第20話 緊急評議会

 それから数日間は穏やかに過ぎていった。

 村の人たちが就任パーティーを開いてくれたり、ナターシャと家具を設置したりしながら、ゆっくりと時間が経っていた。


 しかし――


「アレク様、ナターシャ様、ギルド協会副会長より緊急の連絡がありました。魔力電報です!」

 魔力電報とはギルド協会が張り巡らせた魔力情報ネットワークを使って、情報を伝達する。ギルド協会本部からこの小さな村のような場所まで、1時間程度で情報が伝達できるため大変便利なのだが、稼働にはA級の魔術師クラスが複数人必要になり、非常に燃費が悪い。よって、よほどの緊急事態でなければ使われることはないんだが……


 ナターシャが電報を確認し読み上げる。


「ギルド協会緊急評議会を開催しなければいけなくなりました。アレクさんとナターシャさんは至急、イブラルタルの事務所まで来てください」


「緊急評議会だって!?」

 俺は大きな声をあげて驚く。これはよっぽどのことがあったみたいだ。


―ギルド協会緊急評議会―


 それは、全国ギルド協会の最高意思決定機関である。ギルド本部の本省局長級以上と各地域の支部長たちが一堂に会し、緊急の案件を協議する場だ。

 事実上の世界安全保障会議とも言われるほどのもので、直近の会議は、魔王軍幹部クラーケンの討滅作戦会議。俺たちもオブザーバー参加していた。この会議は、基本的に魔王軍幹部が動き出した時にしか開催されないので、俺たちは戦争を覚悟した。


 ※


―イブラルタルギルド協会 地下1階総合情報処理センター―


 俺とナターシャは、すぐにギルド協会に出仕し、ここに案内される。

 すでにミハイル副会長は、たくさんの書類をもって、中央の円卓に腰かけていた。促されて、俺も隣に座る。円卓の後ろには、魔力モニターが複数準備されていて、遠方のギルド協会幹部とはこれで連絡を取り合うようだ。


 その後も続々とギルド協会最高幹部たちが入室してくる。


 ヨシフ官房審議官、マリア技術局長、イーゴリ情報警備局長、ユーリ冒険者監理局長、ニキータ地方統括局長。


 モニターにも各地域の支部長たちが映し出された。


 レフ北方支部長、ヒョードル東方支部長、ウラジミール南方支部長たちだ。西方支部長は、副会長が兼務しているため置かれてはいない。


 ギルド協会は、実力主義を掲げているため、この参加者はすべてがA級上位以上の冒険者であり、歴戦の猛者たちである。


「それでは、会議を始めよう。時間がないので余計な挨拶は抜きで進めさせてもらう。まずは、情報警備局長からの報告を頼む」

 副会長が司会となり、最高評議会ははじまった。


 情報警備局は、魔王軍との戦争に備えて各地に情報網を張り巡らせており、そこから何か重大な問題が見つかったということだろうか?


「すでに、副会長と担当領域支部長のレフ北方支部長にはお話をしておりますが、3日前、我が情報局は、魔王軍幹部16将のひとり"ヴァンパイア"が北方に降り立ったとの情報を入手しました」


「ヴァンパイアだと?」

「魔王め。勇者が倒れたから、好機だとおもったのか!?最も厄介な奴を送り込んできたな」

「ああ、ヴァンパイアは光の魔術を苦手とするが、それ以外の攻撃にはめっぽう強い」


 参加者に動揺が広がる。


「すでに、B級冒険者パーティーが、ヴァンパイアと接触したとみられ、3名が行方不明になっております。報告は以上です」


「間違いなく取り込まれたな……」

「B級が取り込まれたとなるとかなり厄介だぞ!」

「被害状況はわからないのか?」


「諸君、ヴァンパイアは知っての通り噛みついた相手を眷属けんぞくにして、洗脳する。眷属は、新しい眷属を生み出して、被害を拡大させる。つまり、時間の経過で被害が増え続ける。一刻の猶予もない状況だ。眷属たちを解放するためには、大本のヴァンパイア本体を倒さなくてはいけない」


