第44話 過去の思い出
学校に進学しても、私のつまらない日常は変わらなかった。人とはできる限り距離を取って、住処を書斎から図書館に変えただけの日常を過ごしていた。
なるべく、人とは関わらないように、本の世界で生きる。
私にとっての処世術だった。
私が誰かにすり寄らなければ、誰も私に近づかない。それは、家族との関係でよく分かっていた。学力面で圧倒的な存在感を放っていた私が近寄りがたいオーラを出せば、周囲は怖がって、私は簡単にひとりになれた。
それが、私の生きる道だと思っていたのに……
あの人は、いきなり私の前に現れた。
その日は、いつものように図書館で本を読んでいた。
「あっ、キミがナターシャさんか! 1年生の主席だろ? すごいよな。この席、いいかな?」
「……」
今では、最愛の人になっている彼だった。たまにこういう人はいたので、いつものように無視を決め込んだ。たいていの人は、無視していればどこかに行ってくれていたのに……
彼は、だんまりを決め込んでいる私を無視して、相席に勝手に座ってしまった。
「私、座っていいなんて言ってませんよ?」
「でも、座っちゃダメなんて、言われなかったよ?」
「屁理屈です」
「学年主席様を、論破できて光栄かな?」
「勝手にしてください!」
彼は2年生の中ではちょっとした有名人だった。貴族の子弟が多い学校の中で、珍しい平民出身の生徒だった。どうやら、成績は良いらしく、無償の奨学金をもらいながら勉学に励んでいるらしい。
同学年では、20年に1度の光の魔術の使い手であるニコライという人が首席だったが、アレク先輩も次席でライバルかつ親友のような間柄だった。
気さくな性格で、いろいろと親切なので友だちも多く、後輩からも人気があった。根暗な私とは正反対の性格で、正直怖かった。
たぶん、孤立気味の後輩をフォローしたくて話しかけてくれたんだと思うが、私にとってはいい迷惑だったんだけど。
でも、彼は何度も拒絶しても、私に
食堂でも……
「おっ、ナターシャさんじゃん! 今日は何を食べるの?」
廊下でも……
「1年生は移動教室なんだな! じゃあ、ナターシャさん放課後に図書館で!」
図書館でも……
「なんか面白い小説読みたいんだよね! ナターシャさん、おススメある?」
こんな感じの押しの強さに根負けした私は、少しずつ会話をするようになってしまった。
「パスタです」
「勝手に来ないでください」
「入口にあった新刊小説、おもしろかったですよ」
本当につまらないことしか言えなかった。だって、仕方ない。私は、普通の人と話したことがなかったんだから。
でも、先輩は根気強く私に合わせてくれた。
「じゃあ、俺もパスタにしよう!」
「えー、図書館はナターシャんだけの物じゃないでしょ!」
「早速借りてくるよ! ナターシャさんのおススメだから、おもしろいに決まってるよね!!」
今考えればわかる。先輩は、私に歩み寄ってくれていたんだ。だから、少しでも私が反応を返せば、あんなに嬉しそうにしていたんだ。
そして、ふたりの関係を変えることが、その数か月後に起きた……
※
私と先輩の関係を変えたのは、ある実技試験だった。
1年生と2年生の合同でおこなわれたそれは、班に分かれて、ダンジョンを攻略するというものだった。
孤立気味だった私は、先輩の班に誘われて、実技試験に参加した。
実技試験とはいっても、地下2階のダンジョンに潜り、教師が指定する魔道具を取ってくるだけの簡単なもので、中には強い魔物もいないし、死に直結するような罠もない。
それらは、すでに教師たちによって排除されており、生徒たちは安全に冒険の真似事ができるはずだった。
1年生・2年生の主席である私とニコライさん、そして次席の先輩が同じチームだったから、ダンジョンの攻略は順調に進んだ。
指定された魔道具も、無事に手に入れることができた。
しかし、帰路で事件は起きてしまった。
「魔力総量900を感知!」
機械的な音がダンジョンに響くと、私の足元にあった床が突然無くなった。そして、私は、存在しないはずの地下3階に落とされてしまった。
後から聞いた話だが、その罠は、魔力の潜在能力が高い人間が指定個所に足を踏み入れると発動するタイプのもので、教師たちを上回る潜在能力をもった人がトリガーとなるため、見逃されてしまった罠だったようだ。
あの時は、ニコライさんがトリガーになったと思ったんだけど、たぶん、先輩のせいだよね……
「痛たたたっ!」
落とし穴に落ちた衝撃で、足をくじいてしまった私は、慌てて周囲を見回す。
そこには、巨大な
まずい。あきらかに学生が相手できる魔物じゃない。きっと、このダンジョンの主だ。
地下3階は、大きな空洞になっており、そこにはゴーレムと戦うためにあるような部屋だった。
私は、下位魔法で撃退しようとするも、そんな子供だましはすぐにゴーレムに弾かれてしまう。
「(ここで、死んじゃうのかな、私? 本当に、ろくでもない人生だったな。せめて、来世は、幸せな人生を送りたい。誰かに愛されて、必要とされるような、そんな、当たり前の日常を暮らしてみたいな)」
私は、ゴーレムが手を振り上げて、私を押しつぶそうとしているのを見ると、目をつぶって覚悟を固めた。
最期の時に、目をつぶって現れたのは、幼い時に死んでしまった母でもなく、実家の家族でもなく、なぜだか、あの
「
私の目の前には、いきなり氷の壁が現れる。
ゴーレムの攻撃は、それに防がれた。
「えっ?」
「
上空からは無数の氷の矢が降り注ぎ、ゴーレムを襲った。
「ナターシャ、大丈夫か? 今、助けが来るからな。それまで、俺が持ちこたえてみせる!」
一人の男の人が、空から降ってくる。アレク先輩だった。
彼は危険を顧みずに、生意気な後輩を助けるために、私の落ちた穴から助けにきてくれたのだった……
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