第32話 親子
祝賀会は、聖・ペテルブルク離宮の大広間で執り行われる。
国王イヴァン8世をはじめとして、ルーシー王国の王族・貴族たちが参加し、盛大に行われる。陸上封鎖に協力してもらった専属冒険者たちにもパーティーに招かれている。とはいっても、さすがに会場には全員が入れないので、別の屋外会場も用意されていて、ほとんどのひとはそちらで飲み食いを楽しむらしい。
さすがに、俺たちは、正式な広間のほうで参加することになっていて、ちょっと緊張する。
マリアさんとナターシャは、王国が用意してくれたドレスを着るために、別室に案内された。俺も一応、礼装をしなくてはいけないようだ。モーニングを着た。たまに着るスーツとそう変わらないので、ちょっと安心している俺がいた。
だが、ボリスは……
「ど、どうだ?」
「か、カッコイイと思うよ」
俺は笑いをこらえて、そう言った。よく貴公子がきるような、首にフワフワしたものがついて、赤い上着を羽織っている。まさに貴公子様のような服だ。
しかし、徹底的に鍛え上げられた肉体と大きな体は、王子様とは思えないほどたくましい。
はっきり言おう。屈強な冒険者が、王子様にコスプレしたような絶妙な似合わなさが漂っている。
こいつ、本当は王子様のはずなのに。
「おまえ、絶対に笑っただろ!!こうなるから、祝賀会から逃げようとしたのに……ちくしょー」
「王子様がそのような汚い言葉を使ってはいけませんよ、ボリス殿下?」
「完全に馬鹿にしてるだろ!」
「ボリス殿下、やめてください。暴力だけは」
「うるさい、この鈍感男ー!?」
そんな風にふたりで騒いでいると、ナターシャとマリアさんが帰ってきた。
ナターシャは、淡いピンク色のドレスを、マリアさんはシックな紺のドレス。とてもよく似合っていた。
そして、女性陣はボリス殿下の正装を見て――
「ぷっ、ボリスさんって本当に殿下だったんですね。とっても、よく似合ってますよ~」
「ええ、本当に。ギャップがあって、かわいらしいですわ」
笑いをこらえていた。
「みなさま、準備はできましたか?」
こちらも正装に着替えた副会長と、威厳ある屈強な男性が部屋に入ってくる。
王様が着るようなマントと、豪華な王冠、荘厳な装飾がほどこされた杖。
そうか、この人が……
ルーシー王国国王イヴァン8世か!
ボリスによく似た巨体とたくましい体。190センチを超える身長。鍛え抜かれた足腰。まさに親子だ。そして、プロの武道家と言われても信じてしまう。
「アレク様、マリア様、ナターシャ様。そして、ボリスよ。この度は、我がルーシー国の国民を救っていただき感謝いたします。本当にありがとうございました」
王はためらいもなく、頭をふかぶかとさげた。
「王様、ダメですよ。冒険者ごときに、そんなに頭を下げては!」
「いいえ、アレク様!あなた方は救国の英雄なのですから、冒険者ごときではありません。今回、避難誘導に参加していただいた方々をはじめ、作戦に参加したすべての方々が私たちにとっては英雄なのです。もし、これ以上被害が大きくなれば大変なことになるところでした。感謝してもしきれません」
豪快ながら、名君ともよばれる国王は偉大だった。さすがは、北方の大国の国主。
「しかし、復興支援は、大変なものになるでしょう?北方支部長もできる限りの支援を行うと言っておりますので、なにかあればすぐに言ってください」
「本当に皆様に、なんとお礼を言ったらいいのか。その際はよろしくお願いいたします」
なんと腰が低い王様だろう。俺たちもいろんな王と出会ったがここまで丁寧に対応してくれたのははじめてだ。
「皆様には、"イヴァン大勲章"を贈呈させていただきます。この勲章は、我が国を献身的に助けていただいた方々にお渡ししている勲章ですので、どうかお受け取りいただきたいです。また、報奨金も……」
「ありがとうございます。勲章はありがたくいただきます。しかし、みんなでも相談したんですが、報奨金のほうはギルドからも出ますので、今回は辞退させていただき復興支援のほうに回してください」
「ああ、なんという無私の心だ。感動いたしました。今後、アレク様に関しては、我らルーシー王国が全力をもって支援いたします。なにかあったらすぐにご相談ください」
「ありがとうございます」
そう言って俺と王様はガシッと固い握手をする。やばい、王様の握力が強い。痛い、痛いぃぃぃぃぃ。
「さて、堅苦しい話は一度おいておいて!」
王様は、ボリスのほうを見つめる。なんかすごい怖い笑みを浮かべているんだけど、大丈夫か?
「おお、我が息子よ。本当に立派になって!活躍を聞いてパパは嬉しいぞ。さあ、感動の抱擁を!!」
「うわわああぁぁぁぁぁあああああああ。やめてくれて、父上。みんなが見てる」
「よいではないか、よいではないか!いつも通り"パパ"と呼んでくれたっていいんだぞ」
「ぎゃああああぁぁぁっぁぁぁああああ」
控室では、大男たちの取っ組み合いがはじまった。これ、誰得?