 時間が経てば経つほど、眷属の数は増え続けてどうすることもできない状況になってしまう。ギルド側としては、速やかにヴァンパイアを潰す必要があるということか――


「こうなったら総力戦だ。ギルド協会の全軍を挙げて、吸血鬼を叩くしかない」

 ユーリ局長はそう叫んだ。


「いや、それはならんよ。ユーリ」

 今まで、ずっと無言であったモニターから老人の声が局長を諫めた。


 幹部たちは、その声を聴いて立ち上がった。


「か、会長!?」

 

 それは表舞台からはしばらくの間、消えていた伝説の肉声だった。


 会長は、ほとんど隠居状態で、実務はほとんど副会長が取り仕切っている。

 だからこそ、会長が動くときは、すなわち、事態が切迫していることを示している。


「今、会長はどこにいらっしゃるのですか?どうして、映像が映らないんでしょうか?」

 ニキータ局長は問いかける。


「すまんの~儂はすでに、現地入りしているんじゃよ。現地なので機材がないため、音声で失礼するよ」

「なっ」

 会場の緊張感がさらに増す。会長がすでに現地に入っていると言うことの意味が、幹部たちの緊張感をさらに高めた。


「今は、避難誘導の準備中での~儂が偵察したかぎりだと、すでに2つの村がやられているようじゃ。眷属とも、接触したが目視できるだけで数百体はいる。早く近隣の住民を避難させなくては、パンデミックのように被害は甚大になる。北方支部長はいるかい?」

「ここにっ!」


「お~久しぶりじゃの~レフ支部長。悪いが、動員できる限界まで、協会専属冒険者を儂の伝える場所に投入してくれないかの~ 被害が広がる前に、できる限りの道路を封鎖して、おかなくてはならないからの~」

「はい、すぐに指示を致します」


 会長は、物理的な被害拡大前にできる限りのことをしようとしていた。だが、すでに村が2つ陥落していることを考えると、眷属の総数は300から800ほどになっていると考えていいだろう。時間が経てば経つほど、人類側には不利になる。


「しかし、会長――それなら、できる限りの戦力を集中投入して、速やかにヴァンパイアを取り除かなくてはいけないのではないでしょうか?」

 ユーリ局長は、持論を展開する。軍事的基本は戦力の集中運用。逐次ちくじ投入のような形は、各個撃破の悪手になりやすいのは歴史書が語っているが――


 今回のケースは例外だろう。


「たしかに、相手が普通の魔王軍ならそれが正解じゃよ、ユーリ。しかしな、今回の相手は、その例外じゃよ。儂は軽く眷属とも戦ったが奴らは強い」

「なら、やはり数が必要では?」


「下手な戦力を数多く投入してしまえば、間違いなく相手に取り込まれる。数に押されてA級冒険者でもやられたら、それこそ、取り返しがつかんよ」

「おっしゃる通りです」


 会長もおれと同じ意見だったようだ。


「だからこそ、少数の精鋭チームを敵本陣に送りこみ、可及的速やかにリスクを排除するしかないということですね、会長?」


「その通りじゃ、副会長。お主も第七艦隊を率いて、洋上待機をしていてくれ。突入チームが仮に敗北した場合は、眷属たちには悪いが、海上戦力をもって眷属発生領域を根こそぎ吹き飛ばすしかないからな~」


 背に腹は代えられないか。敵の親玉であるヴァンパイアを駆逐できれば、眷属たちは無事に解放されるが、それが叶わない場合は戦艦の大砲で根こそぎ吹き飛ばして、の被害を抑えるしかない。


 冷酷だが、保険をかけておかなくてはいけないということだろう。とぼけた声の会長だが長年、協会を率いているだけあって、凄まじい決断力だ。


「それが最悪の想定ですか?」

 ユーリ局長はガックリと席に座りこむ。この人はかなり責任感が強いのだろう。眷属にされてしまった住民を排除しなくてはいけない可能性を聞いて、顔色が悪くなっていた。


「違う、最悪のケースは、突入チームが壊滅し、艦砲射撃すら効果がなく、北大陸全体が眷属に支配されてしまうことじゃよ。だからこそ、突入チームの人選が重要となる!」


 会長はさらに最悪の可能性を示唆し、場の雰囲気を支配した。

 副会長が洋上待機となると、つまり、そういうことなんだろうな。俺は、場の雰囲気を察した。


「やってくれるな、アレク新官房長?」


 俺に拒否できる選択肢は残されていなかった。

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