔の自分を見ているみたいだし! この世界って、結構優しいんだよ。それを伝えたかったみたいな?」
先輩は、さわやかな口調で私を心配してくれる。
「ナターシャは、卒業した後の進路とかどうするの? やっぱり、官僚?」
「そうするつもりだったんですけどね。正直、悩んでます」
「そっか!」
「ちなみに先輩は?」
「俺は冒険者になる!」
「冒険者ですか!?」
「ああ、卒業したら、ニコライとパーティーを組んで冒険するんだ!!」
「危ないんじゃないですか?」
「そりゃあ、そうさ。でもさ、冒険者って、誰かの笑顔を作れるんだよ。ナターシャが俺に笑顔を見せてくれるようになったみたいにさ!」
「……」
「そして、いつかS級まで上り詰めるんだ! あわよくば、伝説級冒険者だ。光の魔術ができるニコライを支えてさ! そうすれば、世界を笑顔に包めるかもしれないだろう? 俺みたいに悲しい思いをする子供を減らせるかもしれない!」
「(すごいな……! この人は……)」
「ところでさ、ナターシャ? うしろの人たちはどなた様?」
「えっ?」
病室のドアのところには、私の家族がいた……
「よかった! ナターシャ、本当に無事でよかった!!」
こんなに慌てた父は初めて見た。
「ナターシャちゃん!! ああ、よかった!! 怪我をしたと聞いて、みんなで慌てて来たのよ! 痛いところはない?」
継母がこんなに心配してくれていたなんて思わなかった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
弟は私の足に抱きついて泣いている。
「本当に悪かったな。今まで仕事の忙しさを言い訳に、ナターシャに全然相手してやることができなかった!! 一生後悔するところだった、俺は父親失格だ!」
「えっ?」
父にこんなに強く抱きしめられたことは初めてかもしれない。
「私も、あなたに嫌われていると思っていたの。でも、ナターシャちゃんが怪我をして入院したと聞いてーー本当なら、大人の私がもっとあなたに歩み寄らなくてはいけなかったのに。臆病な女でごめんね。あなたにもしものことがあったら、あなたの天国のお母さんに顔向けできなかった。本当によかった」
お母さんは悪くない。必死に私に寄り添ってくれようとしていたのに。拒絶したのは、私なんだから……
「みんな、心配かけてごめんね。来てくれて、ありがとう。すごく嬉しい。す……ごく、こわ……かっ……んだ」
そう言って私は両親の抱きつきながら泣いた。
私はこの時、はじめて彼らの子供に、家族に成れたと思う。
その後、私の家族から、先輩にたくさんの感謝の言葉が伝えられた。家族みんなが先輩のファンになったのは言うまでもない。
※
「そんな感じですよ!」
私はガールズトークに一区切りつけた。
マリアさんは少しだけ目が潤んでいた。この人もライバルなのに優しい人だ。
「もうナターシャさんの家族公認なんだね!」
マリアさんは少しだけ茶化す。
「はい、みんな早く結婚しろってうるさいくらいで!!」
マリアさんは、不思議な表情で空を見上げた。
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