※
そして、祝賀会がはじまった。
王様はスピーチの口火を切る。
「諸君、お集まりいただき感謝する。この度は、不幸にも我が領域内で未曾有の危機が発生したのはすでにご存知だろう。魔王軍幹部ヴァンパイアの出現と、その影響による眷属の発生。だが、その危機は4人の勇敢なる英雄と、そして無数の人々の勇気によって解決された!!それも奇跡的に死者は確認されていない。これは"奇跡"だ!!もし、彼らがいなければ、この国は滅んでいたかもしれない!よって、我らは英雄たちに感謝し讃えなければいけない。そうであろう?」
「異議なし!!」
満場一致で、かけ声が飛ぶ。なんという、力強いスピーチだろうか。
「よろしい!それでは、4人の英雄に登壇いただこう。ギルド協会アレク官房長、マリア技術局長、ナターシャ秘書官、そして我が息子であるボリスだ!!みんな拍手で出迎えてくれ!!」
会場からは割れんばかりの拍手と歓声が巻き起きた。
「ありがとう、4人とも!」
「すごいわ、本当にあの若さで、ギルド協会ナンバー3の重責を担っているのね!?」
「まさに、救国の英雄だ!!」
「将来の会長最有力だな!!」
「あれが、勇者の元片腕であり、現・世界最高戦力か!!オーラが違うぜ」
「4人で魔王軍幹部ヴァンパイアを潰すとかありえないよな。特に、アレクさんとボリス殿下はS級冒険者なだけあって、立ち振る舞いが、本当に歴戦の雄だよな!!かっこいいぜ!」
「ナターシャさんは、かわいいな。さすがは、現代の聖女様だよ!実は、俺、ファンなんだ!!」
「ご
「知ってるよ。まあ、あのふたり学生時代からずっと仲いいんだろ?純愛ってやつだなぁ。悔しいけど、憧れる!でも、アレクさんに負けるなら仕方ねえ。俺もクラーケン討滅作戦であの人に助けてもらったんだ」
「お前はいつもそればっかり!」
「マリアさんも若くして、協会本部の局長を務めているだけあって、めっちゃ仕事できそう。クールビューティー」
「「「ボリス殿下―――!!!」」」
「近衛師団のやつらまたやってるよ。どんだけボリス殿下のこと好きなんだよ!」
なんか最後の方は、危ない気がする黄色い視線だったが、気にしてはいけない!
ボリスが、危ないほど汗がタラタラだが、絶対に気にしてはいけない!!
「彼らには、我が国から"イヴァン大勲章"を授与したいと思う。また、我が国からの報奨金も受け取っていただくようにお願いしたのだが、ギルドからのものだけは受け取り、勲章に付随する金額は全額、復興支援に寄付していただくことになった!!」
王がそう宣言したところで、会場の盛り上がりは最高潮に達した。
「4人が完璧超人すぎて、生きるのが辛い」
「どんだけ無欲なんだよ!」
「お金なんて、あればあるほど、いいだろうに!!」
「尊い」
俺たちは、粛々と式典を乗り切った。
※
みんなが大宴会している間に、ナターシャは
心配になったので、俺も彼女を探しに離宮を歩いた。よく手入れされたバラ園がある中庭のベンチにナターシャは座っていた。
「あっ、先輩!お疲れ様です!!」
「どうしたんだよ、ナターシャ?こんなところに、ひとりでいて!みんな探してたんだぞ」
「少し疲れちゃったので、外の空気を吸いにきたんですよ!」
「そっか!」
ナターシャは淡いピンクのドレスをヒラヒラさせながら、中庭でひとり、月を見ていた。今日は、満月だ。
俺は会場から、ナターシャ用のドリンクを持参していたので渡す。彼女は笑って「ありがとうございます!」とうなづいた。
「でも先輩とふたりきりになれるなら、ここにいてよかったです」
「酔ってるのか?」
「酔ってませんよ、もしかしたら先輩よりもお酒に強いかもしれません!」
「それは、それで嫌だな!」
俺たちは笑いあった。どんなに年をとっても、俺たちの関係は学生時代の延長線上にいる。どんなに、俺たちが出世しても、ナターシャは俺を一人の男として、等身大の俺を好きだと言ってくれている。
そんなナターシャが
「そういえば、先輩?まだ、ドレスの感想を聞いていませんでしたね?」
「ああ、そっか。ボリスの件で、言い忘れてた」
「ひどいな~!結構、真剣に選んだのに!!」
「ごめん、ごめん。すごくよく似合ってるよ。いつもの法衣もすごく可愛いけど、ドレスはやっぱり違うよな。お姫様かと思った」
「……もしかして、先輩、酔ってますか?」
「おいっ!?」
「ごめんなさい、照れ隠しです」
「おまえも何だかんだで、ヘタレてるよな」
「先輩にだけは、言われたくありません!でも、嬉しかったです。たぶん、今日のことはしばらく忘れません!!」
「ナターシャって意外とチョロいよな」
「それは、先輩に対してだけですよ。ひとりで冒険していた時は、ナンパしてくるひとたちを皆、拒絶してましたからね」
「まるで、最初に出会った頃のようだな」
「あれは、私の黒歴史です」
初めて会った時のナターシャは、すべてを拒絶するような目をしていたんだけどな。今とはまるで違う。
「
「ああ」
「先輩と会えない時も、私はこうやってひとりで月を見てきました。そうすれば、あなたと繋がれるような気がしたから!難民キャンプで問題が発生した時、手当てをしてもどうしようもない患者さんを看取る時、くじけそうな時はいつもそうしていました。でも、やっぱり、ふたりで見る月はいいですね。そういえば、まだふたりっきりで乾杯していませんでしたよね?」
そう言って、グラスを俺の目の前に突き出してくる。俺もグラスをゆっくりぶつける。
「「乾杯!!」」
俺たちは、しばらくふたりだけの月を堪能する。
いつの間にか、学生時代の約束は破られて、お互いの手は重なっていた。
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